転生しました、脳筋聖女です

香月航

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19章-02

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「兵器、か。なるほど、確かにそうだね」

 あえてわかりやすい言葉で示した私に、サイファは納得したように何度も頷いてみせる。
 一方で、私の仲間たちは皆少なからず動揺しているようだ。……わかりやすい例えだと思ったんだけど、ちょっと過激だったかもしれないわね。

「それで? 兵器のわたしを手に入れた君は、何が望みなんだい? 魔物の大群を引き連れて、王位簒奪さんだつでも狙ってみる?」

「ッ、アンジェラ殿!」

「いらないわよ、そんなの。平民が急に王位なんて手に入れて、何ができるっていうの?」

 続けて、ニヤリと意地悪く笑ったサイファに王子様が慌てて声を上げた。そりゃまあ、王家が動かせるお金は魅力的だけど、権力はいらないわよ。小娘に政治なんてわかるわけないじゃない。
 即座に否定した私に、王子様はホッと安堵の息を吐いている。……私って意外と信用ないのかしらね。

「違うのかい? では、他国に侵略にでも行きたいのかな?」

「行かない。なんでそういう物騒な発想になるの?」

「君が兵器と呼んだからね」

「わかりやすい言葉を使っただけなんだけど」

 やっぱりサイファは、穏やかな顔立ちをしていてもラスボスには変わりないのね。軽々しく簒奪だの侵略だのって、物騒すぎるわよ。
 ――そもそも、そんなことをさせるつもりもない癖に。

「……仮に私がそれを望んだとしても、貴方は叶えないでしょう【無垢なる王】。私も、万全の状態の貴方を御せるなんて自惚うぬぼれてはいないわ」

「おや、さすがだね。君がそのようにわたしを使おうと望むなら、殺すつもりだったよ」

 指摘した私に、サイファは白金の瞳をゆらりと輝かせる。
 ……今こうして会話ができているのは、彼が弱っているからだ。私が手に入れたものは、非常にわずかな時間の生殺与奪よだつ権。
 しかも、トドメを刺さないと決めている以上、【無垢なる王】はいずれ必ず回復する。そうなったら私が一人でどうにかできる相手ではない。
 つまり、彼を従えるようなことは、最初から無理なのよね。

「それでも、貴方は私の頼みを聞いてくれると思っているわよ。きっと力を取り戻した後でもね」

「ずいぶん自信があるんだね」

 ハッキリと口にすれば、彼はますます笑みを深めながらスッと長い指を差し出した。
 ……おっと、もう腕が再生できたのか。人間っぽい外見だけど、何でできているのかつくづく謎な存在だわ。聖女が操るコールタールっぽい攻撃も材料不明だし、謎カップルね。

「いいよ、少なくとも今のわたしは君に命を握られている。内容が多少アレでも、協力しようじゃないか。兵器に何をお望みなのかな?」

「ただ、今の貴方のままであって欲しいだけよ。――事が起こった時の最終兵器として」

 私の答えに、サイファはもちろん、仲間たちも目を見開いて驚いた。
 『兵器』というのは、破壊するための装置のことだけど……別に必ず使わなくてはならないわけではない。凶悪な性能だとすでにわかっているならば、〝ただそこにある〟だけで充分な意味を持つのよ。地球で言うなら、核兵器がそれね。
 頭の良い組は気付いていると思ってたんだけど、意外と気付かないものね。

「……なるほど。人間同士のいさかいに対する抑止力、ということかな?」

「その通り」

 言われたサイファのほうは、すぐに気付いたみたいだ。この男は意外と頭の回転が速いのね。その脳が何でできているのか謎だけど。

「……ちょっと待てアンジェラ。確かに、魔物の存在が人間同士の争いを抑止してきたのは明白だ。だが、その機構が世界から消せないものであるのなら、そいつの人格があってもなくても変わらないのではないか?」

 そんな私たちに待ったをかけたのは、意外にもノアだった。
 まあ実際、サイファがいてもいなくても魔物は抑止力にはなるわ。けど、どっちが良いかって言われたら、サイファがいたほうが便利なんだなこれが。

「サイファじゃない【無垢なる王】だと、魔物を発生させる場所は完全にランダムなんでしょう?」

「そのように作られているね。魔物は全世界に平等に配置される」

「それだと世界じゅうで常に魔物を警戒していなければならないし、強い魔物が出現すれば罪なき無関係の人々に被害が及ぶわ」

 恐らくそれが、神様のいう完全な平等なのだろうけど。私としては、そこに異を唱えたい。

「サイファという自分で考えられる指揮官がいれば、悪いことを企んだ人間のもとにだけ、狙って強い魔物を送り込めるわ。被害は最小限で済む」

「……なるほどな」

 「兵器の次は指揮官かい?」とサイファは笑っているけど、まあそういうことだ。必殺の一撃を操作できるというのは大変便利。
 ……もっとも、武力を魔物対策に使わせるという意味では、平等分配されたほうがいいのだろうけどね。
 住人の良し悪しに関わらずいつ危険がくるかわからないから、人間同士の戦争のために力を割く余裕はなくなる。
 ただなんというか、個人的には〝割きすぎ〟だと思うのよね、そのやり方。非効率とも言える。

「わたしとしても歓迎するけれど……君の提案だと、わたしの判断能力を信頼していることが前提条件だね。それでいいのかい? わたしは自分が気に入らないものを選別して、魔物を送り込むかもしれないよ?」

「だから、〝今のあなたのままで〟と言ったでしょう? あなたの傍には、良心の基準としては甘すぎるぐらいの聖女様がいるからね」

「ああ、確かに」

 私とサイファが視線を向ければ、聖女は可愛らしい顔を困ったように歪めた。
 何せ体を奪いとった私を泳がせ、かつての部隊と決裂する大半の理由であるクロヴィスに対してさえも〝嫌がらせ〟で済ませた人だもの。正直、かなり甘すぎる。
 ……そんな聖女でも、戦争を企てる人間を生かしておくことが危険だというのはわかるだろう。殺せるか否かについてなら、元々魔物であるサイファは躊躇わないだろうしね。

「ふむふむ……君が自信を持って提案したのも納得だよ。わたしにとっても利点しかない」

「でしょう? 貴方を殺さないほうが、人間にとっては便利なのよ」

「便利。魔物の創造主を便利扱い。いいね、その割り切り方」 

 いつの間にか復活した腕で聖女を抱き寄せたサイファは、満足そうに何度も頷いている。こういう仕草はジュードに似ているけど、聖女はもしかして彼を参考に教え込んだのかしら? それとも、恋愛感情を得たサイファが自身で会得したものなのか……後者かな。

 ちらりと仲間たちを窺ってみても、今のところ私の提案に異議を訴える人はいないみたいだ。様子見をしているだけかもしれないけど……

(それなら、便利ポイントをもう一つ話してしまおうか)

 これは平等配置をなくせるからこその提案でもある。もし受け入れてもらえたら、世界じゅうの大半の場所が平和になるはずだ。

「エルドレッド殿下、実は貴方にもご協力いただきたいことがありまして」

「ん、なんだい? 魔物で国家転覆以外ならできる限り協力するよ」

「では、強い魔物を処理するための〝実験場〟をどこかに設けられませんかね?」
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