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4 聖人候補の領地経営

606 シルベスターローズ

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606

完璧に整えられた別荘には、今日のためにマリス家から送り込まれた召使たちが勢揃いで、シルベスター公爵を迎えた。

その先先代公爵の建てた豪華な別荘には、入口から至る所に赤と白のグラデーションの大振りの立派な薔薇が大量に飾られている。

(おお、これは素晴らしい。この短期間でよくぞこれだけの〝シルベスターローズ〟を用意できたものだ)

感心する侍従クラバの横で、シルベスター公爵はむっつりと機嫌悪げに呟いている。

「この〝シルベスターローズ〟を使った飾り付けを数日で用意できるとは……信じられん!」

彼は、急な訪問にあたふたする寂れた領地の使用人たちを想像していた。そして貴族としてのしつけや嗜みの足りない田舎娘に寛容に接して、優しくいたわりながら忠告をしてくれる優しい従兄弟として振る舞うだったのだ。

ところが、フタを開けてみれば公爵の甘い目論見とはまったく違う対応が待っていた。パレスの上級貴族にきっちりと〝先触れ〟を数週間前に行った場合でも、ここまで惚れ惚れするような美しい対応はそう簡単にはできない。小姑のように目を光らせて落ち度を探してみても、むしろ感心させられるばかりで、なにひとつ隙はない。それほど完璧な対応が続いている。

侍従のクラバは、すでに公爵の目論見がまったく通用しないだろうことを強く感じ始めていた。公式な訪問をされる側は、訪問する側の家に関連のあるものを飾ってお迎えするというのが、重要なおもてなしとされているため、公爵はどんな垢抜けないことをしてくるかと、ある意味期待していた。

だが、そこにあった出迎えは想像の遥か上をいく素晴らしさだったのだ。広い別荘中に惜しみなく美しく飾り付けられていたのは、驚くべき数の希少な花だった。シルベスター家の家紋の一部にもなっており〝シルベスターローズ〟という名の冠された、赤と白のグラデーションをもつ特殊な薔薇だ。

非常に栽培が難しく、扱っている店も少ない珍しい品種で、シルベスター公爵家の庭以外にはまず植えられていないものだ。それが、季節外れのはずの時期に最良の状態で、屋敷中に飾られているのだ。この薔薇は金を積めば買えるようなものでもなく、ましてこの完璧な状態で大量に手に入れるなど、帝都の貴族でもおいそれとはできないことだ。これだけでも、いかにマリス家が、この突然の不躾な訪問に対して完璧な準備を行なったのかがわかる。

「素晴らしいお出迎え、いたみいる……」

文句のつけようのない、その豪華で完璧なウエルカムサプライズに、シルベスター公爵は、不機嫌な気持ちを隠しきれないひきつった笑顔で、そう言うしかなかった。

完璧に掃き清められた室内に置かれたきらびやかな調度品は、先先代のシルベスター公爵が運び入れていたもので、いかにも上級貴族らしい上等なものだった。そこで再び家令より過不足ない歓迎の短い挨拶があり、その後公爵お付きの召使たちには家の備品の説明がなされ、公爵は居間へと通された。

面会までの間の軽食として用意された料理や甘味も、帝都パレスでさえおいそれとは手に入らない貴重な品ばかりで、公爵一行は度肝を抜かれた。数カ月待ちは当たり前の高級チョコレートや見たことのない一口サイズの艶々としたお菓子にうすいパンに挟まれた色とりどりのサンドウィッチ。

「我が主とのご対面のときまで、どうぞごゆるりとお過ごしくださいませ」

マリス家の家令がそう言うと、召使たちは完璧な温度のお茶を用意し、公爵一行をもてなした。

少し休みたいからと、公爵はマリス家の召使たちを下がらせ、盛大に愚痴り始める。

「なんだ、この隙のないもてなしは! ここはパレスの上級貴族の屋敷じゃないのだろう? なのに何もかもが整いすぎている。こんな片田舎の貧しい領地しかない、あの小さな娘にこれだけのことをする人脈と財力があると言うのか。訳がわからん!」

公爵は相変わらず不機嫌そうだが、そう言いつつも珍しい上に美味しい料理には手を伸ばさずにはいられず、侍従たちが呆れるほどよく食べていた。

(やれやれ……どうか早々に無謀な望みは諦めて、お帰りくださればよいのだが……)

クラバは、これからもこの寸分の隙もない完璧なもてなしが続くことを、マリス家の家令との打ち合わせで、すでに確信していた。後は、シルベスター公爵が、家名の恥となるような振る舞いをしないことを祈るしかない。

「先程家令のセイツェ殿にお聞きしましたところ、やはり新領主として就任直後のメイロード・マリス様は多忙を極められておられるそうでございます。どうか、ご訪問は短めにしてくださいませ、公爵様」

クラバはそう言ったが、公爵はまだまだ諦めてはいない様子で、今夜の晩餐会のときに粗を見つけてやろうと思っている様子だった。

飲み食いしながらブツブツと何かを呟き、まったく先程の言葉が届いていない様子のシルベスター公爵を見ながら、侍従クラバは深くため息をつくしかなかった。
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