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21:休日の過ごし方②
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商人の店に行き家を買うことを伝えた後は、ベリーの希望で市場の方へ足を向けた。当たり前だが向かったのは家のある外門側の市場だ。
市場の中には同じような店が数多くある。
それぞれ値段や量、鮮度などに違いがあって、そう言う情報を知っておかないと、長い目で見るとかなり損をするらしい。
そのように熱く語られても、量ならまだしも、野菜や果物の良し悪しなど見ても分からんし、なんなら肉だって食べてみないと判断もつかん。
「うんさっぱり分からんな」
「例えばこれ、こちらは緑が綺麗でこっちは色が薄いじゃないですか」
「ほおキャベツだな、で、どっちがいいんだ?」
「いえレタスですけど……」
「むうすまん」
「いえ私が分かっていれば問題なしということが理解できましたわ」
ぐうの音も出なかった。
市場の奥の方は食材ではなく既製品を扱うお店が多く並んでいた。
焼いたパンは当たり前として、串に刺されて直火でぐるぐると回る豚やら鳥なんかもある。何ならパンを買い、隣で肉を切り売りして貰って即席のサンドウィッチにしてくれる共同店だってある。
その中でベリーの気を引いたのは、ひと際甘い匂いを振り撒いているクレープ屋だ。
薄く焼いた生地にいろいろなフルーツが乗り、さらに上からフルーツソースを掛ける。それを器用にくるくると三角に巻くと完成。
見惚れているのか、ほぉ~と少し半口を開けている様はいつもの澄ました表情に比べてちょっぴり幼く見える。
「食べるか?」
俺がそう聞くとベリーはアーモンド形の瞳は大きく見開いた。
「……いらないか?」
「いえっ食べたい、です!」
「おい一つ頼む」
味が何種類もあるようなので、代金を払ってベリーに場所を譲った。しかしベリーはなにが不満だったのか、「えっ一つですか」と問いかけてくる。
当然のようにそうしたのは訳があるが、確かに説明していなかったなと思い出す。
「俺は甘い物が得意じゃないんだよ」
「済みません、我儘を言ってしまいましたね」
先ほどの笑みはどこへやら、途端にシュンとするベリー。
「あっいや違う!?
決して興味がないわけじゃない。だから一口だけ食べさせてほしい」
「ふふっ分かりました」
何とか機嫌が直ってホッとしたのも束の間のこと、俺の目の前にはとても良い笑顔を見せたベリーがいた。
彼女の手には先ほど買ったクレープが、そのクレープはまっすぐ俺の方に向けられていて、彼女は声にこそ出していないが口の形で『あ~ん』と言っている。
「ぐっ」
ここは家の中に非ずただの路上、衆人環視の中でそれはとても恥ずかしい。
「さあどうぞ!」
しかし彼女は止まらない。
キラキラと何かを期待する目が今は恨めしい。
俺が動けずにいると、ベリーはひそひそと声を潜めて、
「さあ早く、私だって恥ずかしいんです。これじゃ共倒れになっちゃいます」
だったらやらなければいいと思うのだが……
出会ってほんの一週間。しかしこういう時彼女が決して引かないことくらいは知りえたので、俺はしぶしぶ首を曲げてクレープを口に含んだ。
「どうですか?」
「味なんて分かると思うか?」
「ふふっ」
仏頂面の俺が可笑しかったのかベリーは声に出して笑った。
これは分からせる必要があるなと、俺はベリーの手からクレープを奪った。
彼女の口から「あっ」と声が漏れたが知ったことか。さっきの意趣返し、クレープを手にして彼女の前に差し出した。
「さあベリー、あーんだ」
「っ!?」
ベリーは恥ずかしそうに周りを伺った。
釣られて俺も周りを見ると、熊と美女のカップルが珍しいのか、結構な人が足を止めて物珍しそうにこちらを見ていた。
その数や、普段は澄ましたベリーがすっかり赤面するほどには多かった。
「ほら共倒れなんだろう?」
「くぅ……」
ベリーは恥ずかしそうに頬を染めつつ、耳に掛かる髪を抑えながら殊更小さな口でクレープを食んだ。
「ちなみに味は?」
「もう! フィリベルトは意地悪です!」
目論見はどうやら成功。
これに懲りたら次からはやめて頂きたい。
夕刻になると食事を提供する店が多く入っている通りに向かった。
無論勝手に決めるつもりは毛頭ないから真っ先にベリーの希望を聞いた。すると、「いつも行くお店がいいですねー」と返ってきた。
いつも行く店と言われても、出会って一週間。夕食で店に入った回数は初日の一度きり。それをいつもと呼んで良いのか些か疑問だ。
少なくとも俺ならそう呼ばない。
となるとだ、以前からベリーが懇意にしていた店という事になるのだが、さも俺が知っているかのようにベリーが言うとは思えない。
うん、悩むより聞けだな。
「すまん。いつもとはどういう意味だろうか?」
「酒場でしたか? 私はフィリベルトがいつも行くようなお店に行ってみたいです」
なるほどそう言う意味であったか。
「いいかベリー。俺たちが通っていたような店は君が入れるような店じゃあない」
「酒場にドレスコードがあるとは知りませんでした。一体どのような服を着たら入れるのでしょうか?
それとも女子禁止……?」
ベリーは前半ははっきりと、後半は呟くように漏らした。
そういう考えが真っ先に上がるところだと伝えたい。
そもそも酒場とは酒に酔い自由気ままにワイワイと騒ぐ店だ。
もしもその中に悪酔いした客が一人でもいれば、店に似つかわしくない容姿を持つベリーに目を奪われきっと絡んでくるだろう。
どんな輩が来ようと護ってやるとは思っているが、俺の手は二本きり、もしもを考えれば連れていきたいとは思わない。
どうしても希望を叶えるならば、そうだな……
「あの、どうしたら酒場に入れますか?」
「貸し切りにして軍で包囲する」
「はい? 軍ですか?」
「いや何でもない」
いかんいかん。考えていたことが思わずポロっと漏れてしまった。
その後、何とかなだめ賺して連れてきたのは、ドレスコードまでは必要ないが、コースで料理を提供してくれる店だった。
初日に続いてまたもベリーには馴染みがある系統の店だったので少々不満顔だ。
だがすまん、『悪いが酒場は無理だぞ』とはまだ言えそうにない。
コース料理も最終盤。お茶と一緒に注文したデザートがやってきた。
ちなみに俺は甘い物には無頓着なので、ベリーが最後まで悩んでいたデザートの片方を注文した。
注文した際には、
「あのっ少しだけ食べさせてください!」と上目遣いでこちらを見てくるベリーがとても可愛らしかった。あの顔を見れただけでこれを注文した甲斐があったと思う。
さてまずは一口、フォークで少し切り口に運んだ。
その間ベリーはと言うと、自分のデザートはそっちのけで俺のフォークの動きをじっと凝視している。それこそ口に入るまでずっと……
どれだけ気にしてるんだ。
それとも約束を忘れて食べきってしまわないだろうかとでも思っているのだろうか?
まあいい。
俺は一口食べて十分堪能した。ベリーの作ってくれるお菓子と違って甘さ十二分。もし一皿食べようものなら胸やけを覚悟せねばなるまい。
俺はフォークを置いて皿をそのままベリーの方へずいと動かす。合わせて「全部食べていいぞ」と一言も忘れない。
「良いんですか!?」
なんだろう、今のが今日一番の笑顔だったような気がする。
その笑顔を引き出したのがデザートだと思うと悔しい。
いや贅沢は言うまい。そもそも俺などに笑顔をくれる女性などいなかったのだ。それを思えばデザートに負けたくらい何でもないじゃないか。
それにしても変われば変わるものだ。まさか俺がデザートに嫉妬する日が来るとは思わなかったぞ。
市場の中には同じような店が数多くある。
それぞれ値段や量、鮮度などに違いがあって、そう言う情報を知っておかないと、長い目で見るとかなり損をするらしい。
そのように熱く語られても、量ならまだしも、野菜や果物の良し悪しなど見ても分からんし、なんなら肉だって食べてみないと判断もつかん。
「うんさっぱり分からんな」
「例えばこれ、こちらは緑が綺麗でこっちは色が薄いじゃないですか」
「ほおキャベツだな、で、どっちがいいんだ?」
「いえレタスですけど……」
「むうすまん」
「いえ私が分かっていれば問題なしということが理解できましたわ」
ぐうの音も出なかった。
市場の奥の方は食材ではなく既製品を扱うお店が多く並んでいた。
焼いたパンは当たり前として、串に刺されて直火でぐるぐると回る豚やら鳥なんかもある。何ならパンを買い、隣で肉を切り売りして貰って即席のサンドウィッチにしてくれる共同店だってある。
その中でベリーの気を引いたのは、ひと際甘い匂いを振り撒いているクレープ屋だ。
薄く焼いた生地にいろいろなフルーツが乗り、さらに上からフルーツソースを掛ける。それを器用にくるくると三角に巻くと完成。
見惚れているのか、ほぉ~と少し半口を開けている様はいつもの澄ました表情に比べてちょっぴり幼く見える。
「食べるか?」
俺がそう聞くとベリーはアーモンド形の瞳は大きく見開いた。
「……いらないか?」
「いえっ食べたい、です!」
「おい一つ頼む」
味が何種類もあるようなので、代金を払ってベリーに場所を譲った。しかしベリーはなにが不満だったのか、「えっ一つですか」と問いかけてくる。
当然のようにそうしたのは訳があるが、確かに説明していなかったなと思い出す。
「俺は甘い物が得意じゃないんだよ」
「済みません、我儘を言ってしまいましたね」
先ほどの笑みはどこへやら、途端にシュンとするベリー。
「あっいや違う!?
決して興味がないわけじゃない。だから一口だけ食べさせてほしい」
「ふふっ分かりました」
何とか機嫌が直ってホッとしたのも束の間のこと、俺の目の前にはとても良い笑顔を見せたベリーがいた。
彼女の手には先ほど買ったクレープが、そのクレープはまっすぐ俺の方に向けられていて、彼女は声にこそ出していないが口の形で『あ~ん』と言っている。
「ぐっ」
ここは家の中に非ずただの路上、衆人環視の中でそれはとても恥ずかしい。
「さあどうぞ!」
しかし彼女は止まらない。
キラキラと何かを期待する目が今は恨めしい。
俺が動けずにいると、ベリーはひそひそと声を潜めて、
「さあ早く、私だって恥ずかしいんです。これじゃ共倒れになっちゃいます」
だったらやらなければいいと思うのだが……
出会ってほんの一週間。しかしこういう時彼女が決して引かないことくらいは知りえたので、俺はしぶしぶ首を曲げてクレープを口に含んだ。
「どうですか?」
「味なんて分かると思うか?」
「ふふっ」
仏頂面の俺が可笑しかったのかベリーは声に出して笑った。
これは分からせる必要があるなと、俺はベリーの手からクレープを奪った。
彼女の口から「あっ」と声が漏れたが知ったことか。さっきの意趣返し、クレープを手にして彼女の前に差し出した。
「さあベリー、あーんだ」
「っ!?」
ベリーは恥ずかしそうに周りを伺った。
釣られて俺も周りを見ると、熊と美女のカップルが珍しいのか、結構な人が足を止めて物珍しそうにこちらを見ていた。
その数や、普段は澄ましたベリーがすっかり赤面するほどには多かった。
「ほら共倒れなんだろう?」
「くぅ……」
ベリーは恥ずかしそうに頬を染めつつ、耳に掛かる髪を抑えながら殊更小さな口でクレープを食んだ。
「ちなみに味は?」
「もう! フィリベルトは意地悪です!」
目論見はどうやら成功。
これに懲りたら次からはやめて頂きたい。
夕刻になると食事を提供する店が多く入っている通りに向かった。
無論勝手に決めるつもりは毛頭ないから真っ先にベリーの希望を聞いた。すると、「いつも行くお店がいいですねー」と返ってきた。
いつも行く店と言われても、出会って一週間。夕食で店に入った回数は初日の一度きり。それをいつもと呼んで良いのか些か疑問だ。
少なくとも俺ならそう呼ばない。
となるとだ、以前からベリーが懇意にしていた店という事になるのだが、さも俺が知っているかのようにベリーが言うとは思えない。
うん、悩むより聞けだな。
「すまん。いつもとはどういう意味だろうか?」
「酒場でしたか? 私はフィリベルトがいつも行くようなお店に行ってみたいです」
なるほどそう言う意味であったか。
「いいかベリー。俺たちが通っていたような店は君が入れるような店じゃあない」
「酒場にドレスコードがあるとは知りませんでした。一体どのような服を着たら入れるのでしょうか?
それとも女子禁止……?」
ベリーは前半ははっきりと、後半は呟くように漏らした。
そういう考えが真っ先に上がるところだと伝えたい。
そもそも酒場とは酒に酔い自由気ままにワイワイと騒ぐ店だ。
もしもその中に悪酔いした客が一人でもいれば、店に似つかわしくない容姿を持つベリーに目を奪われきっと絡んでくるだろう。
どんな輩が来ようと護ってやるとは思っているが、俺の手は二本きり、もしもを考えれば連れていきたいとは思わない。
どうしても希望を叶えるならば、そうだな……
「あの、どうしたら酒場に入れますか?」
「貸し切りにして軍で包囲する」
「はい? 軍ですか?」
「いや何でもない」
いかんいかん。考えていたことが思わずポロっと漏れてしまった。
その後、何とかなだめ賺して連れてきたのは、ドレスコードまでは必要ないが、コースで料理を提供してくれる店だった。
初日に続いてまたもベリーには馴染みがある系統の店だったので少々不満顔だ。
だがすまん、『悪いが酒場は無理だぞ』とはまだ言えそうにない。
コース料理も最終盤。お茶と一緒に注文したデザートがやってきた。
ちなみに俺は甘い物には無頓着なので、ベリーが最後まで悩んでいたデザートの片方を注文した。
注文した際には、
「あのっ少しだけ食べさせてください!」と上目遣いでこちらを見てくるベリーがとても可愛らしかった。あの顔を見れただけでこれを注文した甲斐があったと思う。
さてまずは一口、フォークで少し切り口に運んだ。
その間ベリーはと言うと、自分のデザートはそっちのけで俺のフォークの動きをじっと凝視している。それこそ口に入るまでずっと……
どれだけ気にしてるんだ。
それとも約束を忘れて食べきってしまわないだろうかとでも思っているのだろうか?
まあいい。
俺は一口食べて十分堪能した。ベリーの作ってくれるお菓子と違って甘さ十二分。もし一皿食べようものなら胸やけを覚悟せねばなるまい。
俺はフォークを置いて皿をそのままベリーの方へずいと動かす。合わせて「全部食べていいぞ」と一言も忘れない。
「良いんですか!?」
なんだろう、今のが今日一番の笑顔だったような気がする。
その笑顔を引き出したのがデザートだと思うと悔しい。
いや贅沢は言うまい。そもそも俺などに笑顔をくれる女性などいなかったのだ。それを思えばデザートに負けたくらい何でもないじゃないか。
それにしても変われば変わるものだ。まさか俺がデザートに嫉妬する日が来るとは思わなかったぞ。
応援ありがとうございます!
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