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11.素直な気持ち
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翔は会議の資料を取りに一度戻ってきたが、俺に声をかける暇もなく、そのまま出ていった。
パソコンを開いたまま、画面だけを見ている。
……文字が一つも頭に入ってこない。
「やっぱり翔が好きだ」
男として。恋愛対象として。
この気持ちは、もう否定できない。
「でも……」
社長と部下。しかも、男同士。
こんな関係、許されるのか。
スマホが震えた。翔からのメッセージだった。
『会議、長引きそう。お昼は少し遅くなる。先に食べててもいいよ』
俺はすぐに返信する。
『分かりました。待ってます』
送信してから、また顔が熱くなった。
“待ってます”って。
……まるで、恋人みたいじゃないか。
*
午後一時過ぎ、翔がオフィスに戻ってきた。
「お疲れ様です」
俺は立ち上がって迎える。
「ごめん、待たせた。颯真、まだお昼食べてない?」
「はい……待ってたので」
「ありがとう」
翔は優しく笑った。
「じゃあ、今から行こう。簡単なもので良ければ、近くのカフェでもいい?」
「はい」
カフェは会社の近くにある、落ち着いた雰囲気の店だった。
窓際の席に座り、サンドイッチとコーヒーを注文する。
「翔……」
「うん?」
「俺……」
その時、カフェのドアが開いて、グループ客が入ってきた。
賑やかな声が店内に響く。
俺は口を閉じた。タイミングが悪い。
翔は少し残念そうな顔をしたが、すぐに微笑んだ。
「ここじゃ、落ち着かないね」
「すみません……」
「謝らなくていい」
翔はネクタイを少し緩めた。
その仕草が妙に色っぽくて、俺は思わず視線を逸らした。
オフィスに戻ると、翔はデスクいっぱいに資料を広げ、黙々と作業を始めた。
キーの打鍵音だけが静かな部屋に響いていた。
しばらくして、ふと顔を上げると、窓の外はすっかり夜の色に変わっていた。
机の端に置かれた時計を見て、はっとした。
――もう、午後七時を回ってる。
「颯真は帰っていいよ」
翔は視線を資料に落としたまま、静かに言った。
「俺は、もう少しかかりそうだから」
その横顔には、いつもの余裕がなかった。
「俺も、手伝います」
俺がそう告げた瞬間、翔の手が止まった。
「でも、これは俺の仕事だ」
「翔が困ってるなら、俺も一緒に考えたいです」
顔を上げた翔は驚いたような顔をして、それから笑った。
「……ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えようかな」
二人で資料を整理し始める。
翔が説明してくれる案件の内容は複雑で、取引先との調整が難航しているらしい。
「ここの数字、合わせるのが……」
眉間を押さえ、翔が小さく唸る。
俺は隣から資料を覗きこんだ。
「この部分、納期を一週間ずらして……ここを調整すれば、こっちに余裕ができます」
「――それだ」
顔を上げた翔の表情がぱっと明るくなる。
「颯真、助かった。本当にありがとう」
翔は嬉しそうに笑っていた。
時計が午後十時を指した頃、ようやく一段落ついた。
「ふう……」
翔は椅子に背を預けて、天井を仰いだ。
「颯真のおかげで、なんとか目処がついた」
「いえ」
「本当にありがとう。よし、帰るか」
「……はい」
翔は俺を見て、優しく微笑んだ。
でもその笑顔の奥に、どこか影のようなものがあるのがわかった。
「……翔」
「ん?」
「何か、あったんですか?」
翔は少し驚いたような顔をして、それから小さく笑った。
「颯真は、よく見てるんだな」
翔は視線を落とした。
「実は……今日、取締役会で色々言われてさ」
「……え?」
「『若造が調子に乗るな』とか、『もっと慎重にやれ』とか」
翔の声が、少し沈む。
「社長だから、弱音吐けない。みんなの前では、いつも強くいなきゃいけない」
翔は自嘲するように笑った。
「でも本当は……たまに、すごく疲れる」
その言葉に、胸が痛んだ。
翔はいつも完璧に見えた。仕事もできて、決断力があって、強くて。
でも今、目の前にいるのは――。
「一人で抱え込まないでください」
気づけば、そう口にしていた。
「辛い時は、俺に言ってください。俺、翔の力になりたいです」
この人の隣で支えたい。
これは、憧れじゃない。尊敬でもない。
「颯真」
翔が顔を上げて、俺を見た。
その目は、優しさと愛情に満ちていた。
「お前がいてくれて、本当に良かった」
翔の手が俺の頬に触れる。
俺は意を決した。
「俺、全部思い出したんです。歓迎会の夜のこと」
その言葉に、翔の表情が一瞬変わった。
「俺が、翔にキスしたこと。好きだって言ったこと。抱いてって……言ったこと」
翔は言葉を発さず、ただ俺をじっと見つめていた。
「翔が俺のこと……見た目じゃなくて、ちゃんと見てくれたこと」
声が震える。
「それが、すごく……嬉しくて」
涙が滲んだ。
「俺、翔のこと……本当に、好きです」
翔は驚いたような顔で、俺を見つめていた。
「……今、何て」
俺はもう一度、はっきりと告げた。
「翔のことが、好きです」
その言葉を聞いた瞬間、翔の目が大きく見開かれ、そして――翔は俺を抱きしめた。
「っ……!」
翔の腕が、俺を優しく包む。
温かい。そして少しだけ、震えていた。
パソコンを開いたまま、画面だけを見ている。
……文字が一つも頭に入ってこない。
「やっぱり翔が好きだ」
男として。恋愛対象として。
この気持ちは、もう否定できない。
「でも……」
社長と部下。しかも、男同士。
こんな関係、許されるのか。
スマホが震えた。翔からのメッセージだった。
『会議、長引きそう。お昼は少し遅くなる。先に食べててもいいよ』
俺はすぐに返信する。
『分かりました。待ってます』
送信してから、また顔が熱くなった。
“待ってます”って。
……まるで、恋人みたいじゃないか。
*
午後一時過ぎ、翔がオフィスに戻ってきた。
「お疲れ様です」
俺は立ち上がって迎える。
「ごめん、待たせた。颯真、まだお昼食べてない?」
「はい……待ってたので」
「ありがとう」
翔は優しく笑った。
「じゃあ、今から行こう。簡単なもので良ければ、近くのカフェでもいい?」
「はい」
カフェは会社の近くにある、落ち着いた雰囲気の店だった。
窓際の席に座り、サンドイッチとコーヒーを注文する。
「翔……」
「うん?」
「俺……」
その時、カフェのドアが開いて、グループ客が入ってきた。
賑やかな声が店内に響く。
俺は口を閉じた。タイミングが悪い。
翔は少し残念そうな顔をしたが、すぐに微笑んだ。
「ここじゃ、落ち着かないね」
「すみません……」
「謝らなくていい」
翔はネクタイを少し緩めた。
その仕草が妙に色っぽくて、俺は思わず視線を逸らした。
オフィスに戻ると、翔はデスクいっぱいに資料を広げ、黙々と作業を始めた。
キーの打鍵音だけが静かな部屋に響いていた。
しばらくして、ふと顔を上げると、窓の外はすっかり夜の色に変わっていた。
机の端に置かれた時計を見て、はっとした。
――もう、午後七時を回ってる。
「颯真は帰っていいよ」
翔は視線を資料に落としたまま、静かに言った。
「俺は、もう少しかかりそうだから」
その横顔には、いつもの余裕がなかった。
「俺も、手伝います」
俺がそう告げた瞬間、翔の手が止まった。
「でも、これは俺の仕事だ」
「翔が困ってるなら、俺も一緒に考えたいです」
顔を上げた翔は驚いたような顔をして、それから笑った。
「……ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えようかな」
二人で資料を整理し始める。
翔が説明してくれる案件の内容は複雑で、取引先との調整が難航しているらしい。
「ここの数字、合わせるのが……」
眉間を押さえ、翔が小さく唸る。
俺は隣から資料を覗きこんだ。
「この部分、納期を一週間ずらして……ここを調整すれば、こっちに余裕ができます」
「――それだ」
顔を上げた翔の表情がぱっと明るくなる。
「颯真、助かった。本当にありがとう」
翔は嬉しそうに笑っていた。
時計が午後十時を指した頃、ようやく一段落ついた。
「ふう……」
翔は椅子に背を預けて、天井を仰いだ。
「颯真のおかげで、なんとか目処がついた」
「いえ」
「本当にありがとう。よし、帰るか」
「……はい」
翔は俺を見て、優しく微笑んだ。
でもその笑顔の奥に、どこか影のようなものがあるのがわかった。
「……翔」
「ん?」
「何か、あったんですか?」
翔は少し驚いたような顔をして、それから小さく笑った。
「颯真は、よく見てるんだな」
翔は視線を落とした。
「実は……今日、取締役会で色々言われてさ」
「……え?」
「『若造が調子に乗るな』とか、『もっと慎重にやれ』とか」
翔の声が、少し沈む。
「社長だから、弱音吐けない。みんなの前では、いつも強くいなきゃいけない」
翔は自嘲するように笑った。
「でも本当は……たまに、すごく疲れる」
その言葉に、胸が痛んだ。
翔はいつも完璧に見えた。仕事もできて、決断力があって、強くて。
でも今、目の前にいるのは――。
「一人で抱え込まないでください」
気づけば、そう口にしていた。
「辛い時は、俺に言ってください。俺、翔の力になりたいです」
この人の隣で支えたい。
これは、憧れじゃない。尊敬でもない。
「颯真」
翔が顔を上げて、俺を見た。
その目は、優しさと愛情に満ちていた。
「お前がいてくれて、本当に良かった」
翔の手が俺の頬に触れる。
俺は意を決した。
「俺、全部思い出したんです。歓迎会の夜のこと」
その言葉に、翔の表情が一瞬変わった。
「俺が、翔にキスしたこと。好きだって言ったこと。抱いてって……言ったこと」
翔は言葉を発さず、ただ俺をじっと見つめていた。
「翔が俺のこと……見た目じゃなくて、ちゃんと見てくれたこと」
声が震える。
「それが、すごく……嬉しくて」
涙が滲んだ。
「俺、翔のこと……本当に、好きです」
翔は驚いたような顔で、俺を見つめていた。
「……今、何て」
俺はもう一度、はっきりと告げた。
「翔のことが、好きです」
その言葉を聞いた瞬間、翔の目が大きく見開かれ、そして――翔は俺を抱きしめた。
「っ……!」
翔の腕が、俺を優しく包む。
温かい。そして少しだけ、震えていた。
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