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学園編
48.多面的な三角関係の足音3
しおりを挟む「便利な道具も使う人間の品性によっては、無用の長物でしかないらしい。とても……醜悪で滑稽だな。神聖なる学び舎で、これは一体何の真似だ?」
現れたのは、クリストフ殿下だ。
静かな口調の中に尋常でない怒りを感じる。これは……わたくしが、マリー・トーマンを害そうとしていた時によく向けられていた怒りに似て――。
「殿下?! なぜここに……っ?!」
動揺したデリアが手からペーパーナイフを取り落とした!
その際に切れ味のいいナイフの刃が彼の手の甲を滑り、赤い線を作る。彼は顔色一つ変えないが、結構痛い傷なんじゃないかと思うんだけど……。
デリアが落としたナイフを、取り巻きに奪われる前に取っておこう!
慌ててナイフを拾ったのだけれど……彼女たちは微動だにしていなかった。彼女たちは青い顔をしてクリストフ殿下に釘付けだ。私が思っていた以上に、彼の登場に動揺しているらしい。まあ、当然か。
――この隙に、思い切って逃げてしまおうか?
そんなことを考えていると、背後から制止を促す弱々しい声が聞こえてきた。
「デ……デリア……! お前はなんと言うことを……!」
「お父様?!」
現れた気弱な紳士は、リナウド侯爵だったのか。
確かに高そうなベルベット地のスーツに身をつつんでいる。しかし、その様相は自信に満ちたものとは言い難い。
リナウド卿にお会いするのは、恐らく初めてだと思う。
家人やリナウド母娘の様子から、彼についてはどこか頼りなく影の薄い男だという印象を抱いていた。あながち間違ってはいなかったらしい。
虚を衝かれたデリアと、オロオロとするだけのリナウド卿を見比べていると、手からナイフが奪われた! 誰だ?!
「怪我はないか?」
――パトリック…………だ。
ナイフを取り上げたのは彼だったようだ。えっと……毎度ご迷惑をおかけ致しまして申し訳ございません。
「大丈夫……です」
「ナナミ! 大丈夫?! 何があったの?!」
続いて現れたのはマリー・トーマンだ。
クリストフ殿下の背後から慌てた様子で現れて、キビキビとした動作と発生で私をデリア軍団の外へと誘導する。実に鮮やかなお手並みだ。
殿下と一緒にいたのだろうか? 順調に友好を深めているようで何よりなんだけど……パトリックも一緒だったのだろうか? ……三角関係勃発してる?
やや離れた所からデリア軍団を遠巻きに見ると、リナウド卿が娘にすがっている様子が見て取れる。毅然と説教ができないタイプのようだ。リナウド卿に代わり、殿下がデリアを叱責している様子が聞こえてくる。
この場面には覚えがある。これは、うん、前回と同じだ。
――前回、王妃様の前で恥をかかされた格好となったわたくしは、後日、マリー・トーマンの友人を集団で襲い、憂さ晴らしをした。ちょうど今、デリア・リナウドが私に対して行っていたようなこと……よりも酷いことを、した。
わたくしは相手の顔すら覚えていない。
取り巻きが口にした「あれはあの女の友人だ」という言葉を鵜呑みにした。いや、本当はどうでもよかったのだ。制服の質感から彼女たちが平民であることは一目瞭然だった。
誰でもよかった。
わたくしは、誰かを貶めることで己の地位と権力を知らしめることができると……本気で思っていたんだ。
そして、そんなわたくしに、マリー・トーマンは――――。
「わたしに文句があるならわたしに言えばいいでしょう?! わたしの友人にこれ以上のひどい真似は赦せません!! 無抵抗な人間に暴力を振るって得られる程度のものに価値があるなんて、わたしは思いません!!」
――うん。
これと全く同じセリフを、言ってきたんだ。
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