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 スティラの勘違いはともかく、私達は程なく食事を終え、そのまま、現状の確認と言うこと、酒を飲みながら……ということになった。私は強い火酒が好みだが、スティラとシンは軽い果実酒の方が好みのようなので、そちらに合わせた。

「見かけによらず、大神官様は、お酒に強いんですよね」シンが、しみじみと呟く。「一緒に飲んでると、つい、呑む速度が上がって、飲み過ぎる……」

「それは、気づかずに……」

 私は単純に、シンはお酒に弱いのだなと思っていた。酔いが回ると、シンは、少し舌っ足らずな甘えたような口調になる。それが、可愛いと言ったら、シンは怒るだろうか。

「本当に、このお姿で、全く強いお酒を浴びるように召し上がるものですから……まあ、大神官様を酔い潰して不埒なことをしようという輩がいたとすれば、まず、返り討ちになるでしょうから、それだけは、私も、良かったと思っていますが」

 テシィラ国の国王の件があるから強くは否定出来ないが、私は、そんなに、他人の性欲の対象になり得るのだろうか。昨夜の、あの、シンと交わしたようなことを、私としたいと……? 

「……そういえば、テシィラ国の国王のことは、何か解りましたか?」

「神殿の調査部が、いろいろと調べてくれたようです。……まず、あの男の出生ですが、先々代の王である彼の父親が、王宮仕えの下働きの娘に産ませ、庶民として生まれ育ったということです。その後、腹違いの兄である先帝が王位に就きますが、戦死。その時、まだ存命だった彼の父親が、彼を王宮に呼び戻し、立太子した上で即刻戦場に送り込んだとか。このとき、十九歳ということです。戦から戻り、程なく即位し、今まで在位を保っているという状態ですね」

「……庶民として生きてきたのに……、急に、呼ばれた?」

 異世界から無理矢理召喚されたシンと。王宮から、おそらく半ば無理矢理連行されただろう、国王と。なんとなく、二人を比べてしまう。

「そのようです」

「……その時、テシィラ国は、どこと戦争をしていたのです」

「それが……、我が神殿です。三十年前のカルシア協定まで、我が神殿と、戦いました。その名残で、神殿の守護兵士たちはサジャル国から遣わされるのです」

 カルシア協定については、覚えている。

 神殿は、武力を持たない。永世中立を保つというのが中心の内容だ。現在、神殿には、一応の軍備がある。けれど、それは、サジャル国の持ち物でありサジャル国が『勝手に聖域に駐留させている』というのが名目になり、テシィラ国は、何も苦情を言えない状態になっている。

「カルシア協定自体は、今の国王陛下の先々代が神殿と結ばれました。このあたりの詳細は、神殿でも極秘になっていましたので、外部には漏れ出ていないと思いますが……」

「つまり、三十年前あの国王と、神殿が戦になり、その結果、神殿は孤立化した……と?」

「表向きは『あらゆる世俗国家から独立し』です。そして、そのまま、三十年、均衡を保っています。元々、世界とは、こうして成り立っていたかと思えるほどには」

 スティラの言葉は、中々、辛辣なものだった。けれど、この『均衡』は危うい緊張の上に成り立っているのだろう。そして、それを、あの男は、乱そうとしている。

「三十年前のカルシア協定を結んだ大神官の手記などは?」

「あるはずです。……大神官様のみが閲覧可能書籍がございますので、図書館に言いつけていただけば」

「大神官しか読むことが出来ないというのは、不便なのでは……?」

 私が首を捻ると、スティラが答える。

「……七十年を超えれば、誰もが閲覧可能な所へ移動されます。それが、神殿図書館の決まりです。しかも、書かれたときからではなく、大神官の死後七十年です。つまり、当事者が一人残らずこの世から去ってから、公開されるのです」

 手記が公開されたとして、そこに書かれている名前の人物に、累が及ばないようにという配慮だろう。それは理解出来る。だが、逃げではないか、と思う私もいる。

「当時の大神官の手記を見れば、なにか解るかもしれません。それは、大神官様にお任せするとして……私は、このような経緯を鑑みても、かの国へ乗り込むのは得策ではないと考えます」

 過去の事例を考えれば、間違いなく、テシィラ国の国王は、神殿に対して、何か、良くない気持ちでいる。そして、彼は、シンの素性まで知っていた……。

 なにか、引っかかる。

 急に動きを止めた私の顔を、心配そうにシンがのぞき込んでくる。

「どうした?」

「いえ……なにか、違和感が」

「違和感?」

「ええ……」

 そう。なにか、かすかに引っかかることがあった。あの男に関してだろう。あの男が、神を否定し、そして神は死んだと宣言したときのことか―――いや、そうではない。もっと、違う。何か、合ったはずだ。想い出せ。私は、言い聞かせる。想い出せ。

 あの男とやりとりしたのは、そう多くない。あの男は、神を呪うと言った。そして、私にもこちらへ落ちろと誘いを掛けた。美童を侍らせているとも言った。シンの素性も知っているようだった。

「あっ……」

「どうした?」

 私は、血の気が引くような気持ちになった。

「シン。あなたと一緒にこの世界に来た異世界の民たちは、あなたの名前を知りませんね?」

 私は、シンに念を押して確認する。偶然、『電車』にひかれそうになった女性を助けた、と言う話だった。ならば、彼らは、シンの名前を知るはずがない。

「えっ? あ、ああ。知らないはずだよ。自己紹介も出来なかった」

 ならば、違和感は、これだ。

「……テシィラ国の国王は、あなたの名前を『シンタロ』と書いて寄越しました。シン。あなたは、お店でもシンで通したのでしょう?」

「えっ? ああ、この国の人は、その名前は、読みづらいって、女将さんが教えてくれて……」

 そこから、彼は『シンタロ』ではなく、『シン』になったのだ。

 彼が『シンタロ』という名前だと知っているのは、数少ない人間のはずだった。

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