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「だいぶ遠くにきたわね」

 旅路としては四分の一に到着したくらいか。
 屋敷にいる時よりも、ちゃんとした食事を食べることができているので前よりもふっくらとした気がする。
 そのせいで、服が入らなくなってきて、古着屋で慌てて買い替えた。
 近来稀に見るほどに私は絶好調だ。

「やっぱりちゃんと食事をとるって大切ね」

 私はしみじみとそんなことを思った。
 今の私はシズリー領まで走れるくらい気持ちとしては元気だ。
 それができないので、馬車の窓から景色を見て走っているような気分になっていた。

「おばあちゃん。ついたよ」

 御者に声をかけられて、私は馬車から降りた。
 ありがたい事に、優しさのバトンは続いており、いまだに私は親切にしてもらっていた。
 今回の御者の青年はおばあちゃん子らしく、口調も優しくて親切だ。

「はい。ありがとうございます」

 私が感謝の気持ちと運賃をきっちりと支払うと青年は、なんだか言いにくそうに口を開いた。

「……あんた、貴族だろう?」

「えっと、はい。そうです」

 身なりですぐにわかると思ったので、古着を着ていたが、立ち振る舞いですぐにわかると言われてしまった。
 見た目を変えるのは簡単だが、身についた物を変えるのはなかなか難しい。
 青年は、私が貴族だからといって媚を売るような態度をとるわけでもなく、なぜか涙ぐんでいた。

「色々と辛いことがあったんだろうなぁ。きっと良いことがあるよ」

 行く先々で同じことを言われるのだが、私はよほど思い詰めたように見えるのか。
 屋敷にいた時は誰かに優しくされる事なんて絶対にないと思っていた。
 もっと、よそに目を向けるべきだった。
 返ってこない愛情を求めていても無駄だった。
 私は、無駄だと諦めるよりも自分から動くべきだったのだ。
 たくさんの人から好意を受け取っている事へのありがたさと、老婆だと騙している事への申し訳なさを感じる。

「ありがとうございます。素敵な人たちと出逢えてこんなにもいい事なんてないです」

 だから、感謝の気持ちだけは本心から言いたかった。

「見つけた!」

 鼓膜を破らんばかりの大きな声と共に、黒い巨大な物体。あるいは生き物が私に向かって飛びついてきた。
 突然、身体が宙に浮き、その驚きで私は目を白黒とさせる。

「えっ、あっ。何が起きてるの!?」

 私に飛びついてきた黒い生き物に、抱き上げられているのだと気がつく。
 いや、黒い生き物ではなく背の高い男性のようだ。

「やっと見つけた……。ずっと、ずっと会いたかった」

 男性はまた大きな声で言いながら、私のことをぎゅうっと抱きしめた。
 たぶん、かなり手加減をしてくれていると思う。
 見るからに力の強そうな彼に本気で抱きしめられたら、私の全身の骨は複雑骨折しているはずだ。
 しかも、よく見ると青年の顔立ちはよく整っている。
 夜の闇のような漆黒の髪の毛に、ルビーのような赤い瞳はあまり見ない。
 まるで彫刻のように端正な顔立ちに私は驚きを加速させる。
 この人は誰だろう。
 
「えっと、あの」

 誰なのか、人違いだ。何がどうなっているのか。
 色々と言いたいことがあるけれど、「あの、その」しか言葉が出ない。
 真っ先に反応したのは御者の方だった。
 
「あ、アンタこのおばあちゃんの何者だ!」

「私は、ナイジェルだ」

 青年は自分の名前を名乗った。
 それは、もう、とても怪しかった。





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