八百万町妖奇譚【完結】

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重い扉

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 旺仁郎は千隼の従者に腕を掴まれ引き摺られらようにされながら、八百万町の町を進んだ。
 玄田家の次期当主の姿をみると民衆はざわめき、誰もがその道を開けた。
 そして、その後に捕らえられたかのような旺仁郎を見つけると「ああやはり……」という声がそこかしこから聞こえている。
 町を抜けてやがて人気のない道に差し掛かる。千隼は八百万町の奥の奥へと進んでいく。その場所を旺仁郎は遠くからしか見たことがない。しかし、この街に来た時からずっとその存在は視界にあった。
 町の奥の丘の上、見下ろすように木々に囲まれて佇んだ神御前の館である。長い長いこの階段を登れば、その姿が眼前に広がるであろう。

「千隼様、本当に行かれるんですか」

 旺仁郎の腕を掴んだ従者が、階段に足をかける直前でその動きを止めた。
 すでに数段を登り初めていた千隼はその位置から振り返り、従者と旺仁郎を見下ろした。他の従者は宗鷹を取り押さえていたので、ここにいる従者は旺仁郎の手を掴むこの人物ただ一人である。

「本当にいくけど。なんだよ、怖いのか?」

 千隼は表情を歪め、その従者を睨みつけている。彼は額の汗を拭い、ほんの数センチ後ずさった。

「もういい。お前はここにいろ」

 告げると千隼は旺仁郎のその手を従者から奪い、自らから引きずるように階段を登った。従者は背後から千隼の名を呼ぶが追ってくるつもりは無いようだ。
 なぜ従者がそんなに怯えるのか、旺仁郎にはわからなかった。
 神御前の館には神がいて、この町はその神を守るために異能者たちが集まっている。ただしそれはたんなる言い伝えで、中身はただ空っぽのお飾り御殿だと以前大成に教えられた。
 千隼に手を引かれたまま、旺仁郎は階段を上り切る。遠くに見ていた神御前の館がそこにあった。
 書院造を思わせる裾の反った三角屋根を携えて、妻には鈍く光る金の装飾が施されている。その下に構える館の入り口は、大きく堅牢でその開閉を固く拒むようであった。
 広く伸びた館の壁は、木々に阻まれその先が見えず、まるで果てが無いかのようだ。
 足元の砂を踏んで千隼が一歩を進めると、強く冷たい風が旺仁郎と千隼の髪を揺らした。そしてその後翼のはためく音がして、鷹が眼前に降り立った。鷹はその鋭い瞳を千隼に向けて、いつでも飛べると言いたげに頭を低く構えている。

「どけよ、宗鷹。どうせ、お前は俺を傷つけることなんてできない」

 はったりではなく千隼は確信していた。その証拠にいくら鋭く睨みつけられようと、何のこともないと言うように旺仁郎の手を引いたままその足を進めている。
 宗鷹の脇をすり抜けると、その手を硬く閉ざした門扉に添えた。
 八百万町の門を開くのは玄田の血筋だけと聞いたが、この扉もそうなのかもしれないと旺仁郎は思った。なぜなら扉に手をかけた千隼の姿が、この町に初めて訪れた時に扉を開けた宗鷹の姿と重なったからである。
 ギイと重苦しい音を立てて、開くはずないと思われた扉が開く。その隙間から風が抜けた途端、中から鐘楼の鐘の音が漏れ出した。思わず耳を塞ぎたくなるほどの音に、旺仁郎は自由のきく左手だけを耳に添え、反対の耳は肩に押し付けるように首をすくめた。
 そしてその溢れた音と共鳴するかのように、町の中心にある鐘楼が揺れ動きその音を響かせた。
 通れるほどに扉を開いたところで、千隼がぐいと旺仁郎の手を引いた。隙間から押し込むように旺仁郎の体を入れ込むと、後は乱暴にその背を蹴った。旺仁郎はバランスを崩し、扉の中へ倒れ込む。中は暗くて何も見えない。ただ奥から鐘楼の音が鳴り続けている。

「旺仁郎!」

 宗鷹が呼ぶ声がして振り返ったが、それと同時に眼前を何かが掠めた。
 それは一つではなく複数だ。姿を捉えることはできなかったが、まるで扉が閉まる前にと急ぎ、風のように滑り外に飛び出していく。
 今度は扉の外から短い呻き声が聞こえ、直後にギイと扉が閉まる。
 旺仁郎は駆け寄るが暗闇で何も見えない。その辺りを手で探ってみるのだが、確かにそこにあったはずの扉の感触を捉えることができなかった。
 ただただ暗く何も見えない。
 その暗闇の中で旺仁郎は耳を劈く鐘楼の音に頭をかかえ、蹲るしかないのであった。





八百万町妖奇譚
ー重い扉ー
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