溺愛魔王は優しく抱けない

今泉香耶

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優しいセックス談義

 2人が夢の中で交わった、その翌日。勤勉すぎるアルフレドは、朝から執務室で当然のように仕事をこなしていた。
 
「優しいセックスとは」

 突然耳に飛び込んできた言葉に反応し、ジョアンはゆっくりと手元の資料から目を離すと、まるで汚らわしいものを見るような視線をアルフレドに向けた。

「とは……?」

「とは、一体どういうセックスなのだろうか」

「優しくしたいとあなたはおっしゃっていたと思いますが。リーエン様に関して」

「ああ」

「それで? また優しく出来なくて、何かやらかしたんですか? こんな朝っぱらからそんなことを言い出すとは相当な話ですね」

「自分でもあまり意識していなかったのだが、そもそも優しいセックスとはどういうセックスのことを言うんだ?」

 根本的な問題を今頃口にしているという自覚はアルフレドにもある。そして、きっとジョアンもまた「今頃そんなことを言い出すなんて」と呆れているのだろうとも彼は察していた。が、初心に立ち返ってみると、そもそも自分が思い描いていた「優しいセックス」はどういうものだったのかと疑問しかない。

「あれは優しく出来ていたんだろうか……」

 そんなことはジョアンが知るわけもない。だが、残念ながらアルフレドがあれこれと思い悩んでいると、仕事は滞って自分も被害を被る。というわけで、仕方なくジョアンは話に付き合った。

「嫌がることをしましたか」

「大体嫌がっている」

「嫌がられない努力は」

「……何をしても嫌だというからには、嫌と言えなくなるまでするしかないのでは」

「……」

「違うぞ!? 何をしたって嫌がるし、だからといってやらなければ何も出来ないだろうし、触れるたびに許可を求めるわけにもいかないだろうが!」

 それはそうだが、とジョアンは反論をしようとして、口を閉ざした。どうにか解決をしたいものの、実のところジョアンも優しいセックスとやらについてアルフレドにアドバイスを出来る立場でもないのだ。

 と、その時、救世主がそこに現れた。

「魔王様いらっしゃいますかーーー?」

「レーヴァンか」

「はい。入ってもよろしいでしょうか?」

「……俺の質問に応えてくれると約束してくれたら」

 そのどうしようもないアルフレドの言葉に、扉の外の魔族は言葉遣いを崩した。

「何それ!? 入室許可にそんな取引されるなんて初耳だけど!?」

 答えるも答えないも言わずに、執務室の扉は開く。アルフレド達と同じように魔界召集で妻を娶ったばかりの高位魔族レーヴァンが入ってきた。肩甲骨ぐらいまでに伸ばしたアッシュブロンドを後ろで束ね、瞳は魔族でも忌避される赤。彼は小柄で外見年齢があまりあがらない一族の当主で、人間界では齢12,3歳の貴族の子息といった雰囲気を持つ、実年齢38歳の「青年」だ。魔族は一族によって寿命も成長の仕方も違うが、彼の一族はあからさまに外見年齢だけ飛び抜けて若い。

「魔王妃候補の魔力酔いを防ぐ魔石の件で参りました」

「ああ」

 レーヴァンは魔界1の商人と言っても過言ではなく、外見どころかその年齢に見合わぬほどの人脈と天性の商才でその地位を確立している。彼もまた当主なのだが、領地を持たないため商売に打ち込むことが出来るのだ。

「手配出来そうなんですが、お時間もう少しかかりそうです。魔王妃候補の巡礼には間に合うとは思うのですが」

「そうか。助かる」

「一応、進捗報告ってことで。えー、それで? 何の質問にお答えすれば良いんですか?」

「教えて欲しいのだが」

「はい」

「優しいセックスとは、どうしたら『優しい』になるんだろう?」

「は?」

 何言ってんだこいつ、と言いたげな表情でレーヴァンはジョアンを見た。が、ジョアンは軽く首を横に振るだけで、何ひとつレーヴァンにアドバイスを出さない。一体何がどうしてそんな阿呆らしい質問をするんだ、とレーヴァンは(何を試されているんだろうか)と商人として疑心暗鬼だ。

「爽やかな朝にぴったりの話題ですね?」

 と、思ってもいないことをレーヴァンが言えば、アルフレドは「それは何よりだ」と、これまた思ってもいない、どうしようもない返しをする。

「それは、優しいセックスをしたいのに出来ない、という質問ですか?」

 きっと、リーエンがこの会話を聞けば「こんな幼い子になんていう質問をするんですか!?」とアルフレドを怒り、更に「あなたも、そんな言葉をそのまま返してはいけません!」とレーヴァンのことも怒ったに違いない。

「ううむ……優しいセックスが出来ているのかも判断が出来ないということだ」

「でも、疑問に思うということは、その、魔王妃候補からクレームが入ったとか……?」

「入ってはいない。が、だからといって、大丈夫なわけではない。一度やりすぎたので、二度目は配慮をしたつもりだったのだが……」

 どうにも歯切れが悪い話だな、とレーヴァンは僅かに「ううん……」と呻く。質問と見せかけてレーヴァンのセックススキルを試そうとしているのだろうか? と最初は警戒をしたが、どうやらそういう話ではなさそうだ。

「とりあえず同意の上で開始して」

「うむ」

「部屋の明るさとかシチュエーションも気を付けてあげて……」

「む……」

「服を脱がせる時はお断りを入れて……」

「うむ……」

 アルフレドの「む」やら微妙な「うむ」とはなんだ、とジョアンとレーヴァンは微妙な表情を浮かべる。まだほぼ始まっていないも同様なこの時点で「む」とは。

「ご令嬢だったら、恥ずかしがってあれもこれも嫌だと言うと思いますから」

「そうだな」

((そこは自信満々の肯定か))

 口に出さずとも、レーヴァンとジョアンの思いは一致する。

「本当に嫌だったら止めるから、その時はそう言ってくれって僕は言うんですけど。それ以外の『嫌』は『恥ずかしい』の意味だと思っているから、いくらでも言っていいよって先に伝えておくとか……」

「「なるほど!」」

 何故かそこはジョアンとアルフレドがシンクロする。彼らよりも年長者であるレーヴァンは心の中で「なんだこいつら」と思ったが、本当に彼の解説は「始まったばかり」の時点のことだし、もう少し提案して様子をみるか……と話を続ける。こんなことで恩を売れれば安いものだと思えるし。

「あと、優しくしようとするなら、言葉責めは控えるかな……」

「言葉責め……?」

 あ、これ、絶対そうとは思ってないのにやってるやつだ。そうレーヴァンは思ったが、そこは敢えて触れずに話を続ける。

「あと、可愛いとか好きとか……愛情があるなら、きちんと口にするんじゃないかと思うんですけど。あ、あれですよ。言葉責めの中にそれを含めたら話は違いますからね」

「言葉責めに含める……?」

「うーん、いやらしくて可愛いな、とか……?」

 少年のような見た目でえげつないことをさらりとレーヴァンは言う。が、その言葉はアルフレドにどうやら致命傷を与えたようだ。

「……心当たりが?」

「……」

 マーキングの夜に、いやらしい女は好きだ、とは言った記憶がある。が、それは愛情由来の言葉ではない。なるほど、レーヴァンが言うことは一理あるようだ……とアルフレドは「むう」と再び唸った。

「それから、挿入前には必ず許可をもらって」

「うん」

 どうやら許可はもらっているようだ。アルフレドの返事がいちいち素直過ぎるため、レーヴァンは必死に笑いをこらえなければいけなかった。

「入れて苦しそうだろうが、苦しくなさそうだろうが、一応、苦しくないか聞いたりしますね。気遣ってる感じを醸し出しときます」

「ふむ……」

 それは優しいセックスなのではなく「優しそうに見える」セックスのような気もするが、そもそもそれすら自分は満たしていない気がするため、おとなしく耳を傾けるアルフレド。

「あと、いくら反応が良いからといって同じ場所だけを攻め過ぎると人によっては辛くなりますし、精神的にも弄ばれている気持ちになられたりするので、ほどほどにしますかね……相手がおねだりしたり、優しくしなくていいなら別ですけど……それまでに築いた関係次第なんですけどね」

「……ううん……」

 また微妙な声がアルフレドの口から漏れる。ここまでの相槌、返答をすべて一覧にしてアルフレドに突きつけて、是非それぞれの気持ちを説明して欲しい……とレーヴァンは思う。

「それから、恥ずかしがるのが多い相手には、気持ち良くなってくれることが嬉しいと何度も伝えますかね……ううん、こうやって話していると自分でもいささか自信がなくなってきましたね……僕はほら、もう見た目が可愛いじゃないですか」

「見た目が可愛い」

 確かにそうだが、自分で言うか、という意味を込めてアルフレドは無表情でその言葉を復唱した。ジョアンもそれにはさすがに怪訝そうにじろじろレーヴァンの顔を見る。

「可愛いですから、この可愛い見た目で誠実に振舞っているふりをすれば大体カバー出来るんですけどねぇ」

「どう聞いてもお前は優しくしていないな?」

「何をおっしゃるんです。僕は今、妻のセーラのことをめっちゃめちゃ甘やかして優し~いセックスをしていますよ。この可愛い見た目で『痛かったら言ってね』とか『苦しかったらすぐに教えてね』って言えば、大体優しいセックスになりますから」

「聞いた相手が悪かった」

「とは言いますけど、言語化することが難しいだけで、きっと僕は魔王様よりは優しいと思いますよ?」

 それについてはアルフレドも疑う余地はない。実際に自分が逆に「優しいセックスとは」と問われたら、すぐに言葉に詰まるだろうに、レーヴァンは正解か不正解かはわからないが、彼なりの答えをそれなりに提示してくれた。その時点でアルフレドとレーヴァンは雲泥の差と言えるだろう。

「……一度女性に変化して、レーヴァンに抱かれればわかるのかもしれんな……」

 アルフレドのその言葉に「んぐっ」とレーヴァンは中途半端なしゃっくりのような音を飲み込んだ。

「それ、僕に拒否権ありますか!? あるって言って欲しい! うわっ! こわっ!」

「冗談だ……」

「言っていい冗談と悪い冗談ってありますからね!? 魔王様はあまり冗談が得意じゃないんですから、恐ろしいこと言うのやめてください。立場上、やれと言われたらやらざるを得ないこっちの身にもなってくださいよ!?」

 まあ、魔王をいいように出来ると思えば溜飲も下がるかもしれませんが、と不穏な言葉が続いたが、それにはアルフレドも「むしろこっちが嫌な予感しかしないから、やめておこう」と生真面目に答える。

 レーヴァンが当主を務める「ラテンテ」という一族は催眠や洗脳といった能力が強く、そのうちのいくつかは魔界での使用が禁止されているほどだ。当主であるレーヴァンは、禁止されている能力とはまた違う力で「それ」と同じことが出来ると聞いたことがある。しかも、当主になるような人物だ。実のところ結構な曲者で、こうやって気軽にはなしをするものの、アルフレドはいつでも彼を警戒している。

 アルフレドは魔力量と比例してそういう力への耐性も高いため、先程の冗談が本当になっても抵抗は出来るとは思う。が、ふと考えればレーヴァンの妻は人間だし、好きなようにされている可能性があるわけだ。さすがに人様の夫婦間のことを多くは聞かないが、自分が女だったらそんな力を持った男に抱かれたいとは思えない。

「そも、こういう話題は今日ここにいないヤツが得意なんじゃないですか? 僕は別に興味はないですけど」

 それはダリルのことだとアルフレドもジョアンもわかっている。実際にアルフレドはダリルに聞きたかったのだが、今日ダリルは魔王城に来る予定はないし、レーヴァンはタイミングが良すぎたのだ。

「うむ……なんにせよ、間抜けな質問に付き合わせて悪かったな。それから、魔石の件、引き続き頼んだぞ」

「はい。かしこまりました」

 締めの言葉ぐらいはまともに、とそう言って頭を下げるレーヴァン。そんな彼とジョアンは同時に「間抜けな質問だと自覚があったのか」と思ったが、そのまま目を合わせることもなくレーヴァンは退室した。

 完全に余談なのだが、後日ダリルに「優しいセックスとは」と同じテーマで語らせたら、彼はまことに清々しく「え? 俺は得意だけど、どうせ俺みたいに出来ねぇんだろうし無意味じゃね? お前、悪気なくひどいことしそうだもん」と剛速球をアルフレドに投げつけ、大いにアルフレドは落ち込むことになる。
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