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第70話 それぞれの真相

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「ザック! 魔王宮から戻ったのか?

ルトは・・・・どうなった。」

フィオリナは、掴みかかろうかという勢いで、ザックに詰め寄った。

「六層で別れてからはわからんのですよ、姫さん。」

「第六層のどこで! どんなふうに別れたんだ!!」

「階層主の間に強制転移させられたとこまでは確認しましたぜ。」

フィオリナはがっくりと膝をついた。発した声はうめくよう。
「さ、最悪じゃないか・・・・」

「ザックよ。」
アウデリアが、にまにまと笑いながら、話しかけた。
こちらは部屋にあった一番いい椅子に腰をおろしたまま、身動きもしない。
ただ、わずかに視線をむけたその先に、彼女の愛用のものと思われる使い込んだ斧がたてかけてあった。
「記憶に間違いなければ、彷徨えるフェンリルは、クリュークの配下よなあ。

公式には『燭乱天使』は名乗らずに、別働隊として汚れ仕事を引き受ける?」

「彷徨えるフェンリルについてはその通りだな、姉御。
だが、いまの俺たちは『フェンリルの咆哮』だ。

クリュークはもう俺たちのボスじゃあねえし、ヴァルゴールの呪いからも解き放たれている。」

「ふむ・・・・」
アウデリアは目を光らせて、ボルテックを見た。
「魔道についての解析はご老人の方が詳しかろう。どうだ?」

「えらいことをふってくれる。」
ボルテックはぼやいた。
「一介の魔道師に邪神の呪いなど解析できるか!
とはいえ、こやつがいま、だれかに行動を束縛されているという形跡がないのは、わかる。

ザックとやら。お主、そもそも人間ではないな?」

「楽しいねえ、ここは!」
ザックは吠えるように言った。
「寂れた辺境の小国かと思っていたら人材の宝庫じゃねえか!」

「そんなことはいい!」
フィオリナは、ザックの胸ぐらを(今度は本当に)つかんだ。
「ルトと別れた場所に私を連れて行け!
こいつらとは、そのあとで好きなだけ戯言を言い合ってろ!」

「フィオリナ、落ち着け。」

「ははう・・・あなたになにがわかるっ!」

「ザックよ。お主がそのルトという冒険者と別れたのはいつだ?」

「・・・・そのあと、五層から一層の階層主と挨拶してたからな。まる一日はたっている。」

「・・・ということだ。
六層の階層主となにがあったにせよ、もう終わっている。」

フィオリナは、膝をついた。涙こそながしていなかったが・・・深く打ち拉がれた目をしていた。

「アウデリアの姉さん。」
イリアが、立ち上がった。
「もし、ルトになんかあったら、その第六層の階層主もただじゃすまさねえ。
下手に長生きしたことを後悔させてやります。」

「・・・・ちょっと待て、これリアか?」
ザックはヨウィスに話かけた。
旧知のメンバーで幾分なりとも冷静に見えるのは彼女だけだった。

「リアは偽名で、本名はイリアという。」
ヨウィスは頷いた。
「短期で能力を開花させる過程で、人格に変貌をとげるケースはまま見られるが、彼女の場合はこっちが地、らしい。」

「話が混乱してきたな。」
勇者クロノが呆れたように、お手上げのポーズをとった。
「整理しましょうか。

まず、クリュークの元配下ザック君が第六層で別れた冒険者のルトは、実は行方不明になっていたハルト王子で、彼の認識阻害魔法のせいで、彼を知るものはみな彼を『駆け出し冒険者のルト』という別人だと思いこんでいた。

ここまではいいですか?」

「ああ、それでいい。」

ザックがあっさり答えたので、フィオリナは卒倒しそうになった。

「ちなみにクリュークたちは、ハルトと面識がないから、認識阻害は効いていない。
やつらもこのことには気がついているぜ。」

「わ、わ、わたし・・・・は・・・」
「はいはい、姫さん、落ち着いて! わたしもおんなじ気持ちだよ」

イリアがフィオリナの背中を撫ぜた。

「あいつにあったら、二人でとっちめてやろうじゃん?
こんな凄い魔法を使うヤツだよ、きっと無事でいるって。」

「で、我々はこれからどうする?

魔王宮に入り、六層以下を攻略するのは基本方針として、これに修正を加えるべきか?」

クロノは、ぐるりと一同を見回した。
「クリュークは、ハルトの抹殺を諦めていないのだな?」

アウデリアが言ったが、これは質問ではなく、確認しただけだった。

「そっちはクリューク、というよりもともと王妃の要望だった。
だが、ハルトはどう懐柔しても傀儡にはできないことがわかった時点で、クリュークの中でもハルト抹殺は決定事項になっている。

特に、斧神と勇者さんがご到着してしまったあとではな。」

「ぼくらの到着が、ハルト王子の死を決定づけたような言い方だけど?」

「そりゃ、そうだろう?
王位継承への評価基準は“最強パーティ”を作る事だ。

あのハルトに、斧神に勇者、姫さんに、ヨウィスが加わったら…。」

ザックは、体をまさぐって酒瓶を取り出した。
一口あおってから続ける。

「文句なしの“最強”パーティの誕生だ。
対するクリュークのパーティは、“神降ろし”クリューク、“カンバス”リヨン、“竜殺”ゴルバ、“神獣使い”ラキエ、“聖者”マヌカ“。

それに、エルマートだ、な。

エルマートを抜かせば一戦交えるだけの価値のあるメンツだとは思うぜ?

だがな、中原からこっちの人類社会で、勇者パーティを超えるパーティなんてあっていいわけがないだろう?

どう転んでもクリュークに勝ち目はなくなるのさ。」

「つまり、クリュークはこう考えているわけだな。」
アウデリアが、ふむふむと頷いた。
「ハルトは、王室からの暗殺を逃れるために、認識阻害の魔法を使って正体を隠して、迷宮に入った。

そこで、わたしが勇者を連れて、来訪し、フィオリナほか優秀な冒険者とパーティを組んで、迷宮に入ったところで合流し、かくして最強パーティの誕生、と。

たぶん、違っているぞ?」

「そうかね? 悪くない読みだと思うのだが・・・」

「お主やクリュークはハルトを知らないからな、仕方ない。」
アウデリアは、フィオリナを見つめた。
続きを説明してみろ。
そんな目つきだったし、フィオリナもそれがわかる程度には、アウデリアとハルトには詳しかった。

「ハルトは、今回の件にクローディア公爵家を巻き込みたくはなかった。」
嫌そうにフィオリナは答えた。
「巻き込むつもりなら、ハルト自身と私とヨウィス、ゾア、ザレそれに父上、あたりでパーティを組めば、『蝕乱』のパーティにもそうそうヒケはとらない。

そもそも、いくら強力な冒険者を集めようと向こうにはエルマートというウィークポイントが存在するのだから。

ただ、そうしてしまえば、もはや、グランダとクローディアの対立は避けられなくなる。

おそらく最後は国を割った戦となるだろう。」

「さすがは我が娘。
で? ハルトはクローディア公爵家の滅亡を避けたかった、と?」

「ふざけるな! クローディアにわたしとハルトがいる限り、我々が勝つ!
父上も戦士としては、あなたの劣化コピーだが、戦闘指揮者としてはグランダでは並ぶものはいない。
そして白狼騎士団に勝る戦力は、グランダにはない!

だが・・・・ハルトにとっては単なる『勝利』では駄目だったんだ。

言われたよ。婚約破棄の夜に。

“クローディア公爵家の力では不足だ。”と。」

「わしも似たようなことは言われた。」
ボルテックが憮然とした顔でつぶやいた。
「わしを含め、魔道院の力で一流の冒険者をかき集めたパーティで、エルマートに対抗せぬか、と提案したのだが・・・・」

「それでは『戦い』になってしまう、とでも言われましたか? 妖怪じじい殿。」

「まさに。」
ボルテックは、あらためて、感心したようにフィオリナを見やった。
「ハルトについての理解はさすがに婚約者じゃな。」

「“元”だ。」
フィオリナな憂鬱そうに顔をしかめた。
「ハルトが無事だったとして、そこいらをどうするか・・・」

「『そこいら』の確認を含め、現地に行ってみるしかないだろう。」

アウデリアの発言は当然のものだったが、ザックが言い返した。

「・・・それについては、ひとつ提案があるんですがね。」
「・・・・そういえばそんなことを言っていたな?
なんだ? 言ってみろ? クリュークの腰巾着ならいざしらず、もとのおまえなら聞くだけは聞いてやる。」

もとのおまえ、までわかってても「聞いてやる」なのか・・・・とザックはぶつぶつとつぶやいたが、意を決したように。

「魔王宮への攻略を3日ばかり伸ばしてもらえませんかね。」

「さっき、クリュークの神獣使いに同じような提案をされた。
代償に、ハルトを含むクローディア家の安全とクローディア公爵領の独立、港までの領土の割譲をちらつかせたが?」

フィオリナがザックの首を切り飛ばさなかったのは、そういうたぐいの攻撃がこの男には効果が薄いということを知っていたからだった。

「同じような提案をするということは、ヴァルゴールの支配から逃れてもやはり、クリュークに組みするということか?」

「それは、まったくの偶然ですぜ、姫さん。
でもラキアがそう言ったならば、なおさら3日、待ってくれませんかね。

やつの提案した代償は、クローディアにとっては悪くなさそうだ。
そして、力持つ者同士の約定は、自動的に魔術的な拘束力を持つ。」

「魔術的な拘束力は魔術的な力で打ち破れる。」
フィオリナの腰の剣の柄がカタカタとなった。フィオリナの意思に呼応しているのだ。
「王妃一派がハルトの死を要望している以上、こちらもなんの譲歩もできない。」

「姫さん、それが、微妙に違う。

おまえさんが王妃一派と呼んだあいつらは、少なくとも三つの意思がある。

ひとつは王妃メア。闇森の守護たる魔女ザザリと言ったほうがいいか。
そして、言うまでもなく、西域で最高峰の冒険者クリューク。


そしてもうひとつ。
・・・これは、まだお主たちも掴んでいなかった情報だろうが。

この一件を、メアに提案し、いわば筋書きを提供したものがいる。」


「興味深いな。」
アウデリアの笑みは野太い。
「だれだ。それは。」

「おれも名しかしらん。
アゼルという貴族面をした優男だ。

ゴルニウム伯爵を名乗っているが、そんな地名を聞いたことがあるかね?」

「・・・・少なくともグランダではきいたことがないな。
爵位の名としても北の諸国ではない。

・・・まさか、境界山脈のゴルニウム山か?」
フィオリナの目が驚愕したように開かれた。

「・・・魔族・・・か?」

「考えられるだろ?

そして、王妃、クリューク、アゼルのそれぞれの目標は似ているようでまったく異なってるんだ。

クリュークは自身の“神降ろし”の能力を使って、魔王その人の力を自分のものにすること、更に『燭乱天使』のための国をこのグランダに建てること。

アゼルは、魔王宮から魔王を開放し、その力をもって魔族にかつての覇権を取り戻すこと。
考えようによっては、こいつが一番、人類にとってはまずいかな?」

「そうすると王妃は?
ただの世間知らずの小娘なら、その両者にいいように操られているともとれるが、闇森の魔女ザザリだぞ?」

「ここからは俺の推論というか、想像なんだが・・・・
ザザリの目標は、魔王を魔王宮から解放することだ。」

「それだと、そのアゼルとかいう魔族との違いがわからんが・・・」

「そうだな、こいつはなんと言ったらよいのか、」
鼻にしわを寄せたその表情は、なにやらイヌ科の動物が不快なものに出くわしたときの様子を思わせた。
「つまりは、魔王を魔王であることから解放したがっている。」

「・・・ちょっとなに言ってるかわからない。」
クロノが冷静に言った。
「魔王は魔王だろ?」

「魔王を魔王としてではなく、別なものとして生きることができるように。

例えば。

もちろん例えばだぞ? こんなことが可能どうかは別としてだ。

魔王の魂をふさわしい器に移植する・・・・」

「転生ってこと?」
クロノが首をかしげた。

「いや、一旦輪廻の輪をとおった魂はたとえ、記憶や才能を受け継いでいたとしても別の生だ。
そうではなくて、魔王の魂をそのまま、用意された器に移植する。
移植された魂は元の魂と融合し、ひとつになる。という理屈なんだが、実際にはその力の配分でどうにでもなるな。
例えば。

あくまで例えばの話になるが、エルマートの体に魔王の魂を移植したら、どうなるか。
エルマートの部分はほとんど残らず、魔王の魂がエルマートになる・・・」

「なんで、ここでエルマートを例に出す・・・・・」
フィオリナの顔が青ざめた。
「・・・て、おい」

「魔王は、この国の王として君臨し、人に交わり、人と暮らし、人を愛し、人として生き、死ぬだろう。

例えば、もちろん例えばの話でなんの確証もないのだが、もし魔王がそれを望むなら、ザザリはそのために努力を惜しまないはずだ。」

「人として何十年かの生をまっとうするために、か?」
今度はアウデリアが首をかしげる。
「ザザリは魔王の側近中の側近だ。
噂にあるように彼女が、魔王の母親だとしても恋人だとしてもそれは、止める話だろ?」

「それについては、魔道院にデータがある。」
暗い顔をしてボルテックが口をはさんだ。
「魔王宮の魔素濃度だが・・・50年前にその濃度が一気に減少した。
それからも年々、魔素濃度は減り続け、現在では計測ができないほどにまで、下がっている・・・

つまり、魔王は死にかけとるんじゃないか?」


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