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52 ファビアンの決意

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 ロイクの野郎は、自分が死ぬ直前まで俺を縛り付けるつもりだった。

 ロイクの俺に対する執着は、ロイクに家族ができた後も消えちゃいなかったんだ。

 聖国マイズの噴水で俺に囁いた「愛している」という言葉。その後は俺にしつこく接してこようとはしなかったから、戦争が終結したことによる興奮から言ったんじゃ、と期待していた部分はあった。

 でも、全部違った。俺の期待なんて、全部妄想だった。

 俺はどうやったらロイクから逃げ出すことができるんだろう。

 ロイクは俺が守りたいものが何か、ちゃんと把握している。

 だから俺は――俺は今度こそ、大切なものをあいつの狂気から守らなくちゃいけない。

 ロイクは、俺の気持ちは関係なく、俺のことを好きだという奴は全て排除してきた。俺が知らないだけで、前線に送られた奴ら以外にも殺された人間がいる可能性は高い。

 俺が知らない奴をどうやってあいつから守ればいいのかは、正直分からない。だから見知らぬ存在するかも分からないそいつらには悪いけど、守る対象からは外すことにした。

 目に付くようなら気を付けてやる。そこが俺が引いた線だ。

 次に、俺の大切な人。

 オリヴィアは好きだけど、あいつは英傑の聖女だしロイクの妻だから、きっと最後まで生かされる。俺が守らなくても、多分殺されはしない。ロイクも、オリヴィアを殺しちゃ拙いことくらいは分かってるだろう。

 問題は、双子の方だ。あいつらは俺に滅茶苦茶懐いてるし、俺も目に入れても痛くないくらいには可愛いと思っている。

 ロイクはそれを分かっているからこそ、俺を繋ぎ止める道具として利用することにしたんだろう。

 厄介なのは、あいつらが双子だってことだ。最悪どちらかを排除しても、ひとり残っていれば後継としての役割は果たせてしまう。

 唯一無二でないことが、あいつらの命を危険に晒していた。

 それにしても、血を分けた子供よりも俺の方がいいのか。うまく利用しているだけでちゃんと子供が大事と思っていると信じたかったが、あいつの俺に対する執着は度を越している。

 あり得ないと言い切れないところが恐ろしかった。

 ――ロイクから、あいつらを俺を脅す道具でなくす方法は何だ。

 考えて考えて、俺はひとつの結論に達する。

 アルバンとセルジュを失ってしまった理由は、俺が傍にいたくて離さなかったからだ。

 アルバンの時は急いで追いかけたけど、間に合わなかった。

 セルジュの時は隠したけど、暗部連中を使って見張られていてバレた。

 幸いあいつらは王子で、ロイクの血を分けた息子たちだ。国としても国王としても守るべき対象だから、気に食わないからといって、簡単に排除するようなことはないだろう。

 ギリギリの、本当にギリギリのところまではロイクも踏み留まる。

 だったら話は単純だ。双子の心が俺から離れればいい。

「……あいつら、特にクロイスは、俺のことだーい好きだからなあ」

 大変そう。アルバンとセルジュの墓の前で、ポツリと呟いた。

「あ。だったらあいつらに他に大切な人ができればいいんだよな。うん、きっとそうだ」

 俺がアルバンやセルジュに夢中になったように、あいつらにも心から愛する人が現れたら、段々俺には構わなくなるんじゃないか。

 俺から離れていって、せいぜいが仲のいい親戚のおじさん程度の関係になれば、ロイクだってもう手を出そうとはしないだろう。

「……でもそれだけじゃ、ロイクの野郎は」

 俺が可愛がる内は、双子がそこまでじゃなくなったとしてもきっとロイクは醜い嫉妬心を燃やす。

 だったら。

 ……だったら、俺があいつらを突き放せばいい。
 
 急に態度を変えると、クロイスは多分気付いてしまう。あいつは聡い奴だから、ちゃんとした理由を考えなくちゃならないだろう。

「うーん……」

 少しずつ突き放して、双子の気持ちが俺から離れたら、その時は。

「……二人とも、俺と一緒に行ってくれるよな?」

 何も答えない墓石に向かって問いかけると、柔らかな風が「お供します」と返事をするように優しく俺の髪をなびかせた。



 表面上は、ロイクとも普通に接することにした。

 俺が警戒心を解いたと思わせないと、いつか逃げると疑われ続けるだろうからだ。

「ビイ、お父様を許したの?」
「いつまでも怒っていても仕方ないからな。――クリストフ、師匠と呼べと言っただろ」
「あ、いっけない!」

 ロイクに対する態度が軟化したことをすぐに見抜いたクリストフは、嬉しそうだ。

「でも師匠とお父様が和解したのは嬉しいなあ」
「……そっか。心配かけたな」

 こいつはぽやっとしているけど、相手の感情や立ち位置をすぐに把握し、調整しながら人間関係を構築していくのを得意としている。人の上に立つにはあった方が絶対にいい能力だ。

 こういうところは、クリストフはロイクによく似ていた。

「でも師匠、どうして急に許してあげようと思ったの?」
「ええと、それはだな……」

 ふわふわと笑ってばかりいるけど、案外よく物事を観察している。こういう答えにくい質問をしてくるのは、多分頭の片隅で「何か裏があるんじゃ」と疑っているからなんじゃないか。

 クロイスが「あいつの方が国王に向いている」と言い続けていたのも納得だった。

「師匠、この型を見て下さい」

 話を逸らそうとしてくれているのか、クロイスが俺に声をかける。

「ああ。見せてみろ」

 クロイスは、これからは俺のことを師匠と呼ぶこと、訓練中は敬語を付けることと決めたら、きっちりと守ってくれた。クリストフはすぐに元に戻ってしまうので、ちょっと厳しさが足りないのかもしれない。

 汗を浮き上がらせながら、懸命に剣を振るクロイスとクリストフを見ていると、やっぱり可愛いなくそ、と愛情が湧き起こる。

 でも、駄目だ。

 俺はこいつらの師匠になった。師匠と弟子に、馴れ合いは不要だろう。

 二人と心の距離を作るのに大義名分ができた俺は、一抹の寂しさを感じながらも、このまま進めていくことを己に課したのだった。
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