【本編完結】結婚の条件

里見知美

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学園編

ザックの思惑

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「いやあ、面白いなあ」

 ザックは訓練後のシャワーを浴びながら独り言を言う。鼻歌でも歌いたくなるほど気分がいい。

 ザックはブリンガー子爵家の嫡男で、両親とも商家の出だった。祖父母の岩塩の商売と母方の織物の機器の開発があたり、2代で子爵まで登り詰めたいわゆる新興貴族だった。勉強熱心で真面目、と言うのが表向きの顔だが、自家の昇格のためなら多少腹黒いことも平気でできる性格だ。自分の中では、トップ入学を考えていたのだが、上には上がいた。少し意外で、誰が首席だったのかと蓋を開けてみて驚いた。聞いたこともない伯爵家の令嬢だ。

 女に負けた。

 悔しい、と少しは思ったかもしれないが、それ以上に驚きの方が強く興味が湧いた。

 家に帰って家族に聞いてみたところ、祖父母がヴィトン家をよく知っていた。とても働き者で、真面目な人たちだと言った。しかも現当主は元は騎士団長で人望の厚い男だったらしい。熱血感なのかと思いきや、そう言うわけでもなく男女同権を声にし、女性騎士にも平等に対応するその当時でいう先進的な考え方をする人だったという。

 だが、今は和平条約を結んだ西の国との諍いで、当時の副団長が西に寝返り、騎士団を分割させる事件が起こった。西の国は男女平等を訴え実力主義国家だったが、同時に軍事国家でもあった。その考えに同調した副団長がこの国の在り方に疑問を持ち、反旗を翻そうと企てたのを止めたのだという。だが、当時まだ西の考え方は先進的すぎて、この国には受け入れがたかったのだ、と目を伏せた。

「あのまま寝返っていたら、この国は西の国の軍事に呑まれていただろうし、そうなれば多くの平民が命を落としただろう。貴族たちだって、おそらくただでは済まなかっただろうが、彼が止めなかったら、わしらも商売なんか続けられなかっただろうな。今頃は兵隊だろうよ」

 副隊長だった男は斬首刑になり、第一騎士団は解体された。その後、勲章と叙爵を固辞した騎士団長は、責任をとって騎士団を退き、ヴィトン伯爵家の長女と婚姻を結んだ。つまり婿入りしたということだ。

「普通に考えれば屈辱的な婚姻だったろうが、あの方は違った。文武両道というのかな、実に柔らかな考え方をするお方だった」

 結婚後は仲睦まじく、奥方をたて伯爵家を盛り上げ、農産物で特産を作るまでになった。だけどあの大規模な旱魃で大方の土地がダメになってしまい、それ以来なかなか立ち直れないでいるのだと。最近は社交にも出なくなり、おそらく領地に引きこもっておられるのだろうなあ、と祖父はしみじみと言った。

 それで、平民に与えられた権限でもある特待生なんてものにまで手を出したわけだ。だとすれば、伯爵家を補助することを条件にすれば、婚約にも割と簡単に落ちるだろう。我が家は伯爵家と繋がりができるし、聞くところによれば人望のある家だ、我が家の発展にも役に立つに違いない。

 生徒会への勧誘へ断りを入れなければよかった、とチラリと思いもしたがその後、次席からトップ5の生徒が学園長に呼び出され、入学式当日の事件について聞き、そして提案をされた。

「アンナルチア・ヴィトン伯爵令嬢を生徒会の権限の範囲内で守れるか」と。

 その四人にはもちろん特別報酬もある。金ではなく、紹介状というものだが。影の生徒会役員として学園に貢献した名目で、仕事先や婚姻時に有利になるものだ。各学年にもそう言った影の生徒会役員がいて影から生徒会を持ち上げているのだという。学年が上がれば、もちろん役員として表に出ることもできる。ただし、トップ10の座から脱落した場合、泡となって消える。

 陰の生徒会の役は、オモテの生徒会よりも楽だった。他の生徒からのやっかみはないし、生徒会役員の権限は利用できるスパイのようなものだ。まあ、悪用はできないが。

 そんなわけで僕はアニーに近づいた。

 彼女がスカーレットさんやグレイスさんとキャッキャしているのをみていると、普通の13歳の女の子にしか見えない。それが、勉強となると途端に真剣な目になって一言すら漏らさないとばかりに、ものすごい集中力を発揮していた。

 そして生徒会役員という顔になると、途端に貴族令嬢の顔になる。ツンと澄まして歯を見せず笑い、時折ゾクっとするほど冷たい視線を見せ、三段論法を使って畳み掛けてくるから面白いったらない。敵と味方を見極める目が既にできているのだ。

 可哀想なトマスは完全ゴミを見るような目で見られている。まさか彼が恋慕をしてるなんて思いもしないのだろうな。まあ確かに彼のような子供っぽい子息では彼女の相手は務まるわけもないが。

 もう一人の陰の生徒会役員は、ブライアン・ブラウンという普段から影が薄い伯爵子息だけど、とてもいい仕事をする。時折嫌がらせのために教室にこっそり入り込み、アニーの机を探す子息令嬢を気配を消して見つめている。あいつ、隠密の仕事とか既にしてるんじゃないかと思うほどだ。椅子に画鋲を置いたり、机に動物の死骸を入れたり、危険物を入れたときに彼は動くが全部を取り払うわけではない。アニー本人にも気づかせるだけのものを残しておく。危機感のない令嬢を守るのはより難しくなるからだと僕は思う。

 ともかくそのおかげでアニーは自分が狙われていることを自覚し、一人の時は四方八方に気を向けているのだ。殺気を向けられるとすぐに反応し、ふと自分の腿を触るところを見ると、もしかしたら仕込みナイフとか身につけているんじゃないかと疑うほどだ。スカートを捲り上げてナイフを取り出すところが見れたらいいな、と思ったりもするが、今のところそんな場面には出くわしたことはない。学園に刃物を携帯してるとあっては問題があるかもしれないな。

 そうだ、それで僕はしばらくして婚約の申し込みをした。クリームパフェの上にイチゴを乗せたようなヴィトン家にとっておいしい話を盛り込んで。結果は玉砕だった。

「我が家は私の犠牲の上に成り立つことをよしとしません。ザック君の申し出は嬉しいけれど、今は勉強のことでいっぱいだからごめんなさい」

 ちぇ。いけると思ったんだけどな。まあまだ時間はあるし、彼女のような頭の良い女を好くような男はそうそういないだろうし、なんて思っていたのが数ヶ月前で。

 僕の浅はかな考えが甘かったのはいうまでもなく、なんだかんだと毎月のように呼び出され告白されている彼女を見る羽目になった。そしてその最難関になったのが、副会長だ。





 彼を蹴落とすには、この噂を使わない手はない。




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