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第13話 神竜の息吹対邪神の使徒

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狙うのは、メイリュウの首。

ドゥバイヨはいらぬ殺しはしない。と心に決めていた。
以前はひたすら、奪った生命の数を競うがごとき「宴」も行ったきたヴァルゴールの使徒たちであったが、このところ、方針に少し変化がでているようだ。
神殿にて、「闇の司祭」が受けた神託では「殺す価値のないものを殺すな」と、あったという。

つまりは、殺す相手を制限し、その制限内で殺すことこそが、神に贄を捧げるにふさわしい、ということなのだろう。
(本当は単純にいくら生贄を捧げられても迷惑だからやめろ、という意味合いだったのだが、それを理解するものは邪神の信徒にはいなかった)

ドゥバイヨの鞭剣は、通常の剣ではありえない角度をもって、メイリュウの首筋をないだ。
メイリュウの片手剣が弾き返さねば、それは薄皮一枚を残して、メイリュウの首を両断していただろう。

防がれたドゥバイヨは驚愕したが、不正だメイリュウも呆然としていた。
彼女の身体は突然の攻撃に対して、自ら意思を伝えることなく、勝手に反応し、必殺の一閃をふせいだのだ。
これは、メイリュウの戦闘者としてのレベルが一段、あがったことを意味していたが、そんなことはあとになって思い起こして初めて分かることだった。

メイリュウの膝が跳ね上がり、ドゥバイヨの腹に突き刺ささる。
もともと剣と体術を組み合わせた技を得意としていたメイリュウだが、自分の身体の軽さに驚いていた。

動く。
なにをどうする、と考える間もなく、身体が動く。

幼い頃より、仕込まれた剣術。意図せずに先代の団長に女にされ、ある種屈辱の日々をすごしながらも怠らなかった鍛錬がここに身を結んでいた。

一歩しりぞいたドゥバイヨに、回転しながらの剣の一撃は、盾に防がれた。そんなものは今まで持っていなかったはずなのに!
全身をすっぽりとメイリュウから覆い隠してしまうような巨大な盾だった。
それをそのまま、体当たりでもするようにメイリュウにぶつける。

とっさに後ろにとんで衝撃を逃がそうとしたが逃しきれなかった。
後ろの壁にたたきつけられ、酒瓶が倒れる。

「銀級冒険者なみの腕だという評判は、本当のようだな。」

ふいをついた一撃を凌がれたドゥバイヨには、だが、まだまだ余裕が感じられた。
銀級、は、冒険者にとってひとつの到達点ではある。

冒険者ギルド連合のある諸国では、一級市民、準貴族、さまざまな呼び方はあるが、入出国をはじめさまざまな特権を受けることができる。受注できる「依頼」の制限がなくなる。

これより上のクラス。たとえば「黄金級」ともなると、特権の反面、ひとつの国、あるいはギルドといったものに縛られることもあるので、あえて「黄金級」への昇格は望まないものも多い。
つまり、一口に「銀級」といってもそのレベルには、ピンからキリまであるのだ。

メイリュウの技前は、まさしく「銀級」らしい一級品のものであったが、ドゥバイヨのそれは。

ドゥバイヨの入れ墨が次々と光り輝きながら、浮き上がった。
あるものは篭手となり、あるものは鎧となり。

メイリュウはそれを邪魔するために切りかかったが、巨大な盾に阻まれる。
トリッキーな動きからの斬撃と体術を組み合わせたメイリュウの戦法には、鎧につつまれたドゥバイヨは攻めにくい相手ではあった。

盾の影から、鞭剣がしなる。
起点となる腕の動きがわかりにくく、繰り出される攻撃を交わすために、メイリュウはさらに退かざるを得なかった。
テーブルが切断され、椅子が倒れる。

その音に気がついたウエイターの男がなにごとかと顔をのぞかせた。

「クリュエル! 危ない! 来るな。」

メイリュウは叫んだが、さえない顔をしたウエイターはのこのこと部屋に入ってきた。
余計な殺しはしない。


そう思っていたドゥバイヨにもいまさら、殺人に対する禁忌があるわけではない。
縦横に、駆け巡った鞭剣の閃光が、さえない男をとらえた。

そう思った瞬間に、全身を鎧に包まれたドゥバイヨの身体が浮いた。
鞭剣をかわして、踏み込んだウエイターの一撃が為せる技だった。

テーブルもカウンターもぶち壊して、倒れ込むドゥバイヨ。

「いったいなにが・・・」
「なにが、じゃねえですが。」
クリュエルと、呼ばれたウエイターの男は呆れたようにメイリュウを見た。
「おれっちが、もともと殺し屋だってことを忘れたんですかい?」

忘れていた。

もともとクリュエルは後ろ暗い仕事をやりすぎて、故郷を放逐された冒険者だ。
巡り巡って、「神竜の息吹」の一員となり、「神竜の息吹」が今の居酒屋ともギルドともつかぬ存在になっても(というか完全に居酒屋)なぜかいついて、ウエイターをやったり厨房を手伝ったりしている。

ドゥバイヨの身体に新たな光が疾走る。
彼女の身体の入れ墨が、次々と武具に変化しているのだ。

「なんなんですかい? こいつは?」

「銀級冒険者のドゥバイヨだ。」

「へえ、『燭乱天使』の中でも武闘派だ。ぶちのめしたら手当がでますかね?」

「そうだな。」
メイリュウは無惨な状態になった鉄板焼きの特別室を悲しそうに見つめた。
「20万ダルで・・・どうだ?」

「いいですねえ・・・こいつは・・・おおっ!」

起き上がったドゥバイヨの全身は炎につつまれていた。

「まずいですぜ。こりゃあ。」

戦い、としてまずいというより店に火を付けられたら大惨事になる。
盾は消滅しており、両手に赤々と燃える大剣を握っていた。
その剣に切りつけられるだけで、対象物は業火につつまれるだろう。

さっきまで鉄板を焼いていた少年と見紛うような若い料理人がその前に立ちはだかった。

「あぶない! ラウレス!」

少年の手が、燃え盛る篭手を掴んだ。
手はもちろん、少年の身体自体が、火に包まれる。

だが、少年・・・ラウレスは炎に包まれたまま笑った。
その全身に黒い鱗で覆われたように見えた。

「大丈夫です。これでも『竜人』ですから。」

鎧の分もあって、ドゥバイヨの体格は少年の倍はあるように見えた。だが、少年の握力はドゥバイヨの手首を握りしめてはなさない。

「リンクス。この火を消してくれ。」
ラウレスは呼びかけた。
「そのまま電撃を流してもらって構わない。わたしの方は・・・大丈夫だから。」

うーーん。

ドゥバイヨは回らなくなった頭で真剣に考えた。
メイリュウが銀級なみの腕前なのはわかるとして、なんでウエイターが達人クラスの体術の使い手で、コックが竜鱗を自在に使いこなすほどの竜人で、そうだな、どこかで見たことがあると思ったら、このリンクスって、聖光教会の実行部隊の「電弓」のリンクスじゃないのか・・・

電撃が彼女の意識をふっとばすまで、考えられたのはそこまでだった。
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