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24話 老いらくの恋は不幸を生み出した。
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カミッラ様は私の足先から頭までじっくりと値踏みするかのように眺める。
「セラノ……。ルーゴ伯爵家の者なのね。こんな娘さんがいたなんてね」
おそらく私の容姿のことを言っているのだろう。
金髪赤毛で知られるルーゴの特徴が一切ない容姿はある意味異様だ。
「私は庶子なのです。これまで人前に出る機会もありませんでした」
「……そう。それじゃあ見かけないはずね」
私から顔を背けるとカミッラ様は優雅に扇子を広げゆるゆると自らを扇ぐ。
突如、沈黙が訪れた。
王太后もレオンも口を開こうともしなかった。
扇子でそよぐ音だけが東屋に響く。
しばらくしてカミッラ様は、「あら。お茶が冷めてしまったわね。入れ替えてちょうだい」と侍女に指示し、扇子を閉じ机に置いた。
「フェリシアだったかしら。時間を無駄にしたくないの。単刀直入に聞くわ。あなたは私に何をさせたいの?」
社交界では忌避されるべきストレートな口ぶりだ。淑女にあるまじき姿に驚かされる。
(レオンを使っての面会要請だもん。下心があるということは分かりきったことよね)
むしろ好都合かもしれない。
私は緊張を振り切るように笑顔を作る。
「私は王太后殿下に後見をしていただきたく思っております」
「なぜ私に? 後見はルーゴに頼めば良いでしょう?」
確かに身内に頼むのが正規ルートだろう。
でも。
「ルーゴは私を認めてくれませんでした」
カミッラ様はため息をつく。
「それで私のところにきたのね。でもね、あなたは若い娘さんよ。どうしてそんなに権力が欲しいのかしら。レオンと結婚するためなら必要ないわ。貴賤結婚はよろしくないけれど、マッサーナが決めたことに面と向かって批判できる人なんてこの国にはいないでしょうからね」
とても穏やかだが一切の熱がない声色だ。
これは歓迎とは程遠い。むしろ拒絶だ。
(胸を開かないとダメなのかも。カミッラ様に嘘はつけないわ)
誤魔化しても見破られるだろうということを私は直感していた。
王太后殿下は引退したとはいえ、長く外交や社交の最前線にいた方だ。聡明で、そして老獪なのだ。
(隠さずに明かした方がいいかもしれない)
実直であることを評価するタイプであることを祈ろう。
「仰る通り、子爵と結婚するために足元を堅固にしたいという気持ちもあります。ですが、目的は別です。私はウェステ伯爵家をヨレンテに取り戻すための力が欲しいのです」
今、ウェステ伯爵家は他人の手に落ちようとしている。
マンティーノスと財産は守らなければならない。そのために貴族としての地位と強力な後ろ盾が必要だ。
「……あなたはヨレンテ当主の落とし胤だし、家督を要求する権利もあるのでしょうね。気持ちはわかるけれど、あなたにその能力があるのかしらね」
湯気のあがる茶碗にカミッラ様はゆっくりとミルクを注いだ。
ミルクは渦を巻きながら琥珀色の液体と同化していく。
「あなたは知らないだろうけど」と前置いて、カミッラ様は独り言のように語り始めた。
「先代のウェステ女伯爵は実の子のように可愛がっていた娘でね。残念なことに早くに亡くなってしまったの。跡を継いだセナイダの娘も死んでしまったし、血は途絶えてしまったと思っていたけれど、先々代の不始末によって血脈は残されていただなんてね。……皮肉よね」
「殿下、もしかして私のことはご存知でいらっしゃるのですか?」
「噂に聞いていただけよ。でも信じないようにしていたの。私の大切な親友は夫の不貞に悩まされていたから。老境に入ってこんなことになるなんてって彼女は笑っていたのだけど……不憫でならなかった」
(お祖母様はご存知だったのね。まぁ夫の老いらくの恋に妻が気づかないはずはないか)
フェリシアに罪はないと思いつつも、祖母の心情も理解できるだけに胸が痛い。
ヨレンテは子が少ない家系だ。どんなに望んでも一人か二人しか生まれない。
健康で生まれても大人になるまでに死んでしまう子も少なくない世の中。少子であることは致命的だ。
それなのにたった一人の娘を必死に育て無事に成人したところで夫が他所で、しかも配偶者のある伯爵夫人と関係し婚外子を作る。
さぞ複雑で悲痛だったことだろう。
「あなたの今の姿を見ることがなかったことだけが救いね。一瞬、セナイダが現れたのかと思ったわ。娘時代のあの子そのものよ」
『とても不快だ』とカミッラ様の瞳が私を刺す。
(可愛がっていた親友の一人娘にそっくりな人間が突然現れて自分の味方になれとか不躾極まりないことよね)
危惧していた悪い方に転がったのか。
お母様のコーディネート作戦は失敗だったかもしれない。
だからといってここで負けるわけにはいかない。
私は息を整えると、机の下で拳を力を込めて握る。
「王太后殿下。お人払いをお願いいたします。恐れながら殿下にだけお伝えしたいことがございます」
「セラノ……。ルーゴ伯爵家の者なのね。こんな娘さんがいたなんてね」
おそらく私の容姿のことを言っているのだろう。
金髪赤毛で知られるルーゴの特徴が一切ない容姿はある意味異様だ。
「私は庶子なのです。これまで人前に出る機会もありませんでした」
「……そう。それじゃあ見かけないはずね」
私から顔を背けるとカミッラ様は優雅に扇子を広げゆるゆると自らを扇ぐ。
突如、沈黙が訪れた。
王太后もレオンも口を開こうともしなかった。
扇子でそよぐ音だけが東屋に響く。
しばらくしてカミッラ様は、「あら。お茶が冷めてしまったわね。入れ替えてちょうだい」と侍女に指示し、扇子を閉じ机に置いた。
「フェリシアだったかしら。時間を無駄にしたくないの。単刀直入に聞くわ。あなたは私に何をさせたいの?」
社交界では忌避されるべきストレートな口ぶりだ。淑女にあるまじき姿に驚かされる。
(レオンを使っての面会要請だもん。下心があるということは分かりきったことよね)
むしろ好都合かもしれない。
私は緊張を振り切るように笑顔を作る。
「私は王太后殿下に後見をしていただきたく思っております」
「なぜ私に? 後見はルーゴに頼めば良いでしょう?」
確かに身内に頼むのが正規ルートだろう。
でも。
「ルーゴは私を認めてくれませんでした」
カミッラ様はため息をつく。
「それで私のところにきたのね。でもね、あなたは若い娘さんよ。どうしてそんなに権力が欲しいのかしら。レオンと結婚するためなら必要ないわ。貴賤結婚はよろしくないけれど、マッサーナが決めたことに面と向かって批判できる人なんてこの国にはいないでしょうからね」
とても穏やかだが一切の熱がない声色だ。
これは歓迎とは程遠い。むしろ拒絶だ。
(胸を開かないとダメなのかも。カミッラ様に嘘はつけないわ)
誤魔化しても見破られるだろうということを私は直感していた。
王太后殿下は引退したとはいえ、長く外交や社交の最前線にいた方だ。聡明で、そして老獪なのだ。
(隠さずに明かした方がいいかもしれない)
実直であることを評価するタイプであることを祈ろう。
「仰る通り、子爵と結婚するために足元を堅固にしたいという気持ちもあります。ですが、目的は別です。私はウェステ伯爵家をヨレンテに取り戻すための力が欲しいのです」
今、ウェステ伯爵家は他人の手に落ちようとしている。
マンティーノスと財産は守らなければならない。そのために貴族としての地位と強力な後ろ盾が必要だ。
「……あなたはヨレンテ当主の落とし胤だし、家督を要求する権利もあるのでしょうね。気持ちはわかるけれど、あなたにその能力があるのかしらね」
湯気のあがる茶碗にカミッラ様はゆっくりとミルクを注いだ。
ミルクは渦を巻きながら琥珀色の液体と同化していく。
「あなたは知らないだろうけど」と前置いて、カミッラ様は独り言のように語り始めた。
「先代のウェステ女伯爵は実の子のように可愛がっていた娘でね。残念なことに早くに亡くなってしまったの。跡を継いだセナイダの娘も死んでしまったし、血は途絶えてしまったと思っていたけれど、先々代の不始末によって血脈は残されていただなんてね。……皮肉よね」
「殿下、もしかして私のことはご存知でいらっしゃるのですか?」
「噂に聞いていただけよ。でも信じないようにしていたの。私の大切な親友は夫の不貞に悩まされていたから。老境に入ってこんなことになるなんてって彼女は笑っていたのだけど……不憫でならなかった」
(お祖母様はご存知だったのね。まぁ夫の老いらくの恋に妻が気づかないはずはないか)
フェリシアに罪はないと思いつつも、祖母の心情も理解できるだけに胸が痛い。
ヨレンテは子が少ない家系だ。どんなに望んでも一人か二人しか生まれない。
健康で生まれても大人になるまでに死んでしまう子も少なくない世の中。少子であることは致命的だ。
それなのにたった一人の娘を必死に育て無事に成人したところで夫が他所で、しかも配偶者のある伯爵夫人と関係し婚外子を作る。
さぞ複雑で悲痛だったことだろう。
「あなたの今の姿を見ることがなかったことだけが救いね。一瞬、セナイダが現れたのかと思ったわ。娘時代のあの子そのものよ」
『とても不快だ』とカミッラ様の瞳が私を刺す。
(可愛がっていた親友の一人娘にそっくりな人間が突然現れて自分の味方になれとか不躾極まりないことよね)
危惧していた悪い方に転がったのか。
お母様のコーディネート作戦は失敗だったかもしれない。
だからといってここで負けるわけにはいかない。
私は息を整えると、机の下で拳を力を込めて握る。
「王太后殿下。お人払いをお願いいたします。恐れながら殿下にだけお伝えしたいことがございます」
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