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第三幕~青年は日常を楽しむ4
しおりを挟む「僕の方こそ…ごめん」
しばらく、凍りついたような重い空気が広がっていく。
気まずい雰囲気。
と、それを打破したのはルイスの方だった。
彼はエスタの方へ振り向くことなく、口を開いた。
「そ、そういえば…ミラースちゃんは今何してるんだ? やっぱ暇してるのかな…」
だったら暇つぶしに彼女と遊んであげようか。
そう話すルイスだったが、エスタは頭を左右に振って答えた。
「今寝てるんだ」
「寝てる…?」
具合でも悪いのだろうか、と、心配するルイスへエスタは苦笑を浮かべた。
「ホントに、普通に寝てるだけだよ」
ミラ―スは夜になるとこっそり本を読み、猛勉強をしているのだと、エスタは説明する。
エスタが集めていた本はマナー本から歴史書まで、様々な種類があるため、社会を学ぶには丁度良いのだ。
そのため、夜はひっそりと読書に更け、朝にパン作りの手伝いをしてから就寝しているとのこと。
「随分偏った生活してるな」
「うん。でもきっとミラースはこっそり勉強して僕らを驚かしたいんだよ。だから僕は何もしないで見守ろうと思ってね」
そう言って笑みを浮かべるエスタ。
併せるようにルイスも笑みを浮かべた。
「そっか…じゃ、今度ミラースちゃんに本でもプレゼントしようかな…」
「それが良いよ。僕も色々買ってみようと思ってるんだ」
そう話すエスタはまるで、自分に妹が出来たかのように喜んでいた。
その様子を眺めながらルイスは、人知れず眉を顰める。
彼も内心は、エスタと同じくこの平穏がいつまでも続くことを祈っていた。
だが、この時間がそう長くは無いということも同じく察していた。
根拠も彼にはあった。
しかし、それを今は口にもしたくなかった。
「あ、そろそろ混む時間だよ」
気付けば時間は正午前を指している。
エスタは渡しそびれていた水入りグラスをルイスに手渡した。
並々の水を一気に飲み干していくルイス。
カラカラだった喉には丁度良い潤いだった。
「じゃあ僕は残り分を焼成してくるから、客が着たら教えて」
「ああ」
ルイスが見送る中、エスタは焼成待ちであったパンの仕上げのために作業場へと向かう。
店内奥へと消えていくエスタを見送ったルイスは、カウンターに寄りかかり溜め息を漏らした。
(俺だって…出来るなら全てを投げ出してお前とのんびりパンでも作っていたいさ…)
空になったグラスを弄ばせながら、それをただ見つめる。
透明なガラス製のこのグラスは、落とせば脆くも崩れる儚い結晶体。
だが、そんな儚い物質は、砕けさえしなければ水でも、酒でも、泥だとしても。
どんな液体も受け止めることが出来る。
それはまるで、今の自分たちのようだと、ルイスは思う。
(我らを守護するという秩序の神、白猿―――もしも居るんだったら、今、この時間を止めてやってくれ…)
我ながら、柄にないことを願ってしまった。
そう思い口角を上げたルイスは、グラスをカウンターに置き、店の入り口へと視線を向けた。
もうそろそろ客が来る。
そんな足音が聞こえてきた。
「それにしても…ぬるいな、この水…」
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