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番外編
トーア視点 トーアにも春はくる…?
しおりを挟む家に帰ると母さんがくったりとしていた。
小さな頃から父さんが休みの日には、学校から帰るとソファーに沈み込み困ったように幸せそうに「トーア、お帰りなさい。」と笑う母さんを幾度となく見てきた。
子供の頃は同じ人族なのに父さんの子供の頃とそっくりだという自分とは違い、細くて小さな母さんは体が弱いのだと思っていた。
もうすぐ18歳。成人となる今ではそうではないとわかる。
あれは父さんが母さんを立てなくしていたのだ。
結婚してからも変わらないらしい2人。
俺が生まれてもお互いへ向ける愛情はそのままに、俺への愛情もたっぷりと与えてくれた。
見た目は父さんにそっくりだから顔には出ないが、小さな母さんが思い切り背伸びしながらぎゅっと抱き締めてくれるのもスクスクと成長し過ぎた俺よりも一回り大きな父さんに無理矢理抱き込まれてガシガシと頭を撫でられるのも大好きだ。
図体はでかくなったがやはり人族。力はそれなりにはあるがそれ以外は父さんのような大型の獣人にはかなわない。
子供の頃から細かい作業が好きだった。絵を描いたり本を読むのも好きだ。
将来の事を真剣に考え出したときに通りかかった人族専門の病院で診察などに必要な器具を造る職人の後継者がいないと聞いた。
「人族には繊細で細かい器具が必要なのよ。」
母さんが姉と慕う俺を取りあげてくれた女医が何故か誇らしげに言う。
単純にやってみたいとおもった。場所を聞いて押し掛けて成人したら弟子入りさせて貰える運びとなった。
師匠は気難しそうな人族のじいさんだったが毎日毎日通い詰め、お願いしてようやく了承してくれた。
就職したら家を出ると決めた。同じ王都でそこまで距離は離れていないけれど1人だけで生活してみたい。
今の生活はとても幸せで穏やかだけれどしっかりと自立して心配性な両親を安心させてあげたいと思うのだ。
その話を両親にすれば母さんは淋しそうにぎゅうぎゅう抱き締めて来たけれど父さんはくしゃりと頭を混ぜてきただけで何も言わなかった。
てっきり母さんを独り占めできるから喜んで出されると思っていたのだが、父さんも淋しいのかな、なんてしんみりしてしまう。
家を出て、生活の基盤を整えて、そうしたらいつか愛する人に出会いたい。
母さんみたいに、小さくてふわふわで心優しい人が良い。
両親のように「運命の番」にはとても憧れるけれど、じいちゃんたちを見ていると運命であってもなくても良いと思える。
大切なのは心から愛する人に出会えるかだ。
じいちゃんたちは両親に負けず劣らず愛し合っている番で今でもとても仲が良い。
愛が溢れまくっている家庭で育ったからなのか、人一倍憧れが強くなってしまったと思う。
直ぐにとは言わない。時間がかかってもいいから愛する人と人生を共にしたい。
「母さん、ただいま。具合が悪いなら寝ていなよ。」
「…具合が悪い訳じゃないの。んーと、疲れちゃっただけだから大丈夫だよ?」
隣に座りながら言えばいつものように困ったようにおかえりのハグをしてくれる。
父さんのいないところをみると、きっと後片付けでもしているのだろう。
何の後片付けかは考えない事にした。それなのに父さんは堂々とシーツを持って階段を降りてくる。
そして何事もなかったかのように声をかけてくる。
「トーア帰ったのか、おかえり。」
母さんは慌てて俺とシーツを交互にみている。
頬が赤く染まっているのを見て何故父さんとずっと一緒にいてこんなにも初心でいられるのかと不思議に思う。
当の父さんは母さんを見て楽しそうに笑うと俺に目線だけ向けてにやりとしてそのまま片付けに行った。
息子に生々しいものを見せて来ないで欲しい。
母さんはしばらく恥ずかしげにしていたが俺の存在を思い出したのかハッとする。
「あ、あのね。僕最近仕事でパフェを作る練習してるの。なかなかマオさんみたいに綺麗に作れなくてまだ売り物には出来ないんだけど明日学校帰りに食べにおいで。」
奢ってあげるからお友達も連れてきていいよ。と朗らかに笑う。
料理はあまり得意じゃない母さん。いや美味いんだ、味は。
見た目がちょっとグロかったり、盛り付けのセンスがなかったり、作るのが非常に遅かったりするのだ。
俺が学校へ行き始めてからまた働きだしたのは料理の腕を磨く為で最終的には厨房で働くのを目標にしているらしい。
目標を持つことは良いことだと思う。
でも、向き不向きがあると思うんだ。
確かに学校はもう授業はない自由登校のようなものだし帰りに寄るよと返事をした。
昼も大分過ぎてガラガラな食堂の椅子に座って母さんを待つ。
今日は普段からつるんでいる幼馴染たちはいなかったので1人で来た。
幼馴染のマイワとハリルは昔から好き合っていると知ってはいたが最近やっと互いに気持ちを伝え合い、晴れて恋仲になったのだ。
それからというもの毎日のようにイチャイチャイチャイチャしていて少々鬱陶しい。
けれどずっと早くくっつけと願っていたこともあって心から良かったと思える。
2人して鬱陶しくて、心配性で、言葉数が足らず誤解されがちな俺を理解してくれる大切な幼馴染。
そんな2人の事を思い出して恋人になった記念に何か贈り物でもしてやろうかとこの後の予定を頭の中に描いていると、ドガッと4人掛けのこのテーブルの向かいの椅子が音をたてた。
「ここいいか?」
「…」
空席がいくらでもあるのに目の前に座られて気分が悪くならないわけがない。
こんな威圧感のあるデカイ男、母さんが怯えるじゃないか。
無言で睨んで席を移動しようとすると母さんがタイミングが悪い事に大きなパフェを2つバランス良くトレーに乗せて運んでくる。
「いらっしゃい、トーア。新しいお友達?」
そう言いながら目の前の男を覗き込んで固まってしまった。
無理もない。
父さんよりも年下だろうが母さんよりは年上だろう。
デカくて厳つくて顔に傷なんかもあってどうみても俺の友達には見えない。
先程睨み付けてから目線が離せない。こいつは無表情だけれど俺の目を見てくるから目を背けたら、負けな気がするんだ。
突然むぎゅりと抱き締められて真っ暗になった。
俺の頭は母さんの薄い胸に埋まっていてガタッという音と頭上から声が聞こえた。
「…うちの子が何か?」
「、息子さんですか?」
ほっと息を吐いてから話す低い声と椅子に座り直したのか小さな音。
強く俺の頭を抱いて「うーっ」と唸りそうな勢いで相手を警戒していそうな母さん。
きっと睨んでいるのだろう。
どんなに睨んでも全然怖くないんだけれど。
「急に失礼をして申し訳ない。私は黒虎族のミルマと言う。素敵な男性がいたもので本能で行動してしまった。」
息子大好きな母さんが俺を素敵と言われて抱き締める腕を弛めた。
「ご子息はとても可愛らしく愛らしい。一目惚れというやつだな。」
「わぁ!トーアに一目惚れだって。凄いねえ。」
母さん、警戒を解くのが早すぎる。そんなんだから未だに護衛をつけられてんだ。
はぁ、とため息を溢して男と向き合う。
いや俺の好みは小さくてふわふわな子だけど…
言うのも面倒くさくて無視してパフェを食うことにした。
母さん特製見た目がグロいパフェ。
ゆるすぎる生クリームとチョコソースが混ざり合ってそこに沢山のフルーツが溺れている。
味は美味いから気にしない。母さんが一生懸命に作ってくれたんだ。
ミルマとかいう男は一瞬このパフェに目を丸くしたが笑うことも馬鹿にすることもない。
それがやたらと嬉しかった。
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