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3.社長の視線に動けない
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自分のデスクに戻っても、心臓の鼓動はまったく落ち着かなかった。
「藤堂、大丈夫? 顔、真っ赤だぞ」
隣の先輩が、そっと覗き込むように声をかけてくる。
「あ、はい……ちょっと暑くて」
苦しい言い訳に、先輩は「そうか?」と首を傾げたが、すぐに仕事へ戻った。
俺はモニターを見つめたまま、さっきの出来事を何度も反芻する。
昨日、俺は本当に社長にキスをしたのか。
しかも、『抱いてください』なんて言ったのか。
ありえない。絶対にありえない。
けど、あの真剣な目。
黒崎社長が冗談を言っているようには、どうしても思えなかった。
「……はぁ」
思わずため息が漏れる。
集中しないと。新入社員のくせに、こんなことで頭をいっぱいにしてどうする。
気持ちを切り替えようと、書類整理に手を伸ばす。
──昼休み。
社員食堂で同期の二人と並んでランチを食べていると、中村が身を乗り出してきた。
「なぁ、藤堂。今朝、社長室行ったってマジ?」
「え、あ……うん。配属の話かな、と思って」
「いいなぁ。俺なんてまだ社長の姿すら遠目でしか見てないよ」
「黒崎社長、写真より実物の方がかっこいいよな」
もう一人の山下も目を輝かせる。
「雑誌でも特集されてるし、三十であの会社規模ってバケモンだよな」
「それで独身ってんだから」
「お前、狙ってんの?」
「冗談だよ。でもあれは惚れるわー」
笑いながら盛り上がる同期たち。
俺はその会話を聞きつつ、胸がざわついて仕方ない。
だって、思い出すのは――
耳元で落とされた、あの低い声。
――お前、可愛いな。
「藤堂? 大丈夫か? ずっと黙ってるぞ」
「あ、ごめん。ちょっと……ぼーっとしてて」
「疲れてんだろ、新人研修もハードだしな」
曖昧に笑い、慌ててカレーを口に運ぶ。
──午後。
資料のコピーを取ろうと印刷室に入ったとき、背後から名前を呼ばれた。
「藤堂」
振り返ると、そこには黒崎社長。
「しゃ、社長……!」
俺は反射的に背筋を伸ばした。
「こんなところで会うなんて、偶然だね」
微笑む社長が近づいてくる。狭い印刷室で、距離が妙に近い。
「あの、資料のコピーを……」
「ああ、邪魔しないよ。俺も資料取りに来ただけだから」
社長は俺の横を通り過ぎ、棚から資料を取り出した。
その時、社長の腕が肩に触れた。
「っ……」
身体が思わず反応する。
「ごめん。狭いね」
平然と言う社長の視線は、やはり俺を見ていた。
「大丈夫です……」
コピー機に向き直るが、背後の気配が濃すぎて、心臓が押し潰されそうだ。
「……あの」
「ん?」
「社長、何か……?」
「いや。お前がやってるの、見てただけだよ」
“見てただけ”って……。
「真面目なんだね、藤堂は。書類の揃え方も丁寧だ」
「そ、そうですか……」
コピーの終了音がやけに大きく響く。
立ち去る前、社長がそっと俺の耳に近づく。
「夕方、また来て」
低い声が落ちてくる。
「楽しみにしてる」
社長はそのまま部屋を出ていった。
取り残された俺は、コピー用紙を抱えたまま、動けなくなる。
「……やばい」
小さく呟くしかなかった。
本当に、これはやばい。
「藤堂、大丈夫? 顔、真っ赤だぞ」
隣の先輩が、そっと覗き込むように声をかけてくる。
「あ、はい……ちょっと暑くて」
苦しい言い訳に、先輩は「そうか?」と首を傾げたが、すぐに仕事へ戻った。
俺はモニターを見つめたまま、さっきの出来事を何度も反芻する。
昨日、俺は本当に社長にキスをしたのか。
しかも、『抱いてください』なんて言ったのか。
ありえない。絶対にありえない。
けど、あの真剣な目。
黒崎社長が冗談を言っているようには、どうしても思えなかった。
「……はぁ」
思わずため息が漏れる。
集中しないと。新入社員のくせに、こんなことで頭をいっぱいにしてどうする。
気持ちを切り替えようと、書類整理に手を伸ばす。
──昼休み。
社員食堂で同期の二人と並んでランチを食べていると、中村が身を乗り出してきた。
「なぁ、藤堂。今朝、社長室行ったってマジ?」
「え、あ……うん。配属の話かな、と思って」
「いいなぁ。俺なんてまだ社長の姿すら遠目でしか見てないよ」
「黒崎社長、写真より実物の方がかっこいいよな」
もう一人の山下も目を輝かせる。
「雑誌でも特集されてるし、三十であの会社規模ってバケモンだよな」
「それで独身ってんだから」
「お前、狙ってんの?」
「冗談だよ。でもあれは惚れるわー」
笑いながら盛り上がる同期たち。
俺はその会話を聞きつつ、胸がざわついて仕方ない。
だって、思い出すのは――
耳元で落とされた、あの低い声。
――お前、可愛いな。
「藤堂? 大丈夫か? ずっと黙ってるぞ」
「あ、ごめん。ちょっと……ぼーっとしてて」
「疲れてんだろ、新人研修もハードだしな」
曖昧に笑い、慌ててカレーを口に運ぶ。
──午後。
資料のコピーを取ろうと印刷室に入ったとき、背後から名前を呼ばれた。
「藤堂」
振り返ると、そこには黒崎社長。
「しゃ、社長……!」
俺は反射的に背筋を伸ばした。
「こんなところで会うなんて、偶然だね」
微笑む社長が近づいてくる。狭い印刷室で、距離が妙に近い。
「あの、資料のコピーを……」
「ああ、邪魔しないよ。俺も資料取りに来ただけだから」
社長は俺の横を通り過ぎ、棚から資料を取り出した。
その時、社長の腕が肩に触れた。
「っ……」
身体が思わず反応する。
「ごめん。狭いね」
平然と言う社長の視線は、やはり俺を見ていた。
「大丈夫です……」
コピー機に向き直るが、背後の気配が濃すぎて、心臓が押し潰されそうだ。
「……あの」
「ん?」
「社長、何か……?」
「いや。お前がやってるの、見てただけだよ」
“見てただけ”って……。
「真面目なんだね、藤堂は。書類の揃え方も丁寧だ」
「そ、そうですか……」
コピーの終了音がやけに大きく響く。
立ち去る前、社長がそっと俺の耳に近づく。
「夕方、また来て」
低い声が落ちてくる。
「楽しみにしてる」
社長はそのまま部屋を出ていった。
取り残された俺は、コピー用紙を抱えたまま、動けなくなる。
「……やばい」
小さく呟くしかなかった。
本当に、これはやばい。
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