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宴の後始末 小悪党どもの日常

狼たちの旅立ち

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冒険者ギルド「不死鳥の冠」を、ザックは結構気に入っている。
今まで、受付から調理、給仕まで一手に仕切っていたミュランという美人に加えて、彼も以前、ランゴバルドで顔見知りだったフィリオぺというおっさんが、ギルドマスター代行として、一緒にギルドを手伝うようになってからは、料理と酒のレパートリーも増えた。

登録している冒険者の数は多くはないが、粒揃いだ。
有象無象の酔っ払って喧嘩をふっかけて来るような小物はここにはそもそもいない。
指名依頼が多いためか、依頼者の出入りもなく、いつも席が空いているのもありがたい。

この日、テーブルを囲んでいたのは、ザックとローザの二人。
さらに、フードを深く被った小柄な少女と、くるくるとよく表情を変えるどこか野生味のある美貌の少女(こちらは、一枚布に穴を開けただけでのようなワンピースを羽織っていた)、それにどこかの農家の奥方と思しき、よく日焼けた二十代の女性。
である。

「ついて来るのは構わないが。」
ザックは、フードの少女・・・「糸使い」ヨウィスに言った。
「おまえは、ウィルニアの秘書だろうに。」
勝手に出かけていいのか、と言いかけて、ザックは気づいた。
そもそも、ヨウィスの主、賢者ウィルニア自身が、クローディア大公夫妻と一緒にお出かけ中なのだ。

「しかし、魔道院はどうする?」

「そもそも学院長が不在で、秘書だけが残ったから、魔道院の運営が、どうなるものでもない。」
ヨウィスはむっつりと言った。
基本、彼女は無表情または、不機嫌そうな渋面である。
かといって、本当に不機嫌な訳でもないので、付き合う相手を選ぶところがあった。

「そもそもリヨンはどうする?
おまえは、リヨンの保護観察官も兼ねているんだぞ?」

「わたしはもう大丈夫!」
リヨンは健康そうなしなやかな筋肉のついた腕を差し出した。
指の先の爪は、ピンク色に輝いている。
「普通に歩けるし、走れるし、跳べるし、戦える。」

「保護観察の意味がわかってないな。」
ザックは辛辣そうに言った。
「お前がその力を使って、悪さをしないかどうかを監督するのが、ヨウィスの役目だ。」

「リヨンは一緒に連れて行く。」
ヨウィスは淡々と言った。
「戦いにおいては頼りになるし、そのほか常識が効かない部分は、わたしが補える。」

「ヨウィスの言うことなら、わたし聞くよっ!」
リヨンは明るく答えた。

ザックが考え込んだのは、それを危ぶんだ訳ではない。リヨンの残虐性は、それを指示したクリュークに由来するものだ。リヨンに指示を出すのがヨウィスならば、それはない。
ただ、ヨウィスが「常識的」な判断をするかどうかは、今ひとつ疑問ではあった。

しかし、それはそれ。今のザックたちならば、ヨウィスとリヨンが揃って暴走しかけても止めることができる。
ザックがひかかったのは、『燭乱天使』が行動できない代わりに、『踊る道化師』に接触する依頼を受けたのにもかかわらず、『燭乱天使』の一員であるリヨンを同行させることだった。
だったら、ヨウィスとリヨンで行けばいいのでは?

それにしても。
ザックは、最後の一人を見つめた。
身につけているものは、悪くはない。
その・・・農家のおかみさんにしては、だ。
顔立ちもまず、美人の部類に入る。確か、エルマートが14だったから、30は超えているのだろうが、ずっとずっと若く見えた。

「で、メア王太后は、何をしにお見えになったんですかい?」

どこからどう見ても、健康そうな田舎の奥さまにしか見えない前王妃は、楽しそうに微笑んだ。
「ヨウィスもウィルニアもいないのなら、魔道院の面倒を見る人が必要だと思って。」

ザックは、顔をしかめた。
「あのですね、良妻賢母で国民に評判の高い前王妃さまがですね・・・」
「あら、わたしってそんなに評判がいいの?」
「そりゃあ、そうです。特に政治に余分な口を出さなかったのは大きい。
前王は、確かに『何もしなかった』という失政はありましたが、それは王太后陛下の責任ではない。
その王太后陛下が、なんで魔道院の学院長代行を買って出るのです?
説明がつかんでしょう?」

「それは、わたしが」
メア王太后は、目を瞬いた。瞳の色が変わった訳ではない。まして着ているものが変わった訳でも、漆黒のオーラがその身から湧き出た訳でもない。
だが、その瞬間にメアは別の顔を見せた。

ガシャン!
食器が割れる音がした。洗い物をしていたフィリオぺの手から滑った皿が割れたのだ。

「あら、フィリオぺ。手は大丈夫?」
「だ、大丈夫・・・・です。あの失礼ですが。」
「なに?」
「あなたさまはどなたです?」
「まあ、前ギルマスのあなたなら、わたしの顔くらいは覚えてくれていると思ったのに。」

知ってます。とフィリオぺは答えた。
「滅多に外に出てこない方でしたが、拝謁させていただいたことはありました。
しかし・・・今のあんたは、メア陛下にはとても見えないのですよ。」

「さすがだよ、フィリオぺ。」
ザックは彼を誉めた。
「その勘働きは大したもんだ。長生きできるぞ。」

「てめえもてめえだ、酔いどれザック!」
フィリオペは、叫んだ。
「ザックのふりをしてやがるが、その内側の力はなんだ? 何がザックに取り憑きやがった?」

「俺は元からが、これなんだ。」ザックは大仰に肩をすくめた。「ランゴバルドの頃が、色々と力を制限されていたのさ。」
「今のてめえは、俺が前にあった『12使徒』よりも上だぞ?」

「すげえな、フィリオぺ。」
本気でザックは感心した。実際に魔法なり、剣を振るうところを見ずに相手の力量を判断できるのは、並大抵の才能ではない。
「俺は本当は、神獣のフェンリルで、クリュークのやつに力を封じられていたんだ。
ハルト坊やのおかげで、邪神ヴァルゴールの呪いを解いてもらって、元々の力を取り戻したと、そういうわけだ。」

なんだよ、本当のことを話してくれる気はないんだな、ブツブツ言いながら、フィリオペは皿を片付け始めた。

「そういうことで、王太后メアは、闇森の魔女ザザリの生まれ変わりでな。」

はいはい、わかったわかった。
と言いながら、フィリオペは皿を差し出した。
色とりどりのフルーツの乗ったサラダを中心に、ハムやチーズが盛り付けられている。

「ほれ、ご注文の『なんか美味いもん』だ。」
「こりゃあ、ありがたい。」
ザックはうやうやしく皿を受け取った。
「ミュラ殿のサンドイッチも美味いんだが、たまにはほかのものも食いたいんでな。」

ちょうど、奥のトビラが開いて、ミュラが出てきた。羽織ったジャケットは、『不死鳥の冠』の刺繍が入ってモノで、公式な外出にはミュラはかならず着用している。

「うちは居酒屋じゃないんだから、酒目的で来られても困るんですけど。」
メアがいるにも関わらず、ミュラはずけずけと言った。
「フィリオペさん、出かけてきます。八極会の会合に顔を出したあと、財務卿に呼ばれてます。遅くなると思うのでこっちは戸締りをして帰ってください。」
「了解だ、ギルマス。」
フィリオペは、頷いた。
彼女は、 あちこちからのお声がかりで、各ギルドを統括する「グランドマスター」になることが内定している。

「それから、ザックさんたちは、虚言癖があるのでまともに相手をしないこと!
おっけい?」
「わかりました、ギルマス。」
フィリオペは頷いた。

「明日にはここを立ちたい。」
ザックたちの打ち合わせは、具体的な予定の確認にはいったようだった。
「わたしと、リヨンは平気。
メアのほうは引き継ぎは大丈夫?」
「これでも王太后だからな。追い出したりはしないだろう。
あとは、ゆるり、とな。」
「流石に王族は、便利なもんだ。」
ザックが言った。
「ところでミトラまでのルートなんだが」
「最寄り駅まで、竜にのせてもらえないかメアから聞いてくれない?」

ガッシャーンっ!
新しい酒瓶が手からすべった。

「フィリオペ、気をつけてくれ。
俺は白酒を床に飲ませるのは大嫌いなんだ。」
ザックが真面目な顔で言った。

「り、り、り、り、り

竜だと!?」

「俺は虚言癖があるからなにを言ってもまともに取り合うなと、言われたばかりだろ。」
「し、し、しかし」
フィリオペは助けを求めるようにヨウィスを見た。彼女は以前、フィリオペがここに勤めていたときからの知り合いだった。
「ヨウィス?」

「メアだったら、魔王宮の古竜も断らないと思う。」
ヨウィスは淡々と言った。
「ザックとローゼ、わたしとリヨン。四人なら問題なく運べる。」

「なら、わたしはそれを頼んでくるわ。」
メアはよっこらしょ、と言って立ち上がった。
そのまま、ギルドの扉を開ける。
その向こうに広がるのは、王都の路地裏ではなく。

悪名高き迷宮、魔王宮だった。

「なにをやってるんだ!
メアさま!
ザック!」
「だから、俺は虚言癖があってだな。」
「虚言癖で転移魔法が使えるかって!」

「あら」
と、足を踏み出そうとしたメアが振り向いた。
「それってけっこう、似てるのよ?
世界を騙そうとするのが、転移魔法だから。」

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