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傭兵団 vs 天使メイド
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グウェンドリエルが言霊を解除する。
重圧から解放された傭兵たちは一斉に叫び出した。
「てめぇらふざけんじゃねえぞ!」
「ぶっ殺す!」
騒ぎ立てる男どもにリションは、改めて自己紹介をする。
「聞こえていませんでしたか? 私は天の至宝たるルシフェル様にお仕えしますメイドのひとりで、日曜の座天使リションと申します。貴方がたの教育係はこの私ですので、何か申したいことがありましたら、どうぞ私へ」
リションは傭兵たちの反応を伺う。
特に変わりはない。
みな殺気立ったままだ。
続けて言う。
「では早速教育を開始させて頂きます。……さて、その教育方針ですが、粗野で愚かな皆様の程度にあわせて暴力による実地教育とさせて頂きたいと思います。異論のある御方はいらっしゃいませんか」
傭兵たちが応える。
「はぁ? んだクソあま! 訳わかんねえこと言ってんじゃねえ!」
「そうだ! 小難しい言い回しで煙に巻こうたって、そうはいかねえぞ!」
リションはふぅと小さくため息を吐いた。
「それでは皆様にも分かりやすいよう、単刀直入に言い直しましょう。『殴って身の程を教えて差し上げます』。理解できましたか?」
リションは拳を固め、左右の手甲を胸の前で打ち合せた。
ガチンと硬質な音が鳴る。
七座天使メイド隊の末の妹であるリションは、メイドであると同時に格闘家だ。
半身になり、すっと腰を落とす。
構えを取る際の動きは流麗で、優雅ですらある。
しかし違和感は拭えない。
何せリションはメイド服姿なのだ。
「さあ、皆さま。どうぞ掛かっていらっしゃいませ」
リションが手のひらを仰向けにした。
指をくいっくいっと曲げて挑発する。
傭兵たちの怒りが爆発した。
「こ、このアマぁ! もう勘弁ならねえ!」
「裸にひん剥いてやる!」
「泣き喚いても、もう許さねえからな!」
手前で唾を飛ばしていた傭兵の男が三人、同時に飛び掛かった。
手を伸ばしてリションを掴もうとする。
しかしリションはわずかに身を引いて、男たちをすっと躱した。
足を掛けて三人を転ばせる。
「ぐあっ」
「くそ! こいつすばしっこいぞ!」
「ちっ、ふざけた真似しやがって!」
転ばされた傭兵たちは即座に起き上がり、再びリションに掴みかかる。
けれども結果は同じだ。
また足を掛けて転ばされた。
「――ッ! ぐぎぎ、もう我慢ならねえ……」
男の怒りが頂点に達する。
少しは残っていた理性が綺麗さっぱり消え失せる。
最も近くにいた男が、その辺に転がっていた戦斧を拾い上げた。
「ぶっ殺してやる!」
傭兵の男は斧を両手で振りかぶった。
頭上からリションに叩きつける。
しかし斧の刃がリションに届くことはなかった。
なぜならリションは渾身の力で振り下ろされた戦斧を、指で摘んで受け止めていたからだ。
「な、なんだ……と……?」
斧を止められた傭兵が驚く。
この男も――傭兵団長バザックほどではないにせよ――筋骨隆々の歴戦の傭兵だ。
その剛腕から振るわれた戦斧の威力は凄まじい。
なのにそれを、たかが女の、戦士ですらないメイドの、細腕どころか、指先ひとつで止められた。
信じられない光景だ。
「ち、畜生……! あ、ありえねえ! 手品に決まっている! こんなはずがねえ!」
男は再び戦斧を振り上げようとした。
けれども斧が動かない。
「ふ、ふざけんな! なんで動かねえんだよ! この! このぉ……!」
戦斧は指先で軽く摘まれているだけだ。
なのに男がいくら力を篭めて踏ん張り、持ち手を引っ張っても、まるでビクともしない。
力み過ぎて顔を赤くし、ジタバタしているその傭兵に向けて、リションが微笑む。
「ふふふ、滑稽にございますね」
「ッ離せ! このっ、離せ!」
「離せば良いのですか? 承知致しました」
リションは指を離す。
力いっぱい斧を引っ張っていた男は、姿勢を崩し、たたらを踏んだ。
転ぶ寸前、リションは男を優しく支える。
「お気を付け下さいませ」
優しく声を掛けたかと思うと、男の身体をむんずと掴んだ。
頭上まで持ち上げる。
「お、おい! なにをする、離しやがれ!」
「その様にジタバタと暴れず、じっとして下さいませ。それでは失礼致しまして――」
男の抵抗などお構いなしである。
ポイッと放り投げた。
ありえない膂力だ。
投げられた傭兵は水平にすっ飛んでいき、大きな岩にぶつかって跳ね返る。
「ぎゃ!」
「どうですか、人間。身の程を知りましたか?」
傭兵は倒れたまま返事をしない。
気絶したようだ。
「ちっ、くそが!」
今度は別の傭兵がリションに飛び掛かった。
槍を突き出す。
しかしその槍も、穂先に小指の先を合わせるだけで止められた。
こんな止められ方はあり得ない。
傭兵は情けない顔をして叫ぶ。
「な、何なんだ……何なんだよ、お前ぇ!」
「ですから先程から申し上げておりましょう。私は日曜の座天使リション。皆さまの教育係にございます」
言ってからリションは槍を穂を握り、男ごと持ち上げる。
そのまま大地に叩きつけた。
「ぎゃあああ!」
ズドンと重い音が鳴り、土煙が舞った。
男はぴくぴく痙攣して気絶している。
地面はクレーターでも穿たれたように陥没していた。
◆
リションは唖然とする傭兵たちを見回す。
「……さて。それでは次は、どなたが教育を受けられますか?」
手前で腰を抜かしている傭兵に尋ねる。
「貴方様ですか?」
「うわっ、うわぁあああ……!」
問われた傭兵が恐慌をきたした。
泡を食って逃げようとする。
しかしその男は走り出してすぐ、傭兵団長バザックに捕まった。
バザックは男の胸ぐらを掴んで脅す。
「……おいテメェ。なに逃げようとしてんだ。腰抜けは俺の傭兵団には要らねんだよ。逃げたらぶち殺すからな」
「ひぃ⁉︎」
バザックは周囲の傭兵たちに向けて叫ぶ。
「テメェらもだ! ぼうっと突っ立って見てんじゃねえ! 舐めた真似を許すな。このクソアマをぶっ殺せ!」
檄を飛ばされた傭兵たちがハッとした。
各々に武器を握りしめる。
戦斧、戦鎚、バスタードソード、十字槍――
刃が焚き火の明かりを反射する。
バザックは続けて配下を焚き付ける。
「手柄をあげたヤツにゃあ褒美をたんまりくれてやる! そうだな、褒賞はそこの坊主が連れてる女だ! どれでもひとり、好きにして良いぜ」
傭兵たちの目つきが変わった。
薄笑いを浮かべながら、座天使メイドたちやグウェンドリエルに下卑た視線を向ける。
しかしジズとイヴはスルーだった。
さもありなん。
バザックが叫ぶ。
「おら、一斉にかかれ!」
大勢の傭兵たちがリションへと雪崩れ込む――
重圧から解放された傭兵たちは一斉に叫び出した。
「てめぇらふざけんじゃねえぞ!」
「ぶっ殺す!」
騒ぎ立てる男どもにリションは、改めて自己紹介をする。
「聞こえていませんでしたか? 私は天の至宝たるルシフェル様にお仕えしますメイドのひとりで、日曜の座天使リションと申します。貴方がたの教育係はこの私ですので、何か申したいことがありましたら、どうぞ私へ」
リションは傭兵たちの反応を伺う。
特に変わりはない。
みな殺気立ったままだ。
続けて言う。
「では早速教育を開始させて頂きます。……さて、その教育方針ですが、粗野で愚かな皆様の程度にあわせて暴力による実地教育とさせて頂きたいと思います。異論のある御方はいらっしゃいませんか」
傭兵たちが応える。
「はぁ? んだクソあま! 訳わかんねえこと言ってんじゃねえ!」
「そうだ! 小難しい言い回しで煙に巻こうたって、そうはいかねえぞ!」
リションはふぅと小さくため息を吐いた。
「それでは皆様にも分かりやすいよう、単刀直入に言い直しましょう。『殴って身の程を教えて差し上げます』。理解できましたか?」
リションは拳を固め、左右の手甲を胸の前で打ち合せた。
ガチンと硬質な音が鳴る。
七座天使メイド隊の末の妹であるリションは、メイドであると同時に格闘家だ。
半身になり、すっと腰を落とす。
構えを取る際の動きは流麗で、優雅ですらある。
しかし違和感は拭えない。
何せリションはメイド服姿なのだ。
「さあ、皆さま。どうぞ掛かっていらっしゃいませ」
リションが手のひらを仰向けにした。
指をくいっくいっと曲げて挑発する。
傭兵たちの怒りが爆発した。
「こ、このアマぁ! もう勘弁ならねえ!」
「裸にひん剥いてやる!」
「泣き喚いても、もう許さねえからな!」
手前で唾を飛ばしていた傭兵の男が三人、同時に飛び掛かった。
手を伸ばしてリションを掴もうとする。
しかしリションはわずかに身を引いて、男たちをすっと躱した。
足を掛けて三人を転ばせる。
「ぐあっ」
「くそ! こいつすばしっこいぞ!」
「ちっ、ふざけた真似しやがって!」
転ばされた傭兵たちは即座に起き上がり、再びリションに掴みかかる。
けれども結果は同じだ。
また足を掛けて転ばされた。
「――ッ! ぐぎぎ、もう我慢ならねえ……」
男の怒りが頂点に達する。
少しは残っていた理性が綺麗さっぱり消え失せる。
最も近くにいた男が、その辺に転がっていた戦斧を拾い上げた。
「ぶっ殺してやる!」
傭兵の男は斧を両手で振りかぶった。
頭上からリションに叩きつける。
しかし斧の刃がリションに届くことはなかった。
なぜならリションは渾身の力で振り下ろされた戦斧を、指で摘んで受け止めていたからだ。
「な、なんだ……と……?」
斧を止められた傭兵が驚く。
この男も――傭兵団長バザックほどではないにせよ――筋骨隆々の歴戦の傭兵だ。
その剛腕から振るわれた戦斧の威力は凄まじい。
なのにそれを、たかが女の、戦士ですらないメイドの、細腕どころか、指先ひとつで止められた。
信じられない光景だ。
「ち、畜生……! あ、ありえねえ! 手品に決まっている! こんなはずがねえ!」
男は再び戦斧を振り上げようとした。
けれども斧が動かない。
「ふ、ふざけんな! なんで動かねえんだよ! この! このぉ……!」
戦斧は指先で軽く摘まれているだけだ。
なのに男がいくら力を篭めて踏ん張り、持ち手を引っ張っても、まるでビクともしない。
力み過ぎて顔を赤くし、ジタバタしているその傭兵に向けて、リションが微笑む。
「ふふふ、滑稽にございますね」
「ッ離せ! このっ、離せ!」
「離せば良いのですか? 承知致しました」
リションは指を離す。
力いっぱい斧を引っ張っていた男は、姿勢を崩し、たたらを踏んだ。
転ぶ寸前、リションは男を優しく支える。
「お気を付け下さいませ」
優しく声を掛けたかと思うと、男の身体をむんずと掴んだ。
頭上まで持ち上げる。
「お、おい! なにをする、離しやがれ!」
「その様にジタバタと暴れず、じっとして下さいませ。それでは失礼致しまして――」
男の抵抗などお構いなしである。
ポイッと放り投げた。
ありえない膂力だ。
投げられた傭兵は水平にすっ飛んでいき、大きな岩にぶつかって跳ね返る。
「ぎゃ!」
「どうですか、人間。身の程を知りましたか?」
傭兵は倒れたまま返事をしない。
気絶したようだ。
「ちっ、くそが!」
今度は別の傭兵がリションに飛び掛かった。
槍を突き出す。
しかしその槍も、穂先に小指の先を合わせるだけで止められた。
こんな止められ方はあり得ない。
傭兵は情けない顔をして叫ぶ。
「な、何なんだ……何なんだよ、お前ぇ!」
「ですから先程から申し上げておりましょう。私は日曜の座天使リション。皆さまの教育係にございます」
言ってからリションは槍を穂を握り、男ごと持ち上げる。
そのまま大地に叩きつけた。
「ぎゃあああ!」
ズドンと重い音が鳴り、土煙が舞った。
男はぴくぴく痙攣して気絶している。
地面はクレーターでも穿たれたように陥没していた。
◆
リションは唖然とする傭兵たちを見回す。
「……さて。それでは次は、どなたが教育を受けられますか?」
手前で腰を抜かしている傭兵に尋ねる。
「貴方様ですか?」
「うわっ、うわぁあああ……!」
問われた傭兵が恐慌をきたした。
泡を食って逃げようとする。
しかしその男は走り出してすぐ、傭兵団長バザックに捕まった。
バザックは男の胸ぐらを掴んで脅す。
「……おいテメェ。なに逃げようとしてんだ。腰抜けは俺の傭兵団には要らねんだよ。逃げたらぶち殺すからな」
「ひぃ⁉︎」
バザックは周囲の傭兵たちに向けて叫ぶ。
「テメェらもだ! ぼうっと突っ立って見てんじゃねえ! 舐めた真似を許すな。このクソアマをぶっ殺せ!」
檄を飛ばされた傭兵たちがハッとした。
各々に武器を握りしめる。
戦斧、戦鎚、バスタードソード、十字槍――
刃が焚き火の明かりを反射する。
バザックは続けて配下を焚き付ける。
「手柄をあげたヤツにゃあ褒美をたんまりくれてやる! そうだな、褒賞はそこの坊主が連れてる女だ! どれでもひとり、好きにして良いぜ」
傭兵たちの目つきが変わった。
薄笑いを浮かべながら、座天使メイドたちやグウェンドリエルに下卑た視線を向ける。
しかしジズとイヴはスルーだった。
さもありなん。
バザックが叫ぶ。
「おら、一斉にかかれ!」
大勢の傭兵たちがリションへと雪崩れ込む――
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