愛? 不要です。私が欲しいのは『慰謝料』と『商機』だけ!

桃瀬ももな

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「……それで、アレクセイは旅立ったか」

王城の謁見の間。
豪奢な玉座に沈み込むように座っている国王が、深い溜息をついた。

その目の前には、ルアーノとギルバート、そしてなぜかドーナツをモグモグしているミーナが並んでいる。

「はい、陛下。今朝一番の護送馬車で、北の『極寒鉱山』へ向かいました。向こう10年は戻れない計算です」

ルアーノが事務的に報告する。
国王はガックリと項垂れた。

「……うむ。自業自得とはいえ、我が息子ながら情けない。国を傾けかけた挙句、元婚約者に借金をして鉱山送りとは……」

「教育的指導(強制労働)が必要だと判断しました。彼には、『金の重み』と『労働の尊さ』を、ツルハシを通して学んでいただきます」

「……厳しいな。だが、感謝する。余が甘やかしたツケを、そなたが払ってくれたのだ」

国王はゆっくりと立ち上がり、玉座の階段を降りてきた。
そして、ルアーノの目の前まで来ると――。

ザッ。

何の躊躇もなく、その場に膝をつき、額を床に擦り付けた。

「!?」

周囲の近衛兵や大臣たちが息を呑む。
一国の王が、公爵令嬢に対して行う最上級の謝罪――土下座である。

「陛下! 顔をお上げください!」

「いや、上げん! ルアーノ嬢、本当にすまなかった! あのバカ息子の婚約破棄を止められず、そなたに多大なる迷惑をかけたこと、心より詫びる!」

王の震える声が響く。
彼は知っていたのだ。
ルアーノがいなくなってからの数週間、この国がどれほどボロボロになり、そして彼女が戻ってきた瞬間に、魔法のように全てが解決したことを。

「そなたは国の宝だ。余は、ダイヤの原石を捨てて、泥団子(アレクセイ)を拾ってしまった愚か者だ……!」

「……陛下。床が汚れます。クリーニング代を請求しますよ」

ルアーノは冷静に声をかけたが、王はさらに食い下がった。

「頼む、ルアーノ嬢! 戻ってきてくれ!」

王が顔を上げ、涙ながらに訴える。

「アレクセイは廃嫡する! 代わりに、まだ幼いが第二王子がいる! もしくは、余の養女となり、次期女王として即位しても構わん! 全権をそなたに委ねる! だから、王都に留まり、この国を導いてくれ!」

会場がざわめく。
女王即位の要請。
それは、野心ある者なら喉から手が出るほどのオファーだ。
絶対的な権力、富、名誉。
全てが手に入る。

大臣たちも期待の眼差しを向ける。
「彼女なら……」「この才女なら、国を立て直せる……!」

しかし。

ルアーノは懐から電卓を取り出し、パチパチと弾き始めた。

「……女王即位。権限は絶大ですが、それに伴う公務の量は現在(社長業)の約50倍。王族特有の面倒な儀式、外交、派閥争いの調整……。さらに、王宮の維持費は年々増大傾向にあり、財政再建には最低でも20年の緊縮財政が必要です」

カタターンッ!

ルアーノは計算を終え、冷徹に告げた。

「却下(リジェクト)です」

「なっ……!?」

「投資対効果(ROI)が悪すぎます。激務薄給、プライベートなし、責任無限大。そんな『ブラック国家運営』を引き受けるメリットが、私には1ミリもありません」

「そ、そんな……! 国のためだぞ!? 名誉だぞ!?」

「名誉でパンは買えません。それに、私はすでに『辺境』という最高の市場(ブルーオーシャン)を見つけました」

ルアーノは瞳を輝かせた。

「あそこには可能性があります。未開拓の資源、新しい産業、そして何より自由があります。私は王座という鳥籠よりも、荒野の開拓者でありたいのです」

「……ぐぬぬ」

国王は言葉に詰まった。
正論すぎて反論できない。

すると、今まで黙っていたギルバートが一歩前に出た。

「それに、陛下。お忘れではないですか?」

「ギ、ギルバート卿……」

「彼女はすでに、俺と『独占契約』を結ぶ予定だ。王家といえど、横槍を入れるなら……この城ごと氷河期に沈めますよ?」

ギルバートの背後に、巨大な氷龍の幻影が揺らめく。
「国を取るか、命を取るか」という究極の二択を迫る魔王の顔だ。

「ひぃっ! わ、わかった! 諦める! 諦めるから魔力を収めてくれ!」

国王は涙目で降参した。
物理的にも論理的にも、勝てる相手ではなかった。

「……ですが、陛下。完全に縁を切るわけではありません」

ルアーノが助け舟を出した。

「私は辺境に戻りますが、商会としての取引は継続します。王都への物資供給、および定期的な経営コンサルティング(有料)は行いますのでご安心を」

「ほ、本当か!?」

「ええ。ただし」

ルアーノは分厚い請求書の束を差し出した。

「今回の騒動解決にかかった費用、および今後の顧問契約料です。……お支払いは分割でも構いませんが、利子は法定上限ギリギリで設定させていただきます」

国王は請求書の金額を見て、白目を剥きそうになった。
だが、国が滅ぶよりはマシだ。

「……承知した。払おう。王家の財産を切り崩してでも払う」

「毎度あり。契約成立ですね」

ルアーノはニッコリと笑い、王の手を握った(握手というより、契約完了の儀式として)。

「では、長居は無用です。工場の稼働が心配ですので、これにて失礼いたします」

ルアーノは颯爽と踵を返した。
用が済めば即撤収。
その潔さに、逆に大臣たちから感嘆のため息が漏れる。

「あ、待ってくださいお姉様!」

ミーナが慌ててドーナツを飲み込み、国王に向き直った。

「陛下! 私からもお願いがあります!」

「な、なんだ? 男爵令嬢」

「私、王都の店を畳んで、辺境に移住します!」

「えっ」

「王都は窮屈だし、ドレスの流行とか面倒くさいし。……辺境の方が、私のドーナツを心から待っててくれる人がいっぱいいるの! だから、私もついていきます!」

ミーナの爆弾発言。
アレクセイの元浮気相手が、元婚約者を追いかけて辺境へ行く。
常識では考えられない展開だが、今の彼女の顔は、かつての「守られたい令嬢」ではなく、「自分の足で立つ料理人」の顔だった。

「……好きにするがよい。もはや余に止める権利はない」

国王は力なく手を振った。
若者たちは、もう古い権威になど縛られていないのだ。

「やったぁ! お姉様、私も馬車に乗せてって!」

「乗車賃は働いて返してもらいますよ」

「ちぇーっ、ケチ!」

ルアーノ、ギルバート、そしてミーナ。
三人は堂々と謁見の間を後にした。

***

城を出て、迎えの馬車に乗り込む前。
ルアーノは一度だけ振り返り、王城を見上げた。

「……ルアーノ。未練か?」

ギルバートが問う。

「いいえ。ただの『確認』です」

ルアーノは眩しそうに目を細めた。

「あの城には、私が幼い頃から積み上げてきた努力と時間が詰まっています。……それを『損切り』してでも選んだ道が、正しかったかどうか」

「正しかったさ」

ギルバートが断言する。

「少なくとも俺は、玉座でふんぞり返る女王陛下より、工場で煤まみれになって電卓を叩く君の方が、100倍魅力的だと思うぞ」

「……貴方の審美眼は、やはり少し壊れているようですね」

ルアーノは苦笑したが、その頬は少し紅潮していた。

「さあ、帰りましょう。私たちの『フロンティア』へ」

「ああ。……ちなみに、帰りの馬車代だが」

「もちろん、王家に請求済みです。最高級の特別便を手配させました」

「……さすがだ」

用意されたのは、王家所有の豪華客車(クッションふかふか、軽食付き)だった。
三人を乗せた馬車は、荒野を切り裂くように走り出す。

背後には、過去の栄光と面倒なしがらみ。
前方には、無限の荒野と、莫大なビジネスチャンス。
そして、隣には最強のパートナー。

ルアーノの新しい人生(第二章)が、今まさに本格稼働しようとしていた。

(待ってなさい、辺境。今度こそ、誰にも邪魔されない最強の経済圏(エコシステム)を作ってあげるわ!)

ルアーノの瞳の中で、野心の炎がメラメラと燃え上がっていた。
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