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本編

13. 短命種

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 翌日すぐに、レイナルドはメリュディーナから贈られた真珠を宝飾店に持ち込んで指輪にして欲しいと依頼をした。
 出来ればで良いんだけど死ぬ気で急いで、などと滅茶苦茶な事を言ったレイナルドに、店主は気合の当日仕上げでと微笑んだ。

 本当は今日もこのまま一緒に過ごしたいけど、随分と前から父親について出掛ける予定が入っていると言うので、メリュディーナはそれなら私は叔母さんのお店に寄って行くわと、二人はカーラの店の前で別れた。
 夜には戻るから出来ればコテージに居てくれると嬉しいと、メリュディーナにたくさんたくさんキスをして、ものすごく嫌々帰って行くレイナルドの後ろ姿を見送っていると、カラランとドアチャイムが鳴ってカーラの店のドアが開いた。

「――まったく、人の店の前でやめてちょうだい」

 苦笑を零して顔を覗かせたカーラに、メリュディーナはごめんなさいと首をすくめた。


「思ったより早かったわね」
「? 何が?」
「メリュディーナがレイナルド様に落とされるまでが」

 出されたお茶を口に含んだところだったメリュディーナは、人生で初めてむせるという経験をした。

「お、落とされるって……」
「あら、違うの? 人の店の前であんなに熱烈な抱擁をしておいて、まさかまだ付き合ってません、なんて事はないでしょう?」

 ニヤニヤと笑っているカーラに、メリュディーナはそうなんだけど……とお茶を飲み直す。

「お付き合いを決めた切っ掛けは? レイナルド様から何て言われたの?」

 興味津々と言った様子で身を乗り出して来たカーラに、メリュディーナはうーんと首を傾げる。

「それが、よく分からなくて……」
「分からない?」
「あの……この間レイからこの指輪を貰ったの。この真珠、レイの瞳の色と似てるでしょう? だからレイにもお返しに何かあげたくなって。でも私はお金なんて持ってないから、海で探したの。私の瞳の色と似てそうな真珠」
「…………あら、まぁ」
「それでアワビ貝さんからやっとやっと見つけてね? 昨日レイにあげたの。そしたらレイが、急に……その……好きって……つ、番いたいって……それで、その……」

 ごにょごにょと声が小さくなっていくメリュディーナに、カーラはなるほどねと頷く。

「メリュディーナに一つ、陸の人たちの習慣を教えてあげるわ」
「陸の人たちの、習慣?」
「そう。陸では結婚を約束した人たちはね、お互いの色のアクセサリーを贈り合うのよ。この人は私のものですよーって意味でね」

 カーラの言葉に、メリュディーナはきょとんとしてから、パッと頬を染めた。

「え……結婚の、約束?」
「そうよ。だから、レイナルド様からその指輪を贈られたという事は求婚されたのと一緒。それにメリュディーナの色を贈り返した、ということは――」
「そ、そんなつもりじゃ……なかった、んだけど……」
「まぁでも受け入れたのよね。おめでとう、かしら?」
「あ、ありがとう。……でもね、叔母さん……私、陸の人たちの交尾があんなに大変だなんて、思わなかったわ……」

 もじもじしながらそう呟いたメリュディーナに、カーラは微笑みを張り付けたまま「ん?」 と首を傾げた。

「だって、そういう事・・・・・になってから何時間も離して貰えなかったのよ……? 毎日あんなにしてて、陸の人たちはよく普通に生活できてるわね……」
「……何時間も?」

 ぽかんとカーラから見つめられて、メリュディーナはそうよ、と頷く。

「人魚族は陸の人たちよりも回復力が優れてるって言うでしょう? なのに今朝起きた時、私はまだダルかったのにレイは普通だったの。本当は回復力は陸の人たちの方が高いんじゃないかしら」
「……あー……うん。人に寄るわね、それは……。そう、レイナルド様って優しそうな顔してそんなに……」

 そうなの、へぇ……としばらくブツブツと呟いていたカーラが、ふと何かを思い出した様に顔を上げる。

「そういえば、陸の人たちの格言にね。『男はみんな獣』っていうのがあるの。ああ見えてレイナルド様も立派な獣だったって事ね」
「……レイは人族よ?」
「そうなんだけど、そうではなくてね。男は好きな女の子を前にすると、理性なんてどこかに飛んで行ってしまって、欲望に忠実になってしまうんですって。――だからメリュディーナも、嫌な時は嫌ってバシッと言わないと駄目かもしれないわね」
「バシッと……。が、がんばってみるわ……」

 握り拳を作ってそう言ったメリュディーナに、カーラはきっとこれは駄目ねと思いながら、がんばってと微笑んだ。


 カーラの店を後にしたメリュディーナは、レイナルドが戻って来るまでまだ時間があるからと一度海へ帰る事にした。
 昨日の調子ではあまり海には帰れなくなるかもしれないから、レイナルドが買ってくれた物なんかをコテージの方に持って行ってしまおうと思ったからだ。
 海の寝床であれとこれと……とコテージへ持って行く物を選んでいたところで「あ、居た!」と大きな声が響いた。
 振り返ってみると、そこには頬を膨らませている親友のミシュリエーヌの姿があった。

「ミシュリエーヌ!」

 久しぶり、と顔を綻ばせたメリュディーナに、ミシュリエーヌは本当にね、と頬を膨らませる。
 
「メリュディーナったら最近ちっとも居ないんだもの。ねぇ、あんたが陸に通ってるって噂を聞いたけど、本当?」
「うん、そうなの……あの、それでね。これからは留守も多くなると思うから、会いたい時は呼んでくれた方が良いと思うわ」
「へーぇ、陸嫌いのあんたがねぇ……」

 ミシュリエーヌが驚いたような顔をして、そしてニヤリと笑う。

「なぁに? 男?」
「う……っ」
「男なのね⁉ あののんびり屋のメリュディーナが!」

 明日は大嵐ね! と言われて、メリュディーナはそんなに? と首を傾げる。

「陸の男かぁ。ねぇ、種族は? どんな人?」
「え、と。人族の……優しい人、よ」
「人族? やだ、短命種じゃない。それだと長くても四十年ってところね」
「――――え?」
「相手の男が何歳か知らないけど、人族はせいぜい六十年くらいしか生きないんだから、あと三十年とか四十年で死んでしまうわけでしょ? まぁそれくらいなら、私のメリュディーナをその男に貸してあげても良いわね」

 その男が死んだらちゃんと海に戻って来てね! などと言っているミシュリエーヌの言葉がメリュディーナを通り抜けていく。

「よん、じゅうねん……?」

 メリュディーナは呆然として、そして胸で揺れている時計を震える手で握りしめた。


。o○o。.:*:.。o○o。

「メル?」

 空に月が輝く頃になってやっとコテージにやって来られたレイナルドは、真っ暗な室内にやっぱり海に帰っちゃったかなと落胆する。
 けれど月の光が射し込むダイニングのソファにうずくまっているメリュディーナを見つけて笑みを浮かべた。

「灯りを点ければ良いのに。今日はずっとカーラさんのところに居たのかい? あぁ、そうだ。指輪が本当に出来上がって来てね――」
「レイ……」

 指輪を見せようとメリュディーナの隣に腰かけたレイナルドは、のろのろと顔を上げたメリュディーナを見て目を瞠る。

「メル? 一体どうしたんだい? 何かあった?」

 メリュディーナは泣いていた。
 一体どのくらいの時間泣いていたのかと思うくらいに、頬をぐっしょりと濡らしている。
 そのせいかすっかりと冷たくなっているメリュディーナの頬を包み込んで、いまだ零れ続けている涙を親指で拭う。

「レイ、レイ……」

 ぽろぽろと涙を零しながら抱きつかれて、レイナルドはその華奢な身体を抱き締める。

「メル、何があったのか、聞いても良い?」

 ゆっくりと珊瑚色と水色の髪を撫でると、メリュディーナはぎゅうっと腕に力を込める。

「死んじゃ、いやなの……置いて行かないで……っ」
「……いや、僕は元気だから、死んだりしないよ?」
「今じゃなくて……人族は、六十年くらいしか生きられないんでしょう?」

 顔を上げたメリュディーナの、翠色の瞳からまた涙が零れ落ちる。
 レイナルドは、あぁ、と溜め息のような声を漏らした。

「――そうだね。僕とメルとでは、どうしたって僕の方が先に命を終えてしまう」
「それが、嫌なの……レイが居なくなった後、私はどうすれば良いの? きっともう、一人になんて戻れないわ」
「一人になんてさせない。僕ではないけど、メルと一緒にいてくれる人は増えるよ。僕とメルの子供をたくさん作ろう。賑やかな家になれば――」
「でも、こんな風に抱き締めては貰えないわ。き、昨日みたいな事だって……レイとじゃないと、嫌だもの……だから……だからね、レイ」

 メリュディーナがどこか不安そうな色を浮かべてレイナルドを見上げる。

「私の命を、貰って欲しいの」



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メリュディーナがアワビ貝から見つけた真珠は、魔法を使って傷付ける事なく取り出させて貰いました。
ちなみにニクス(カーラの旦那さん)もそうやって真珠をゲットしています。
魔法って便利ですね!(^^)
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