前略陛下、金輪際さようなら。二度と私の前に姿を見せないで下さい ~全てを失った元王妃の逃亡劇〜

望月 或

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26.届かない、声

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「はあぁっ!? 百以上の魔物だとっ!? そんな大量の魔物が現れる兆候なんて無かった筈だ!! 一体どういうことだっ!?」
「自分にも分かりませんが……とにかく陛下、すぐに御指示をお願い致します!」
「……クソッ! 良い所だったのに……! メローニャ、君も来い! 例の魔法で魔物の動きを止めてくれ!」
「……はぁ。面倒だけど、この城が崩落したら、アタシの優雅な生活が出来なくなっちゃうものね。分かったわよ」


 メローニャは嫌そうに溜め息をつくと、のろのろと腰を上げた。


「イシェリア。急いで片付けてくるから、その時にまた続きをしよう。私が帰ってくるまで、ここを動かず待っているんだ。この部屋から出たら、更にじっくりと“お仕置き”してあげるからね?」


 コザックは服を着ながらイシェリアに向かってそう強めに言うと、メローニャと一緒にバタバタと部屋から出て行った。
 イシェリアは突然の出来事に理解が追い付かず、呆然と二人の背中を見送る。


『おっ、アイツら行ったぜ? 上手くいったなぁ。――しかしすげぇなぁ、アンタは。あんなに大量の魔物を魔界から【召喚】するなんてさぁ。『闇の力』とすっげぇ強ぇ魔力を持ってないと出来ねぇことだぜ』
「魔物達には、適当に暴れ回って欲しいことと、“人”には一切攻撃しないこと、そして殺られそうになったら魔界に戻れと命令してあります。これで暫く時間を稼げるでしょう」


 不意に、イシェリアの近くから少年の高い声と男の低い二つの声が聞こえ、彼女はキョロキョロと辺りを見回した。しかし、そこには自分以外誰もいない。


「…………?」
『おっと、もう姿は隠さなくていいか。光の屈折を元に戻すぜ』
「お願いします」


 少年の声と同時に、イシェリアの目の前に小さな黒色の虎のような【精霊】と、前髪で目が隠れた黒髪の長身の男が突如姿を現した。
 イシェリアは驚き戸惑いながらも、果敢に声を絞り出す。


「……あっ、貴方達はどなたですか!? 一体どこから入って来たのですかっ!?」
『……あっちゃー! 『洗脳魔法』の所為で、オレサマ達のことをすっかり忘れちまってるぜ? どうするよ!? 『浄化』も効かねぇし、これ絶望的じゃね!?』
「…………」


 喚くアーテルに構わず、ユーリはベッドの端で自分の身体を抱きしめて縮こまっているイシェリアに近付きしゃがみ込むと、そっと視線を合わせた。
 彼女の美しかった黄金の瞳は、光を失い泥水のように濁っている。ユーリの眉根が微かに顰められた。


「……まだ、あの王に何もされていませんか?」
「……え?」


 ユーリがイシェリアの身体をくまなく見回すと、髪に隠れた首筋に噛み跡があることに気が付いた。
 それは真新しい傷で、つい先程付けられたものだとすぐに分かる。深く噛まれたらしいそれは赤く腫れ、少しずつだが血が滲み出ていたのだ。


「…………」


 ユーリがギリ、と奥歯が鳴るくらい強く噛み締め、おもむろに右手をイシェリアの首筋の方へと伸ばした。
 イシェリアはビクリとして後退ろうとしたが、ユーリは優しく微笑むと、首を小さく左右に振る。


「大丈夫、手をかざすだけです。触りはしませんよ」
「…………」


 酷く優しいユーリの声音に、イシェリアは動こうとした身体をピタリと止めた。


「いい子ですね」


 フッとユーリは微笑うと、彼女の首筋にかざされた手が黄金色に光り、噛み跡を淡く温かく照らし出す。
 光が消える頃には、コザックが付けた噛み跡と傷が綺麗サッパリと無くなっていた。


「え? 今のは……『聖なる力』の『回復魔法』? その力は希少で、限られた上位の魔導師にしか使えないと聞きます……。あ、貴方は一体――?」


 ユーリは、イシェリアの問い掛けに小さく笑う。


「……?」


 イシェリアは、その笑みに何故か既視感を持った。
 少し寂し気なその表情を、前に何処かで見たことがあると思ったのだ。
 しかし、それがいつどこで見たのかはどうしても思い出せない――


 ユーリが軽く息をつき、ふっと視線を下げた先に、床に転がっていた鞭を見つけた。


「…………」


 無言で、それをギッと鋭く睨みつける。
 瞬間、鞭全体が黒い炎を纏い、やがてそれは跡形も無く消えていった。
 イシェリアは、突然鞭が燃えたことに目を見開き愕然としている。


「……イシェリア、貴女を迎えに来ました。僕と一緒に帰りましょう」


 再び目線を合わせて優しく声を掛けてくるユーリに、イシェリアはゆっくりと戸惑いの眼差しを返す。


「……え、帰る……? 何を……言っているのですか? 私の帰る場所は、ここです。私が愛する陛下のもとです……」
「違います……違いますよ、イシェリア。貴女はあの王を愛してなんていません。そう思わされているだけです。貴女がいるべき場所はここではありません。僕の所です」
「……そんな……それこそ違います。私は本当に陛下のことを心から愛しているのです。どなたかは存じませんが、傷を治して下さってありがとうございました。お礼をしたいのですが、生憎今は何も持っておらず……本当に申し訳ございません」


 深々と頭を下げるイシェリアを、ユーリは言葉を切り、眉尻を下げて見下ろした。


「貴方達の身の為にも、一刻も早くここから出て行かれた方がいいです。陛下が戻って来たら、貴方達はきっと捕まってしまうでしょう。貴方達のことは見なかったことにしますから、早く行かれて下さい。さぁ、急いで……!」
「……イシェリア……」



 ……ユーリの声は、イシェリアの“心”には届かない――



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