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「では、生産ラインを稼働させます。ギルバート様、準備はよろしいですか?」
翌日。
屋敷の裏庭には、収穫されたばかりの山のような『ロイヤルミント』が積まれていた。
作業着(庭師から借りたツナギ)に身を包んだギルバートは、死んだ魚のような目でそこに立っていた。
「……一応聞くが、俺は国の筆頭魔術師だ。その俺が、なぜこんな格好で草の山と対峙している?」
「適材適所です。貴方の精密な魔力操作(コントロール)がなければ、この製品は完成しません。さあ、工程表通りにお願いします」
ルアーノはストップウォッチを片手に指示を飛ばす。
「まず第一工程。『瞬間冷凍(フラッシュ・フリーズ)』です。細胞を破壊せず、鮮度を保ったまま一瞬で凍らせてください。目標温度はマイナス40度!」
「注文が細かいな……。『氷結(フリーズ)』!」
パキィンッ!
ギルバートが軽く手をかざすと、積み上げられたミントの葉が一瞬にして白く凍りついた。
その美しさは芸術的ですらある。
「素晴らしい! 完璧な温度管理です。続いて第二工程、『微細粉砕(クラッシュ)』! 風魔法を使って、凍った葉を0.1ミリ以下の粒子に砕いてください。熱を持たせないよう、摩擦熱は冷却魔法で相殺しつつ行うこと!」
「……お前、魔法使いをなんだと思ってるんだ? 『風刃乱舞(ウィンド・シュレッダー)』!」
ヒュオオオオオ! ガガガガガッ!
目にも止まらぬ風の刃が、凍ったミントの山を切り刻む。
本来なら敵兵の鎧をも切り裂く凶悪な魔法が、今はただのハーブを粉にするために使われていた。
数秒後。
そこには、キラキラとダイヤモンドダストのように輝く、美しいエメラルドグリーンの粉末が出来上がっていた。
ルアーノは粉末を指で掬い、状態を確認する。
「……完璧です」
彼女は震える声で言った。
「手作業なら数日かけて乾燥させ、石臼で挽いてもここまでの細かさにはなりません。しかも、熱を加えていないので香りが完全に閉じ込められている……! ギルバート様、貴方は天才ですか!?」
「まあな。天才と呼ばれて久しいが、こんなことで褒められるのは初めてだ」
ギルバートは少し鼻高々だ。
しかし、ルアーノの次の言葉で現実に引き戻される。
「最高の『製粉機』が手に入りましたわ! さあ、次の山行きますよ! 在庫がある限り回し続けます!」
「俺は機械じゃないぞ!?」
***
数時間後。
屋敷のダイニングテーブルには、可愛らしい小瓶が数百個並んでいた。
中には、ギルバート製粉機(魔術師)によって作られた、超高品質な『ロイヤルミント・パウダー』が詰められている。
「原価計算をします」
ルアーノは電卓を叩く。
「原材料費、庭の雑草なのでゼロ。加工費、ギルバート様の魔力なので実質ゼロ(賄い飯代のみ)。容器代、屋敷の倉庫に眠っていたジャムの空き瓶を洗浄して使用したのでゼロ。……素晴らしい」
「……容器代くらいは出せよ」
ぐったりとソファに沈み込んでいるギルバートが突っ込む。
魔力枯渇はしていないが、精神的な疲労が激しいようだ。
「初期投資は抑えるのが鉄則です。さて、商品名は……そうですね。『公爵令嬢の目覚め(ノーブル・ウェイクアップ)』にしましょう」
「そのまんまだな」
「分かりやすさが重要です。効能は『眠気覚まし』と『集中力向上』、そして『美肌効果』。これを王都の市場価格よりも少し高めの設定で売り出します」
「高く売るのか? こんな田舎で?」
「安売りはブランド価値を下げます。それに、ターゲットは村人ではありません。この辺境を通る『行商人』や『旅の貴族』です」
ルアーノはニヤリと笑った。
「さあ、商品はできました。次は販売(セールス)です。ギルバート様、着替えてください」
「まさか……俺も行くのか?」
「当然です。最高の商品には、最高の『広告塔』が必要ですから」
***
領都にある小さな広場。
ルアーノたちは、屋台を一台借りて出店していた。
「いらっしゃいませー! 王都で話題(になる予定)の美容パウダーはいかがですかー!」
ルアーノの声が響く。
しかし、道行く人々は一瞥するだけで通り過ぎていく。
田舎町で謎の粉を売っている怪しい店、という認識なのだろう。
「……売れないな」
売り子として立たされているギルバートが呟く。
彼は今、普段の魔術師のローブではなく、執事が着るようなカチッとしたシャツとベスト姿だ。
ルアーノが見繕ったその姿は、長身で端正な顔立ちによく似合っているのだが……。
「ギルバート様、顔が怖いです。お客様を威嚇してどうするんですか」
「威嚇などしていない。これが素だ」
「眉間の皺を伸ばして。口角をあと5ミリ上げて。そして、通りかかる女性と目が合ったら、殺す気ではなく口説く気で見つめてください」
「無茶を言うな……!」
ギルバートが困惑していると、一台の馬車が広場の近くに止まった。
中から出てきたのは、派手な身なりの婦人と、その娘らしき若い女性だ。
どうやら旅の途中の貴族らしい。
「チャンスです。ギルバート様、あの二人を連れてきてください」
「俺が? どうやって?」
「『美しいお嬢さん、道に迷われたのですか?』とでも言っておけばいいんです。あとは顔採用でなんとかなります」
ギルバートは溜息をつき、覚悟を決めて歩き出した。
ぎこちない動きで二人に近づく。
「あー……そこの、美しい……ご婦人方」
婦人たちが振り返る。
目の前に現れたのは、国宝級の美貌を持つ黒髪の男。
ただし、その瞳はド緊張で据わっている。
「ひっ……!」
「ち、違います! 怪しい者ではありません! ただ、その……道に迷われたのかと……」
ギルバートが必死に取り繕う。
すると、若い娘の方が彼の顔を凝視し、頬を染めた。
「ま、まぁ……なんて素敵な殿方……! お母様、見て!」
「あらやだ。こんな辺境に、こんな男前がいるなんて」
作戦成功。
ギルバートの美貌は、コミュ障オーラをねじ伏せるほどの威力があったらしい。
二人はふらふらと吸い寄せられるように屋台へやってきた。
「いらっしゃいませ! お美しい奥様方にぴったりの商品がございますわ!」
ここからはルアーノの独壇場だ。
「こちらは当領地限定生産の『公爵令嬢の目覚め』です。朝、紅茶にひと匙入れるだけで、お肌のツヤが劇的に変わり、旦那様もイチコロ……という逸話があるとかないとか」
「まあ、本当?」
「ええ。何より、こちらの彼をご覧になって?」
ルアーノはギルバートを示す。
「彼は毎日これを摂取しております。見てください、この透き通るような肌、涼やかな瞳。この美貌の秘訣は、すべてこのミントパウダーにあるのです!」
「「買うわ!!」」
婦人たちの目が血走った。
即断即決。
効果の根拠はハチャメチャだが、目の前にいる『実物(ギルバート)』の説得力が強すぎた。
「おひとつ金貨1枚になります」
「安いものね! 5個いただくわ!」
「私もお友達のお土産に10個!」
チャリン、チャリン、チャリーン!
金貨が積み上がっていく。
それを見ていた周囲の人々も、「あの貴族が買うなら良いものに違いない」「あのイケメンが使っているなら」と集まり始めた。
あっという間に、屋台の前には長蛇の列ができた。
「はい、ありがとうございます! ギルバート様、商品のお渡しを! その際、少し手とか触れちゃってください!」
「……おい、俺はホストか何かか?」
文句を言いつつも、ギルバートは真面目に働く。
商品を渡すたびに、「ありがとう」と不器用に微笑むと、女性客たちが「キャーーーッ!」と黄色い悲鳴を上げて倒れそうになる。
「すごい……これが『氷の魔術師』の真の使い方……!」
ルアーノは確信した。
この男、戦場に置くより店頭に置いた方が、国家予算レベルの金を稼げるのではないか。
夕暮れ時。
用意した数百個の瓶は、完売していた。
「……疲れた」
屋敷への帰り道、ギルバートは魂が抜けたようになっていた。
だが、その手にはルアーノから渡された報酬――屋台で買った焼き串(一本)が握られている。
「お疲れ様でした。本日の売上、金貨500枚です! 原価ほぼゼロですから、粗利率100%のボロ儲けですわ!」
ルアーノはホクホク顔で売上袋を抱きしめている。
「……俺の労働対価が、この焼き串一本というのは、どういう計算なんだ?」
「あら、ご不満ですか? では特別ボーナスとして、夕食のデザートをつけましょう」
「……どんなデザートだ?」
「もちろん、『ロイヤルミントゼリー』です。売れ残りの試供品で作りました」
「結局ミントかよ!」
ギルバートはガクリと項垂れたが、その口元は微かに緩んでいた。
「……まあ、悪くはない一日だった」
「え?」
「客たちが喜んで帰っていく顔を見るのは、悪くない気分だと言ったんだ。戦場では、人が逃げ惑う顔しか見ないからな」
ぽつりと漏らされた本音。
ルアーノは少し驚いて彼を見た。
夕日に照らされた横顔は、いつもの冷徹な魔術師ではなく、ただの一人の青年のように見えた。
「……そうですか。それはよかったです」
ルアーノは微笑んだ。
「商売の基本はWin-Win(双方良し)ですからね。お客様もハッピー、私たちもハッピー。それが一番です」
「Win-Winか。……俺と君の関係も、そうありたいものだな」
「はい? 何か言いました?」
「……なんでもない。さあ、帰るぞ。腹が減った」
ギルバートはスタスタと歩き出した。
ルアーノは首を傾げつつ、慌ててその後を追う。
「待ってください、計算がまだ途中なんです! ええと、明日の増産計画ですが、目標は今日の倍の1000個です!」
「……撤回する。俺は全然ハッピーじゃない」
夜の街道に、二人の賑やかな声が響いていった。
辺境スローライフ(繁忙期)は、まだ始まったばかりである。
翌日。
屋敷の裏庭には、収穫されたばかりの山のような『ロイヤルミント』が積まれていた。
作業着(庭師から借りたツナギ)に身を包んだギルバートは、死んだ魚のような目でそこに立っていた。
「……一応聞くが、俺は国の筆頭魔術師だ。その俺が、なぜこんな格好で草の山と対峙している?」
「適材適所です。貴方の精密な魔力操作(コントロール)がなければ、この製品は完成しません。さあ、工程表通りにお願いします」
ルアーノはストップウォッチを片手に指示を飛ばす。
「まず第一工程。『瞬間冷凍(フラッシュ・フリーズ)』です。細胞を破壊せず、鮮度を保ったまま一瞬で凍らせてください。目標温度はマイナス40度!」
「注文が細かいな……。『氷結(フリーズ)』!」
パキィンッ!
ギルバートが軽く手をかざすと、積み上げられたミントの葉が一瞬にして白く凍りついた。
その美しさは芸術的ですらある。
「素晴らしい! 完璧な温度管理です。続いて第二工程、『微細粉砕(クラッシュ)』! 風魔法を使って、凍った葉を0.1ミリ以下の粒子に砕いてください。熱を持たせないよう、摩擦熱は冷却魔法で相殺しつつ行うこと!」
「……お前、魔法使いをなんだと思ってるんだ? 『風刃乱舞(ウィンド・シュレッダー)』!」
ヒュオオオオオ! ガガガガガッ!
目にも止まらぬ風の刃が、凍ったミントの山を切り刻む。
本来なら敵兵の鎧をも切り裂く凶悪な魔法が、今はただのハーブを粉にするために使われていた。
数秒後。
そこには、キラキラとダイヤモンドダストのように輝く、美しいエメラルドグリーンの粉末が出来上がっていた。
ルアーノは粉末を指で掬い、状態を確認する。
「……完璧です」
彼女は震える声で言った。
「手作業なら数日かけて乾燥させ、石臼で挽いてもここまでの細かさにはなりません。しかも、熱を加えていないので香りが完全に閉じ込められている……! ギルバート様、貴方は天才ですか!?」
「まあな。天才と呼ばれて久しいが、こんなことで褒められるのは初めてだ」
ギルバートは少し鼻高々だ。
しかし、ルアーノの次の言葉で現実に引き戻される。
「最高の『製粉機』が手に入りましたわ! さあ、次の山行きますよ! 在庫がある限り回し続けます!」
「俺は機械じゃないぞ!?」
***
数時間後。
屋敷のダイニングテーブルには、可愛らしい小瓶が数百個並んでいた。
中には、ギルバート製粉機(魔術師)によって作られた、超高品質な『ロイヤルミント・パウダー』が詰められている。
「原価計算をします」
ルアーノは電卓を叩く。
「原材料費、庭の雑草なのでゼロ。加工費、ギルバート様の魔力なので実質ゼロ(賄い飯代のみ)。容器代、屋敷の倉庫に眠っていたジャムの空き瓶を洗浄して使用したのでゼロ。……素晴らしい」
「……容器代くらいは出せよ」
ぐったりとソファに沈み込んでいるギルバートが突っ込む。
魔力枯渇はしていないが、精神的な疲労が激しいようだ。
「初期投資は抑えるのが鉄則です。さて、商品名は……そうですね。『公爵令嬢の目覚め(ノーブル・ウェイクアップ)』にしましょう」
「そのまんまだな」
「分かりやすさが重要です。効能は『眠気覚まし』と『集中力向上』、そして『美肌効果』。これを王都の市場価格よりも少し高めの設定で売り出します」
「高く売るのか? こんな田舎で?」
「安売りはブランド価値を下げます。それに、ターゲットは村人ではありません。この辺境を通る『行商人』や『旅の貴族』です」
ルアーノはニヤリと笑った。
「さあ、商品はできました。次は販売(セールス)です。ギルバート様、着替えてください」
「まさか……俺も行くのか?」
「当然です。最高の商品には、最高の『広告塔』が必要ですから」
***
領都にある小さな広場。
ルアーノたちは、屋台を一台借りて出店していた。
「いらっしゃいませー! 王都で話題(になる予定)の美容パウダーはいかがですかー!」
ルアーノの声が響く。
しかし、道行く人々は一瞥するだけで通り過ぎていく。
田舎町で謎の粉を売っている怪しい店、という認識なのだろう。
「……売れないな」
売り子として立たされているギルバートが呟く。
彼は今、普段の魔術師のローブではなく、執事が着るようなカチッとしたシャツとベスト姿だ。
ルアーノが見繕ったその姿は、長身で端正な顔立ちによく似合っているのだが……。
「ギルバート様、顔が怖いです。お客様を威嚇してどうするんですか」
「威嚇などしていない。これが素だ」
「眉間の皺を伸ばして。口角をあと5ミリ上げて。そして、通りかかる女性と目が合ったら、殺す気ではなく口説く気で見つめてください」
「無茶を言うな……!」
ギルバートが困惑していると、一台の馬車が広場の近くに止まった。
中から出てきたのは、派手な身なりの婦人と、その娘らしき若い女性だ。
どうやら旅の途中の貴族らしい。
「チャンスです。ギルバート様、あの二人を連れてきてください」
「俺が? どうやって?」
「『美しいお嬢さん、道に迷われたのですか?』とでも言っておけばいいんです。あとは顔採用でなんとかなります」
ギルバートは溜息をつき、覚悟を決めて歩き出した。
ぎこちない動きで二人に近づく。
「あー……そこの、美しい……ご婦人方」
婦人たちが振り返る。
目の前に現れたのは、国宝級の美貌を持つ黒髪の男。
ただし、その瞳はド緊張で据わっている。
「ひっ……!」
「ち、違います! 怪しい者ではありません! ただ、その……道に迷われたのかと……」
ギルバートが必死に取り繕う。
すると、若い娘の方が彼の顔を凝視し、頬を染めた。
「ま、まぁ……なんて素敵な殿方……! お母様、見て!」
「あらやだ。こんな辺境に、こんな男前がいるなんて」
作戦成功。
ギルバートの美貌は、コミュ障オーラをねじ伏せるほどの威力があったらしい。
二人はふらふらと吸い寄せられるように屋台へやってきた。
「いらっしゃいませ! お美しい奥様方にぴったりの商品がございますわ!」
ここからはルアーノの独壇場だ。
「こちらは当領地限定生産の『公爵令嬢の目覚め』です。朝、紅茶にひと匙入れるだけで、お肌のツヤが劇的に変わり、旦那様もイチコロ……という逸話があるとかないとか」
「まあ、本当?」
「ええ。何より、こちらの彼をご覧になって?」
ルアーノはギルバートを示す。
「彼は毎日これを摂取しております。見てください、この透き通るような肌、涼やかな瞳。この美貌の秘訣は、すべてこのミントパウダーにあるのです!」
「「買うわ!!」」
婦人たちの目が血走った。
即断即決。
効果の根拠はハチャメチャだが、目の前にいる『実物(ギルバート)』の説得力が強すぎた。
「おひとつ金貨1枚になります」
「安いものね! 5個いただくわ!」
「私もお友達のお土産に10個!」
チャリン、チャリン、チャリーン!
金貨が積み上がっていく。
それを見ていた周囲の人々も、「あの貴族が買うなら良いものに違いない」「あのイケメンが使っているなら」と集まり始めた。
あっという間に、屋台の前には長蛇の列ができた。
「はい、ありがとうございます! ギルバート様、商品のお渡しを! その際、少し手とか触れちゃってください!」
「……おい、俺はホストか何かか?」
文句を言いつつも、ギルバートは真面目に働く。
商品を渡すたびに、「ありがとう」と不器用に微笑むと、女性客たちが「キャーーーッ!」と黄色い悲鳴を上げて倒れそうになる。
「すごい……これが『氷の魔術師』の真の使い方……!」
ルアーノは確信した。
この男、戦場に置くより店頭に置いた方が、国家予算レベルの金を稼げるのではないか。
夕暮れ時。
用意した数百個の瓶は、完売していた。
「……疲れた」
屋敷への帰り道、ギルバートは魂が抜けたようになっていた。
だが、その手にはルアーノから渡された報酬――屋台で買った焼き串(一本)が握られている。
「お疲れ様でした。本日の売上、金貨500枚です! 原価ほぼゼロですから、粗利率100%のボロ儲けですわ!」
ルアーノはホクホク顔で売上袋を抱きしめている。
「……俺の労働対価が、この焼き串一本というのは、どういう計算なんだ?」
「あら、ご不満ですか? では特別ボーナスとして、夕食のデザートをつけましょう」
「……どんなデザートだ?」
「もちろん、『ロイヤルミントゼリー』です。売れ残りの試供品で作りました」
「結局ミントかよ!」
ギルバートはガクリと項垂れたが、その口元は微かに緩んでいた。
「……まあ、悪くはない一日だった」
「え?」
「客たちが喜んで帰っていく顔を見るのは、悪くない気分だと言ったんだ。戦場では、人が逃げ惑う顔しか見ないからな」
ぽつりと漏らされた本音。
ルアーノは少し驚いて彼を見た。
夕日に照らされた横顔は、いつもの冷徹な魔術師ではなく、ただの一人の青年のように見えた。
「……そうですか。それはよかったです」
ルアーノは微笑んだ。
「商売の基本はWin-Win(双方良し)ですからね。お客様もハッピー、私たちもハッピー。それが一番です」
「Win-Winか。……俺と君の関係も、そうありたいものだな」
「はい? 何か言いました?」
「……なんでもない。さあ、帰るぞ。腹が減った」
ギルバートはスタスタと歩き出した。
ルアーノは首を傾げつつ、慌ててその後を追う。
「待ってください、計算がまだ途中なんです! ええと、明日の増産計画ですが、目標は今日の倍の1000個です!」
「……撤回する。俺は全然ハッピーじゃない」
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辺境スローライフ(繁忙期)は、まだ始まったばかりである。
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