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「……ふぅ。タフな交渉でしたね」
隣国との国境にある交易都市・ザリア。
その一角にある高級宿のバルコニーで、ルアーノは夜風に当たりながらグラスを傾けていた。
今日一日、彼女は戦場(商談の場)にいた。
相手はこの街の商業ギルドを取り仕切る、頑固な古狸(ギルド長)だ。
最初は「女子供に何ができる」と門前払いされそうになったが、ルアーノは諦めなかった。
『火竜ボイラー』の技術提供と、辺境特産『ヒート・モス(アレクセイ採取)』の独占販売権をチラつかせ、さらにギルバートが無言で放つ「冷気(圧力)」をバックに、3時間に及ぶ舌戦を展開。
結果、見事に有利な条件で契約を勝ち取ったのだ。
「だが、上手くいったな。あのギルド長が最後には『参りました』と土下座せんばかりだった」
隣で同じくグラスを持つギルバートが、愉快そうに笑う。
「ええ。こちらの要求は全て通しました。向こう10年、関税は撤廃。物流ルートの確保も完了。……計算上、年間で金貨1万枚の利益増が見込めます」
ルアーノは満足げに手帳に数字を書き込む。
完璧だ。
計画通り、いや、それ以上の成果だ。
「……君は、本当に凄いな」
不意に、ギルバートが真面目なトーンで言った。
「え?」
「俺はただ、後ろで威圧していただけだ。実際に彼らを納得させ、動かしたのは君の言葉と、君が作り上げた実績だ。……俺の妻は、世界一の交渉人だよ」
ギルバートの瞳が、月明かりを反射して優しく輝く。
そのストレートな称賛に、ルアーノの手が止まった。
「……お、お世辞は結構です。貴方の『威圧(プレゼンス)』という資産があったからこその勝利です」
「お世辞じゃない。本心だ」
ギルバートがグラスを置き、ルアーノの手を包み込むように握った。
ひんやりとした、けれど心地よい温度。
「ルアーノ。俺はずっと考えていたんだ」
「何をです?」
「俺と君の『釣り合い』についてだ」
ギルバートは自嘲気味に笑った。
「俺は魔術しか能がない。戦場では役に立つが、平和な世の中ではただの『危険物』だ。対して君は、何もない荒野から富を生み出し、人を動かし、国さえも救った。……俺なんかが、君の隣にいていいのかとな」
「……は?」
ルアーノは目を丸くした。
何を言っているんだ、この男は。
国宝級のイケメンで、最強の魔力持ちで、しかも自分にベタ惚れの男が、自己評価が低すぎる。
「……バカなのですか?」
「えっ」
「いいえ、バカですね。計算能力が欠如しています」
ルアーノは呆れたように溜息をつき、そして彼に向き直った。
電卓を取り出し、パチパチと叩く。
「いいですか、ギルバート様。再計算(リカリキュレーション)しますので、よく聞いてください」
ルアーノは夜空に指を突き立てた。
「まず、貴方の『魔力』。これは我が商会のインフラ(ボイラー・冷蔵庫・輸送)を支える根幹技術であり、他社には真似できない参入障壁です。資産価値、無限大」
「む、無限大……」
「次に、貴方の『武力』。貴方がいるだけで、盗賊も、詐欺師も、そして面倒な元婚約者も寄ってきません。最強のセキュリティ・システムです。警備コスト削減効果、年間金貨数千枚」
「セキュリティ扱いか……」
「そして何より」
ルアーノは言葉を切り、少しだけ視線を逸らした。
頬が熱い。
だが、経営者として、そして妻として、正確な査定(きもち)を伝えなければならない。
「……私の『精神安定(メンタルケア)』への貢献度です」
「精神安定?」
「はい。私は常に数字と戦っています。プレッシャーもありますし、孤独を感じることもありました。……ですが」
ルアーノは再び彼を見つめた。
「貴方が隣にいると、不思議と焦りが消えるんです。失敗しても、貴方がいれば何とかなると思える。……この安心感は、どんな高級な保険商品でも買えません」
「ルアーノ……」
「つまり! 総合的に判断して、貴方は私にとって『メリットの塊』であり、『手放すことのできない最重要資産』なのです! 釣り合いが取れないどころか、私の方が得をしている計算になります!」
一気にまくし立てたルアーノは、肩で息をした。
言い切った。
論理的(?)に、愛を伝えたつもりだ。
ギルバートはぽかんとしていたが、やがて噴き出し、声を上げて笑った。
「ハハハッ! そうか、俺はメリットの塊か! こんなに嬉しい殺し文句は初めて聞いたよ」
「わ、笑わないでください! 私は真剣に……」
「ああ、分かっている。ありがとう」
ギルバートはルアーノを引き寄せ、その背中に腕を回した。
「俺の方こそ、計算違いをしていたようだ。……君といれば、俺の人生は黒字どころか、幸せのインフレが起きっぱなしだ」
「インフレは経済によくありませんが……まあ、許容範囲です」
ルアーノは彼の胸に顔を埋めた。
心臓の音が聞こえる。
規則正しく、力強い音。
それはどんな精巧な時計よりも、ルアーノを安心させてくれるリズムだ。
「……ギルバート様」
「ん?」
「結論が出ました」
ルアーノは顔を上げ、彼の瞳を見つめて宣言した。
「今回の『結婚』というプロジェクト。……大成功(サクセス)です」
「気が早いな。まだ始まったばかりだぞ?」
「初期投資の回収は完了しました。ここからは、利益を積み上げるフェーズです」
ルアーノはニッと笑った。
悪役令嬢らしい、不敵で、そして最高に幸せそうな笑み。
「覚悟してくださいね、パートナー。これからは『愛』も『金』も、両方欲張りに稼いでいきますから。……私についてこられますか?」
ギルバートは愛おしそうに彼女の髪を撫で、答えた。
「愚問だな。……地の果てまでも、君の計算通りに動いてやるさ」
二人の影が月明かりの下で一つになる。
夜風が、新しい門出を祝福するように優しく吹き抜けた。
手帳の最後のページに、ルアーノは小さく書き込んだ。
『本日の収支:プライスレス』と。
数字では表せない価値を知った彼女は、もはや無敵だった。
翌朝。
二人は新たな商機を求めて、次の街へと出発した。
馬車の荷台には、夢と希望と、そして大量の契約書が積まれている。
最強夫婦の快進撃は、まだまだ止まらない。
隣国との国境にある交易都市・ザリア。
その一角にある高級宿のバルコニーで、ルアーノは夜風に当たりながらグラスを傾けていた。
今日一日、彼女は戦場(商談の場)にいた。
相手はこの街の商業ギルドを取り仕切る、頑固な古狸(ギルド長)だ。
最初は「女子供に何ができる」と門前払いされそうになったが、ルアーノは諦めなかった。
『火竜ボイラー』の技術提供と、辺境特産『ヒート・モス(アレクセイ採取)』の独占販売権をチラつかせ、さらにギルバートが無言で放つ「冷気(圧力)」をバックに、3時間に及ぶ舌戦を展開。
結果、見事に有利な条件で契約を勝ち取ったのだ。
「だが、上手くいったな。あのギルド長が最後には『参りました』と土下座せんばかりだった」
隣で同じくグラスを持つギルバートが、愉快そうに笑う。
「ええ。こちらの要求は全て通しました。向こう10年、関税は撤廃。物流ルートの確保も完了。……計算上、年間で金貨1万枚の利益増が見込めます」
ルアーノは満足げに手帳に数字を書き込む。
完璧だ。
計画通り、いや、それ以上の成果だ。
「……君は、本当に凄いな」
不意に、ギルバートが真面目なトーンで言った。
「え?」
「俺はただ、後ろで威圧していただけだ。実際に彼らを納得させ、動かしたのは君の言葉と、君が作り上げた実績だ。……俺の妻は、世界一の交渉人だよ」
ギルバートの瞳が、月明かりを反射して優しく輝く。
そのストレートな称賛に、ルアーノの手が止まった。
「……お、お世辞は結構です。貴方の『威圧(プレゼンス)』という資産があったからこその勝利です」
「お世辞じゃない。本心だ」
ギルバートがグラスを置き、ルアーノの手を包み込むように握った。
ひんやりとした、けれど心地よい温度。
「ルアーノ。俺はずっと考えていたんだ」
「何をです?」
「俺と君の『釣り合い』についてだ」
ギルバートは自嘲気味に笑った。
「俺は魔術しか能がない。戦場では役に立つが、平和な世の中ではただの『危険物』だ。対して君は、何もない荒野から富を生み出し、人を動かし、国さえも救った。……俺なんかが、君の隣にいていいのかとな」
「……は?」
ルアーノは目を丸くした。
何を言っているんだ、この男は。
国宝級のイケメンで、最強の魔力持ちで、しかも自分にベタ惚れの男が、自己評価が低すぎる。
「……バカなのですか?」
「えっ」
「いいえ、バカですね。計算能力が欠如しています」
ルアーノは呆れたように溜息をつき、そして彼に向き直った。
電卓を取り出し、パチパチと叩く。
「いいですか、ギルバート様。再計算(リカリキュレーション)しますので、よく聞いてください」
ルアーノは夜空に指を突き立てた。
「まず、貴方の『魔力』。これは我が商会のインフラ(ボイラー・冷蔵庫・輸送)を支える根幹技術であり、他社には真似できない参入障壁です。資産価値、無限大」
「む、無限大……」
「次に、貴方の『武力』。貴方がいるだけで、盗賊も、詐欺師も、そして面倒な元婚約者も寄ってきません。最強のセキュリティ・システムです。警備コスト削減効果、年間金貨数千枚」
「セキュリティ扱いか……」
「そして何より」
ルアーノは言葉を切り、少しだけ視線を逸らした。
頬が熱い。
だが、経営者として、そして妻として、正確な査定(きもち)を伝えなければならない。
「……私の『精神安定(メンタルケア)』への貢献度です」
「精神安定?」
「はい。私は常に数字と戦っています。プレッシャーもありますし、孤独を感じることもありました。……ですが」
ルアーノは再び彼を見つめた。
「貴方が隣にいると、不思議と焦りが消えるんです。失敗しても、貴方がいれば何とかなると思える。……この安心感は、どんな高級な保険商品でも買えません」
「ルアーノ……」
「つまり! 総合的に判断して、貴方は私にとって『メリットの塊』であり、『手放すことのできない最重要資産』なのです! 釣り合いが取れないどころか、私の方が得をしている計算になります!」
一気にまくし立てたルアーノは、肩で息をした。
言い切った。
論理的(?)に、愛を伝えたつもりだ。
ギルバートはぽかんとしていたが、やがて噴き出し、声を上げて笑った。
「ハハハッ! そうか、俺はメリットの塊か! こんなに嬉しい殺し文句は初めて聞いたよ」
「わ、笑わないでください! 私は真剣に……」
「ああ、分かっている。ありがとう」
ギルバートはルアーノを引き寄せ、その背中に腕を回した。
「俺の方こそ、計算違いをしていたようだ。……君といれば、俺の人生は黒字どころか、幸せのインフレが起きっぱなしだ」
「インフレは経済によくありませんが……まあ、許容範囲です」
ルアーノは彼の胸に顔を埋めた。
心臓の音が聞こえる。
規則正しく、力強い音。
それはどんな精巧な時計よりも、ルアーノを安心させてくれるリズムだ。
「……ギルバート様」
「ん?」
「結論が出ました」
ルアーノは顔を上げ、彼の瞳を見つめて宣言した。
「今回の『結婚』というプロジェクト。……大成功(サクセス)です」
「気が早いな。まだ始まったばかりだぞ?」
「初期投資の回収は完了しました。ここからは、利益を積み上げるフェーズです」
ルアーノはニッと笑った。
悪役令嬢らしい、不敵で、そして最高に幸せそうな笑み。
「覚悟してくださいね、パートナー。これからは『愛』も『金』も、両方欲張りに稼いでいきますから。……私についてこられますか?」
ギルバートは愛おしそうに彼女の髪を撫で、答えた。
「愚問だな。……地の果てまでも、君の計算通りに動いてやるさ」
二人の影が月明かりの下で一つになる。
夜風が、新しい門出を祝福するように優しく吹き抜けた。
手帳の最後のページに、ルアーノは小さく書き込んだ。
『本日の収支:プライスレス』と。
数字では表せない価値を知った彼女は、もはや無敵だった。
翌朝。
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