やりません。やれないんです。

朝山みどり

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01 薬師になるぞ!

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朝露の残る庭で、祖母はいつものように薬草を広げていた。



干し台の上に並ぶ葉は、風の通りまで考えて置かれている。

その手つきは熟練のもので、わたしではどうやってもかなわない。



けれど祖母は、もう薬師ではない。



「時代の流れかね」



祖母は葉を裏返しながら言った。



国が薬を管理することになった。

そして調合して売ってよいのは、免許を持つ者だけ。



村で何十年続けてきたかなんて、関係ない。

評判も、感謝も、治した人数も、数には入らない。



「紙がいるんだってさ」



祖母はそう言って、少し笑った。



その免許には、年齢の決まりがあった。

祖母はもう、無理だ。



講習を受け、試験に合格し、その後は大きな薬屋で住み込みの見習いを半年。



規格どおりに作れるか、帳簿をつけられるか、衛生を守れるか。



それができて、ようやく、薬師と名乗れる。



それを知った時、祖母は



「あたりまえのことじゃないか」



と憤慨して言った。



「年寄はいらないし、大きな町の大きな薬局が大事なんだね」



祖母は淡々と言った。





腕があっても、知識があっても、薬草を自前で調達できても、制度は祖母をはじき出した。





祖母は乾いた根を丁寧に束ねる。



葉をぱりっと乾燥させる。生のままの方が薬効が高いのに……



干し台に並ぶ緑は、きれいだった。

祖母の手は、今も薬師の手だった。



ただ――制度が、それをそう呼ばないだけ。



わたしはその手を見ながら思う。



十六になったら、わたしは講習を受ける。



講習を終えて、試験に受かって、見習いをしたら、祖母の店を再開する。



◇◆◇◆◇



祖母と二人で暮らしていた家を出て、わたしはポイード薬局に見習いとして住み込みで働くことになった。



見習いは半年間。店に寝泊まりし、月に一度だけ休みがある。ほんの少しだけ給料も出る。



最初にその話を聞いたとき、祖母は黙ってお茶を見つめていた。



「半年はすぐだよね」



「うん。すぐだよ」



祖母はしばらくしてから、ゆっくりとうなずいた。



「そうだね、楽しんでおいで。町の生活を楽しんで。休みはあちらで見聞を広めるんだよ。いいね」



祖母は悪戯っぽい目でそう言った。



出立の日、祖母は薬草を収めた袋をわたしの鞄に忍ばせた。



「売り物じゃないよ。お前が匂いを忘れないためだ」



薬局の二階が見習い部屋になっている。小さな寝台が三つ。窓は通りに面していて、朝は早くから荷車の音が響く。



初日、扉を開けた瞬間、聞き覚えのある声がした。



「ダイアナ?」



「マリア?」



講習会で隣に座っていたあの子が、同じ部屋に立っていた。



「住み込みって聞いて、不安だったの。でもあなたがいるなら安心」



「わたしも」



二人で顔を見合わせて笑った。



見習いは二人、マリアと一緒で良かった。



講習会は本当に楽しかった。成分の話、調合法の理屈、昔の失敗例。



祖母から聞いていた経験則が、言語化されて理論として並べられていった。



経験が学問になっていた。



休憩時間、マリアが言った。



「村のやり方も好きだけど、こうやって数字で示されると安心するわね」



「うん。でも匂いとか手触りは数字にならないね」



「それ、あなたのおばあさまの影響?」



「そう」



講習の最後の日、マリアが小声で言った。



「もし同じ店だったら、協力しましょう」



その約束どおり、わたしたちは今、同じ屋根の下で眠り、隣同士で調合台に向かっている。



住み込みの生活は思ったより忙しい。朝は日の出前に起きて井戸で水を汲んで調薬の準備だ。



これは交代で行うものだが、マリアは朝に弱いからわたしがやっている。





レオン先輩が低い声で言う。



「見習いは客に見られている。身だしなみも仕事のうちだ」



「はい、レオン先輩」

とわたしが答える。



わたしは髪の整え方をマリアに教えて貰った。



マリアは、そういうのが上手だ。



わたしは本当に、田舎臭くてやぼったかったから。



エマ先輩は、わたしたちが計量をするとき必ず横に立つ。



「速くなくても正確に」



「はい」



祖母だったら、ここは多めだな、ここは少な目だなと思う。



だって、薬草の状態はいつも一緒じゃないから。



だけど、ここでは正確さが大事。だからわたしは、唯一出来る祖母の真似。混ぜる速度を変える。







月に一度の休みの日、わたしは祖母が言ってくれた通り、マリアと一緒に町に遊びに行った。



人が多くて、お店がたくさんあって、いい匂いがしていた。



クレープを食べてリンゴジュースを飲んで、たくさんおしゃべりをした。



薬草を売っているお店があったけど、マリアが素通りしたから、寄らなかった。





住み込みの部屋で、夜、マリアが小声で言う。



「半年、あっという間かしら」



「多分ね。もう一月経ったから、きっとすぐよ」



「一緒に合格しましょう」



「うん」



灯りを消すと、すぐに眠りが訪れる。



祖母の知恵と講習で学んだ理論に店での実践とそしてマリアとの約束。わたしの生活は充実していた。



半年後、胸を張って祖母の前に立てるように、祖母の店を再開できるように、明日は今日よりも成長できているように、



隣で眠るマリアの寝息を聞きながら、わたしはそう願った。





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