溺愛魔王は優しく抱けない

今泉 香耶

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リーエンへの褒賞

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 妖精界から戻って来たアルフレドは3日間ヴィンスの元で魔力の調整をしつつ執務を行い――ここで休んではリーエンとゆっくり過ごす休日が減るだとかなんだとか言いながら――ようやく全快し、以前に比べれば穏やかな自由時間を過ごせるようになった。

 多くの高位魔族を呼び出した結婚式のおかげで、以前のアルフレドならば「わざわざ呼ぶこともない」と自分でやっていた仕事を、婚姻の儀の後集まっていた魔族達に割り振った。その甲斐あって、彼の仕事量はともかくとしてジョアンが過労死を免れたらしく、珍しく彼がリーエンに「多くの問題解決の糸口をくださったことに感謝いたします」と礼を言いに来たほどだ。

 今回の魔王妃が巡礼で妖精界用の魔石に魔力注入出来た、という話はあっという間に広まった。それなりの教育を施される高位魔族の当主ならば妖精界について学ぶ時に共に知るはずのことなので「あれは本当だったのか」という感想がほとんどらしい。

 中にはまったく指輪の存在すら知らなかった者もいるようだが、ことの細かい部分がわからなくとも「何代も出来なくなっていて妖精界からついにクレームが入っていた」ことを魔王妃が解決したと聞けば、それが相当なことだと理解は出来る。

 魔界にも歴史書はあり――それに興味を持つ者はほとんどいないがヴィンスのような学者肌の魔族も時には産まれるのだ――国同士よりももっと大きい単位での問題を解決した魔王妃として、きっとリーエンはいつかそこに名を記されることだろう。魔王妃という立場で魔界の歴史に影響を及ぼすほどのことをした者は過去にほとんどいない。それも、魔界召集でやってきた人間なら尚更だ。

 そんなことを気にしもしないリーエンは、ただただ平和な日々が戻って来たことを喜んでいた。だが、これからは魔王妃としての学びをコーバスから受けて……と思っていた矢先、突然前触れもなくアルフレドの執務室に呼ばれ、困惑する。まるで仕事の話のように呼び出しを受けたことは初めてなので、少しばかり緊張をして執務室へ向かう。

「ああ、すまない。ジョアンも交えた話だったので、お前に来てもらった方が早いと思ってな」

「いいえ。いつもこちらに来ていただくばかりで申し訳ないと思っておりましたし。何の御用でしょうか?」

 リーエンがソファに座ると、その向かいにアルフレドとジョアンが並ぶ。まるで面談のようだ、と緊張を高めてしまう。

「元老院については、コーバスから聞いたことがあるか?」

「はい。お伺いしております。魔界において、魔王であるアルフレド様ですら独断を許されない案件が発生した時に関与する機関だと……」

「ああ、そうだ」

 正式名称は古い魔族語でやたらと長く、正式な場でしかなかなか誰も口にしない。リーエンにとっては「元老院」という言葉はまったく馴染みがなかったが、もともとは人間界の一部で使う言葉だったのだとも聞いた。

 魔界の元老院はおおよそ高位魔族、かつ当主から隠居した者で構成されている。隠居した者たちは「勝手に暮らしたいから」と自分たちの領地の「もともと別荘で持っていた屋敷」に引きこもって悠々自適な暮らしを始めることが多い。が、そんな中にも、魔界のしきたりに厳格な者や、魔界には珍しいやたら勤勉な者が他薦されたり立候補したりで元老院メンバーとなり構成されている。

「その、元老院が何か……?」

「お前の功績を称えて、褒賞をという話があがってな」

「え?」

「魔王妃候補の巡礼についての詳細報告、妖精界へ魔力を渡す魔石への魔力注入の復活。こんなおおごとをしでかした者に褒賞を与えるのは当然だ」

 確かにそうなのだが。そこまで考えていなかった、とリーエンは驚く。そう言えば、ダリルが「ご褒美」がどうのこうのと言っていた気がするが……。

「ただ、リーエン様は魔王妃なので、その……通常魔界で褒賞をとなるとアルフレド様が与える形になりますが、アルフレド様の財はリーエン様の財と言って良いので、この場合意味がなくなりまして……」

「それでは、まるで俺が個人的に渡す感じになってしまうからな」

「与えられる肩書等も、魔王妃以上のものは魔界には存在しませんし、あとは魔界の中で得られないはずの何かの権利を得るぐらいしか思いつかないのです。とはいえ、もし、たとえば、魔王城の外に出てアルフレド様と旅行をしたい……といったご要望は、むしろ、単なる魔王妃の我儘としてアルフレド様に言っていただくぐらいの話なので……」

 それはそうだ。リーエンからすればそれも相当なご褒美だと思えるのだが「魔界として与える」褒賞にはならないということだろう。

「この案件に関しては元老院の介入が適用されることになり、協議依頼を出していたんです。その第一報が入りました」

 いまひとつ話がわからない、とリーエンは不安そうな表情だが、アルフレドもジョアンもまったくいつも通りなので、魔界としては大した話ではないのかもしれない。

「魔界では、大きな褒賞を与える時に大体3種類用意します。ですが、リーエン様の立場を鑑みるとなかなかその3種類が出揃わず、元老院側から3つの方向性を提示されました。今から申し上げる3種類に合致するものを、リーエン様ご本人、ないしはアルフレド様やわたしが提案をして元老院に話を戻す必要があります」

「は、はい」

 わからないまま返事をすれば、ジョアンは淡々と話を続ける。

「1つ。魔界でのなんらかの権利を得る褒賞。1つ。今後の魔界召集にとって良い影響を与えることという前提で、人間界に対するなんらかの権利を得る褒賞。1つ。妖精界に対するなんらかの権利を得る褒賞。このうちの最低でも2種類を必ず選び、3つの褒賞を提案しなければいけません」

「わたしはそもそも自分が魔界でどういった権利を持つのかも把握しきっていないので難しいですし、妖精界と言われてもまったく妖精界のことは知らないので……行ってみたいなぁと思う程度です」

「行くぐらいなら、いつでも魔王妃として俺に同伴して行けるぞ」

「そうなんですか!?」

「むしろ魔界よりリーエンは安全じゃないか? 意地の悪い妖精も沢山いるが、俺と共に行く分には誰も手出し出来ないしな」

「ううん、でしたら、やっぱりよくわかっていないので1か2で3つ提案をする感じになるのでしょうか……」

 だが、人間界に対する権利を得るといっても前提が「今後の魔界召集にとって良い影響を与えること」なんて言われたらリーエンは思い浮かべることが出来ない。それを素直に2人に言えば、アルフレドがこれまたあっさりと

「難しいことじゃないだろう。魔界召集で転移させられた女性でも真摯に魔界のために力を尽くせば、これほどの待遇を得られるということを人間に知らせることは、今後の魔界召集の対象になる女性の質が向上する可能性が高くなる……みたいなことを言えばいいんだろう? なあ、ジョアン」

「そうですね。それで充分でしょう。ですから、むしろその前提は考える必要は何もないかと。元老院としてはそこは譲れないため前提として出してますが、そもそも当たり前のことなので」

「リーエン、お前の望みを聞いて、俺達がそれを実現できそうな形にもっていく。考えてくれないか」

 突然そう言われても困る。リーエンは唸った。時間をください、と言ってしまおうかと悩んだが、彼ら側から猶予を提示しない時点で早い方が良いのだろうと察する。

「急いだほうが良いんですね?」

「そうだな。元老院のメンバーの一部は気が短い。こちらから早いレスポンスをした方が通りやすいのでな」

「通らなかったらどうなるんですか?」

「リーエンの銅像でも作って巡礼の洞窟前に飾るとか、ふざけたことを言い出すと思うぞ」

 その言葉を聞いて、魔界でもそういったどうしようもないことが発生するのかとリーエンは大慌てで

「絶対嫌です!」

 と叫ぶとアルフレドは小さく笑いながら「だろう?」と言った。ジョアンは真顔で「大きな肖像画を魔王城の宝物庫に永久保管する可能性もありますね」とリーエンを煽るようなことを言い出した。

「急いで、急いで考えます。ああ、でも、でも、ああ」

「多分、これはお前が人間界に対して干渉できる最後のチャンスだ。お前が人間界への権利を得たのは、魔王妃候補の状態、いわゆる魔王妃ではまだない、ただの人間として巡礼報告を行ったからだ。この先お前が何か偉業をなしても、もうお前は「魔王妃」という存在以外の認識はされない」

「……」

「だから、優先すべきは人間界への権利だ」

 アルフレドはリーエンの気持ちを汲んで、人間界への権利と言っても何が出来て何が出来ないのかを1つずつ簡潔に説明をする。リーエンが人間界に行くことは出来ない。魔界の使者として魔族が行くことは出来る。ものを渡すことは可能だが、魔力が含まれるものは人間界に置くことは禁止されているので、手紙程度ならば持っていける……等、聞けば聞くほどあまり出来ることが多くなさそうではあった。

「魔界の状況を伝えるようなことも避けなければいけないし、魔界召集でやってきた他の女性がどんな状況なのかを勘ぐらせることも避ける必要があるので、手紙を書くとしたら内容は一度検閲を受けるな」

 リーエンはしばらくうんうん唸って悩んでいた。が、突然ぱあっと「思いつきました!」と声を上げる。コーバスがここにいたら身を乗り出すだろう、彼女の「思いつきました」はこれまで案外実績があるものだ。時に大外れの場合もあるが。

「魔力を含むものを置くのは禁止されているとおっしゃいましたが、魔力を含むものを持って行ってもらって、持ち帰ることは出来ますか?」

「どういうことだ?」

「巡礼に同行してくださったアイボールさんが記録したものは、記録の魔石に保存されるとお聞きしました。その石を使って、今のわたしの姿を家族に見せて安心してもらうことは出来ますでしょうか」

 そのリーエンの言葉に、珍しくアルフレドではなくジョアンが「聡明だ」と感想を素直に口にする。元老院から許可が下りるだろうと彼らが思える良い提案だったようだ。

 悩んでリーエンが選んだ権利は、家族に今の自分の映像を見せて言葉を伝えたい、手紙を渡して欲しい、この2つが人間界への権利。そしてもう1つは魔界での権利。

 自分と同じように魔界召集で来た女性達がそれぞれ自由に会えるように出来ないかと最初に提案をした。しかし、それでは褒賞を得るのがリーエンなのに他者が個々で受ける権利になるし、元老院に話を通すことで変な制度化をして逆に息苦しくなる可能性もあると却下された。

 結果、リーエンは「魔王城の外に気楽に行ける開けた場所が欲しいので、巡礼で使ったゲートを時々使用できませんか……」と、ピクニックをしたいという可愛らしい、けれども外出に制限がかかっている立場からすれば相当に大切なことを伝えた。確かにそれはアルフレドの一存では決められないため、元老院への要望としては良い、と2人は「どうにかうまく話を通してくる」とリーエンに約束したのだった。



 2日後には元老院から回答が戻り、再びリーエンは執務室に呼び出された。人間界への権利については彼女の希望が通り、3つめに関しては「魔王妃専用のゲートを作る」ことに決定したらしい。

「巡礼のゲートを通った先と同じように周囲に強めの結界を張って、そこに行けるようにする。好き放題は無理でも前もっての申請をしてピクニックとやらに行けるようにはなるんじゃないか。一応こちらからは、数か所作りたいと要望は出している。詳細の決定はまた後日」

「まあ! 嬉しいです。それでしたら、そのうちまたお菓子を持っていけますね!」

 その嬉しそうなリーエンの言葉に、ジョアンは「またお菓子を持って……?」と怪訝そうな表情を見せるが、既にこの魔王妃が真面目と思いきや案外と奔放なところがあることは彼も薄々気付いているようで、あえて追及を避けた。

 リーエンは早速元老院からの制限を守って家族への手紙を書き、アイボールに依頼をして記録の魔石にメッセージを入れるために撮影をしてもらう。自分の花嫁姿を家族に見てもらいたいとまた可愛らしい我儘を言って結婚式用のドレスを纏い、その指には母親の形見の指輪とアルフレドからもらった指輪どちらもをつけた。

 魔界召集直前はあまりのショックでお互いに悲しむことしか出来なかったし……と、とびっきりの笑顔で撮影をしてもらったものの、さすがにその後は「本当にこれが最後なのだろう」としみじみ思い、久しぶりに号泣した。

 彼女は「自然に泣き止むまで泣こう」ととことん泣いて、それから女中達に焼き菓子を所望してバクバク食べた。そして、落ち着いた頃に「わたし用ゲートで行った先で、沢山運動をしなければ……」とピクニックだけでなく運動の場として使うことを心に誓ったのだった。
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