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35 ファビアンの抵抗

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 聖国マイズの想像以上の抵抗に遭ったヒロイム王国軍の進みは、非常にのろいものになっていた。

 抵抗しないで中央まで通してくれたら危害は加えない。再三伝えているにも関わらず、聖国マイズの民は猛攻をやめなかった。

 砦前には少年でも老人でも一応は兵隊しか来なかったけど、今度の相手は半分が一般市民。しかも女子供も混じっていて、俺はどうしても無理に彼らが作り出す肉壁を突破する指示を出せないでいた。

 そんな状況の中、隊長たちが集まる作戦会議室となっている天幕で、黒装束の男が俺に言う。

「話し合いなど悠長なことを言っていては、こちらの兵が疲弊していくばかりですよ」

 覆面で顔半分が隠れているこの男はラザノの腹心だそうで、つまりは暗部所属の人間だ。

 俺は噛みつくように答えた。

「ふざけんな! 俺たちは戦争を終わらせて平和を取り戻す為に戦ってるんだぞ! 中央神殿にいて指示を出してる神官の所を一気に叩けば済むだろうが!」
「これだから素人は」
「なにを!」

 ラザノは国境の砦から指示を出しているので、あいつの手下が連日俺に指示を伝えてきていた。司令官のラザノから前線における全権を委ねられているだとかで、言葉遣いは丁寧だけど態度はかなり失礼だった。

「ラザノ様、ひいては総司令官であらせられる王太子殿下の指示でございますよ」

 俺はラザノの腹心・ガンブランとかいう名前の男を睨みつける。

「それをすることに何の意味があるって聞いてるんだよ!」

 激昂した俺を見ても、伝令の黒装束の男は表情を崩さなかった。暗部の奴らはこれだから嫌いだ。

「意味はございます。兵たちには食料と武器の補給が必須となります。砦からの補給路を確保せねば、これ以上奥に進んだところで餓死するしかないのですよ」
「だからって、一般市民が住んでる町を焼き払うなんてできるか!」
「これ以上抵抗が激しくなれば、こちらの戦力が削がれるばかりです。町を無傷の状態で残して先へ進み、背後から攻められたり補給路を断たれたらどうなるかくらいは分かるでしょう?」

 俺がここまで反対しているのは、ラザノからの指示が抵抗する町そのものを焼いてしまえというものだったからだ。どんな理屈をこねようが、とんでもない指示であることに違いはない。本当あいつ、どんだけ鬼畜だよ。

「……俺たちは侵略者じゃないんだぞ!」
「向こうから見たら侵略者以外の何者でもありませんよ」

 さらりと返され、俺は怒りでブルブルと身体を震わせた。

 必死で何か方法はないかと考えても、妙案は浮かび上がってこない。苦肉の策で、「数日だけ猶予をくれ」と渋々頭を下げると、「剣聖様に頭を下げられては叶えるしかありませんねえ」と馬鹿にするような目つきで見られた。

 それでも数日は稼げた。俺はセルジュと野営地を飛び出すと、抵抗を続ける町の代表に会わせてくれと頭を下げる。

 ここで、俺の剣聖の肩書が役立った。

 町の代表の男に会わせてもらえた俺たちは、できれば戦いたくないこと、聖女オリヴィアは聖国マイズに戻りたがっていないこと、そして数日の内にヒライム王国軍がこの町を燃やそうとしていることも全て話す。

 最初は相手は聞く耳を持たなかったけど、俺が粘って説得を続けた結果、「……降参したと中央に知れたら、我々は罰せられます。だが逃走なら見逃される可能性はまだあるでしょう」と、町を明け渡すことを了承してくれた。

「ありがとう……!」
「剣聖様のお言葉だから受け入れたのです」

 この時ほど、剣聖の肩書を感謝したことはない。

「じゃあ、俺も誘導を手伝うから!」

 笑顔で立ち上がった、その時。

 建物の外から、悲鳴が上がった。

「え?」

 ぽかんとしていると、外から飛び込んできた武装した兵たちが口々に叫ぶ。

「敵襲だ! 町が燃やされている!」
「目についた者は全員切られている!」

 俺とセルジュは顔を見合わせると、互いに顔面を蒼白に変えた。

 兵たちが、俺を指さして怒鳴る。

「こいつは剣聖なんかじゃない! 俺たちを罠にはめようとした偽物だ!」
「ま、待って、ちが……っ」
「殺せ! 偽物を殺せ!」
「待ってよ! なんでだよ、数日くれるって言ったのに!」

 殺気立った男たちの前で立ち尽くす俺を、セルジュがサッと肩に抱えた。

「ファビアン様、こうなってはもう収まりません。悔しいですが逃げるしか」
「やだよ! だって俺は殺したいんじゃないっ! やだ、あいつらを説得しなくちゃ!」

 泣き叫ぶ俺を絶望した表情でぼんやりと見ていた町の代表が、俺と目が合うと小さく頭を下げる。

「……剣聖様、ご厚意感謝致します」

 くるりと振り返ると、殺気立った男たちに向けて声を張り上げた。

「皆の者、剣聖様は仲間に騙されたのだ! 剣聖様に非はない。通してやってくれ!」
「そんなことよりも、早く逃げてよ!」

 代表は武器を手に持つと、ふるふると首を横に振る。

「もう遅いのです」
「――まっ」

 俺が手を伸ばした瞬間、セルジュが「失礼!」と言って駆け出した。

「やだ! やだってば!」
「ファビアン様、お願いですから……!」

 外に出ると、燃え盛る炎が俺たちに迫ってきていた。町の外から攻め入ってきた兵の鎧に、炎が反射する。

「嘘だろ……! 話が違うじゃないか!」

 見ている間にも、町の人間はどんどん死体の山となっていっていた。

 セルジュに抱えられながら野営地に戻ると、ニヤついた暗部のガンブランが俺に話しかける。

「説得に随分と時間がかかっておいでだったようでしたので、剣聖様の御身をお守りする為に奇襲攻撃を指示致しました。無事でよかったです」
「貴様……っ!」

 初めから、俺の言葉なんて聞く気はなかったんだ。

 ギッと睨みつけると、ガンブランは「おお、こわ」と小さく笑う。

「剣聖様の行動は、ラザノ司令官ひいては総司令官の意思に反するものと判断致しました。しばらくの間、謹慎処分とさせていただきます」
「な……っ!」

 ガンブランが俺の耳元に口を近づけた。

「逃げるなどと、くれぐれも思いになりませんよう。貴方様の右腕の命など容易に奪えるのですからね」
「――ッ!」

 見張りを立てられ行動を制限されてしまった俺が次に解放されたのは、町が完全に焼け落ち、「二度と指示に逆らわない」と誓約させられた後だった。
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