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喧噪の当事者
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12月25日はまだ続いていた。夜が更けてきて、とっくに翌日を迎えるはずだった。なのに日付は25日のままだった。カレンダーを見ても、電子時計のデジタル表示を見ても、自分や隣人の腕時計を見ても、まだ25日だった。
僕はたくさんの人に囲まれていた。みな、どのように声をかければいいのか分からない、といった具合なのだろう。一応社会的にそれなりの立場があった人間である。だからこそ、横柄な態度をとることが出来ないというのはなんとなく頷ける。かといって、重大な犯罪を犯した人間に正義を振りかざすのが彼らにとって一番大切な仕事であり、そこに個人的な感情や畏敬の念が入り込んでしまうと、お互い自由に行動出来ず時間が止まってしまうのだ。
そういえば・・・僕はやっと思い出した。今すぐにしたいこと・・・緊張がほぐれてトイレに行きたくなったのだ。コーヒーをそこそこ飲んでいたので尿意を催すのはある程度当然の結果であった。
「あのお・・・トイレに行きたいんですけど・・・」
沈黙が破られた。僕を取り囲む大人たちは、僕が今何を言ったのか、よく分からないようだった。トイレに行くなんて小学生でも分かるレベルの話だが、高度に緊張しきっているこの場において、こうした発言は途端に爆発してしまうのだ。だが、段々と意味に気づき始めて、最終的には、
「こちらです・・・」
と、丁寧に案内された。犯罪者に敬語とは随分時代が変化したようだ。刑事ドラマの見過ぎなのか、こんな発言をしたらいきなり投げ飛ばされてもおかしくない印象を受けるのだった。
「ああ、丁寧にありがとうございます・・・」
僕は案内してくれた人に会釈をした。彼も僕に会釈をした。僕がトイレに逃げ込んだ瞬間、あの大人たちがどんな話し合いをするのか、非常に興味があった。人を助ける立場にある人間が人を殺そうとした・・・彼らに僕の刑罰を決める権限はないが、それなりの重罪を予想するのではなかろうか。
色々考えを巡らしたせいか、尿はほとんど出なかった。一度大人たちの前に戻って、再びトイレに行きたいと言ったら、さすがにその時は、「バカにしているのか!!!」と怒られてしまうのではないか、と思った。でもまあ、出ないものは仕方がない。人間は基本的には欲望に忠実であるわけなので。
長い25日がようやく終わるか終わらないかの瀬戸際・・・午後の11時を超えたあたりで本格的な聴取が開始となった。正直に全てを話すつもりだった。だって・・・こんなところで今更嘘をついても何にもならないでしょう。覚悟は最初から出来ている。神様をやめること・・・真人間に戻って罪(?)を償うこと。いや、個人的には非常に微妙ではある。でも、何かきっかけがあればそれでいい。今回の事件はそのきっかけになればいいと思った。
「それでは・・・お名前から教えてください。その後に生年月日と・・・」
型どおりの質問から始まった・・・名前、親が授けた名前なんてもう忘れた。僕は・・・名前を思い出すことが出来ない。誰かが君の名前は****と教えてくれるから、僕はそれに従って名前を言うなり記すだけなのだ。
「そうですか。それはお辛いですねえ・・・」
お辛い・・・とは?人の主観に入り込むのはいかがなものだろうか。いや・・・まあ、そうなのか。自分の名前を思い出せない人間って、やっぱり哀れなのか。そんなことを言われても・・・正直仕方がないよね。
「それでは・・・改めまして聴取を始めます・・・」
まずは僕が犯したであろう犯罪の内容から話が始まった。
「あなたはその立場を利用して一人の女児を殺害しようとした・・・相違ありませんか?」
「殺害しようとした・・・ええ、結論から言えばそういうことになりますね。最も、僕は飛鳥・・・失礼、彼女が死にたいと言っていたから、それを助けようとしただけのことなんですがね・・・」
大人たちはこの時点で、やはり僕のことをおかしな人間と思っているに違いなかった。立場のある人間が犯罪を犯してはならない・・・興味本位だとしても、理性で上手い具合にコントロール出来るはず・・・それが出来ないのは単なるおバカさんなのだから。
「でも、彼女は最終的に死ぬことを躊躇った・・・だから、彼女は大声で助けを求めた。結果として僕は彼女に危害を与えていない・・・あなたたちが僕を犯罪者にしたい気持ちは分かりますが・・・」
言葉が詰まった。大人たちは不思議と憐れんでいるようだった。今更か、とつい思ってしまった。
「彼女は死にたがっていた・・・それを止める権利が僕たち大人にあることは分かっている。でも、本当にそれが正しいことなのか・・・ついつい考えてしまいます。世間的には正しいことなんだけど・・・僕はあの時そう判断することが出来なかった。似ている・・・そう思ったんですよ、彼女を見ているとね・・・」
質問というよりも、僕が一方的に話を進めていく流れになった。
「僕だって、今まで何回も死にたいと思うことがありました。それを止めるのが愛情に満ち溢れた家族だったら、物語としては非常に感動的です。まあ、そこが僕と彼女の大きな違いなのでしょうね。彼女は家族に愛されている・・・自殺未遂をしたと聞いてすぐさま飛んでくる家族・・・ああ、もはや羨ましいなんて感情も置き去りになっているようですね。あれは偽善だ・・・家族が死にかけたら、例え自分が他に熱中していることがあったとしても、手を止めてすぐ現場に向かわなければならない・・・社会は最初から定義してしまうでしょう。こういうのは当たり前だって。でもね、自殺するような娘に育ててしまった母親は、本心からその娘を救いたいと思うのか・・・僕には疑問でなりません。泣ける話・・・ええ、それは物語だけの世界でしょう?」
主導権がすっかり変わったよう・・・いや、最初から僕が勝手に話す場所だった。
「形だけは愛を見せる・・・でも、自殺される、あるいは未遂のせいでその家族は様々なレッテル攻撃を受ける。嫌ですよね、そんなことは普通許せない。ええ、どちらかと言えば怨むかもしれない。やっぱり根拠なんてないですけどね・・・」
「なるほど・・・随分と複雑な思想をお持ちのようで・・・」
別に複雑な思想ではない・・・大人にはかえって複雑なのか?僕も一応大人のつもりなんだけど。
「ひょっとして、これは誰かの差し金ですか???」
差し金とすれば、心当たりは一人しかいないわけなのだが・・・。
「ええ?それはどういったことでしょうか?」
明らかに動揺しているように見える・・・怪しかった。でも、それもやはりどうでもいい話なのだ。
僕の勝手な演説は続く・・・大人たちの一部は眠っていた。眠たい話・・・まあ、そういうわけなんだろう。一応なるべく簡潔に説明を行っているつもりだったのだが・・・。
12月25日・・・26回目は怒涛の1日であった。まあ、こんな日もあるか・・・いや、あり得ない。人の命を救ってもてはやされて、今は犯罪者として社会の隅っこに監禁されているのだから。こうなるのも既にプログラムされているのだったら・・・諦めるしかなかった。ようやく終わった・・・本当に長い1日だった。
僕はたくさんの人に囲まれていた。みな、どのように声をかければいいのか分からない、といった具合なのだろう。一応社会的にそれなりの立場があった人間である。だからこそ、横柄な態度をとることが出来ないというのはなんとなく頷ける。かといって、重大な犯罪を犯した人間に正義を振りかざすのが彼らにとって一番大切な仕事であり、そこに個人的な感情や畏敬の念が入り込んでしまうと、お互い自由に行動出来ず時間が止まってしまうのだ。
そういえば・・・僕はやっと思い出した。今すぐにしたいこと・・・緊張がほぐれてトイレに行きたくなったのだ。コーヒーをそこそこ飲んでいたので尿意を催すのはある程度当然の結果であった。
「あのお・・・トイレに行きたいんですけど・・・」
沈黙が破られた。僕を取り囲む大人たちは、僕が今何を言ったのか、よく分からないようだった。トイレに行くなんて小学生でも分かるレベルの話だが、高度に緊張しきっているこの場において、こうした発言は途端に爆発してしまうのだ。だが、段々と意味に気づき始めて、最終的には、
「こちらです・・・」
と、丁寧に案内された。犯罪者に敬語とは随分時代が変化したようだ。刑事ドラマの見過ぎなのか、こんな発言をしたらいきなり投げ飛ばされてもおかしくない印象を受けるのだった。
「ああ、丁寧にありがとうございます・・・」
僕は案内してくれた人に会釈をした。彼も僕に会釈をした。僕がトイレに逃げ込んだ瞬間、あの大人たちがどんな話し合いをするのか、非常に興味があった。人を助ける立場にある人間が人を殺そうとした・・・彼らに僕の刑罰を決める権限はないが、それなりの重罪を予想するのではなかろうか。
色々考えを巡らしたせいか、尿はほとんど出なかった。一度大人たちの前に戻って、再びトイレに行きたいと言ったら、さすがにその時は、「バカにしているのか!!!」と怒られてしまうのではないか、と思った。でもまあ、出ないものは仕方がない。人間は基本的には欲望に忠実であるわけなので。
長い25日がようやく終わるか終わらないかの瀬戸際・・・午後の11時を超えたあたりで本格的な聴取が開始となった。正直に全てを話すつもりだった。だって・・・こんなところで今更嘘をついても何にもならないでしょう。覚悟は最初から出来ている。神様をやめること・・・真人間に戻って罪(?)を償うこと。いや、個人的には非常に微妙ではある。でも、何かきっかけがあればそれでいい。今回の事件はそのきっかけになればいいと思った。
「それでは・・・お名前から教えてください。その後に生年月日と・・・」
型どおりの質問から始まった・・・名前、親が授けた名前なんてもう忘れた。僕は・・・名前を思い出すことが出来ない。誰かが君の名前は****と教えてくれるから、僕はそれに従って名前を言うなり記すだけなのだ。
「そうですか。それはお辛いですねえ・・・」
お辛い・・・とは?人の主観に入り込むのはいかがなものだろうか。いや・・・まあ、そうなのか。自分の名前を思い出せない人間って、やっぱり哀れなのか。そんなことを言われても・・・正直仕方がないよね。
「それでは・・・改めまして聴取を始めます・・・」
まずは僕が犯したであろう犯罪の内容から話が始まった。
「あなたはその立場を利用して一人の女児を殺害しようとした・・・相違ありませんか?」
「殺害しようとした・・・ええ、結論から言えばそういうことになりますね。最も、僕は飛鳥・・・失礼、彼女が死にたいと言っていたから、それを助けようとしただけのことなんですがね・・・」
大人たちはこの時点で、やはり僕のことをおかしな人間と思っているに違いなかった。立場のある人間が犯罪を犯してはならない・・・興味本位だとしても、理性で上手い具合にコントロール出来るはず・・・それが出来ないのは単なるおバカさんなのだから。
「でも、彼女は最終的に死ぬことを躊躇った・・・だから、彼女は大声で助けを求めた。結果として僕は彼女に危害を与えていない・・・あなたたちが僕を犯罪者にしたい気持ちは分かりますが・・・」
言葉が詰まった。大人たちは不思議と憐れんでいるようだった。今更か、とつい思ってしまった。
「彼女は死にたがっていた・・・それを止める権利が僕たち大人にあることは分かっている。でも、本当にそれが正しいことなのか・・・ついつい考えてしまいます。世間的には正しいことなんだけど・・・僕はあの時そう判断することが出来なかった。似ている・・・そう思ったんですよ、彼女を見ているとね・・・」
質問というよりも、僕が一方的に話を進めていく流れになった。
「僕だって、今まで何回も死にたいと思うことがありました。それを止めるのが愛情に満ち溢れた家族だったら、物語としては非常に感動的です。まあ、そこが僕と彼女の大きな違いなのでしょうね。彼女は家族に愛されている・・・自殺未遂をしたと聞いてすぐさま飛んでくる家族・・・ああ、もはや羨ましいなんて感情も置き去りになっているようですね。あれは偽善だ・・・家族が死にかけたら、例え自分が他に熱中していることがあったとしても、手を止めてすぐ現場に向かわなければならない・・・社会は最初から定義してしまうでしょう。こういうのは当たり前だって。でもね、自殺するような娘に育ててしまった母親は、本心からその娘を救いたいと思うのか・・・僕には疑問でなりません。泣ける話・・・ええ、それは物語だけの世界でしょう?」
主導権がすっかり変わったよう・・・いや、最初から僕が勝手に話す場所だった。
「形だけは愛を見せる・・・でも、自殺される、あるいは未遂のせいでその家族は様々なレッテル攻撃を受ける。嫌ですよね、そんなことは普通許せない。ええ、どちらかと言えば怨むかもしれない。やっぱり根拠なんてないですけどね・・・」
「なるほど・・・随分と複雑な思想をお持ちのようで・・・」
別に複雑な思想ではない・・・大人にはかえって複雑なのか?僕も一応大人のつもりなんだけど。
「ひょっとして、これは誰かの差し金ですか???」
差し金とすれば、心当たりは一人しかいないわけなのだが・・・。
「ええ?それはどういったことでしょうか?」
明らかに動揺しているように見える・・・怪しかった。でも、それもやはりどうでもいい話なのだ。
僕の勝手な演説は続く・・・大人たちの一部は眠っていた。眠たい話・・・まあ、そういうわけなんだろう。一応なるべく簡潔に説明を行っているつもりだったのだが・・・。
12月25日・・・26回目は怒涛の1日であった。まあ、こんな日もあるか・・・いや、あり得ない。人の命を救ってもてはやされて、今は犯罪者として社会の隅っこに監禁されているのだから。こうなるのも既にプログラムされているのだったら・・・諦めるしかなかった。ようやく終わった・・・本当に長い1日だった。
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