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その2

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「ええええええええええええっ?」
指さされた先に、見慣れた背中を見つける。
「……っ」
とっさに息を呑んだ。
「待ってくれ!!」
思わず叫ぶ。だが、その声が届くことはなかった。
「サタン様?」
不思議そうにするロゼマリアの顔を見た途端、世界が崩れる。最初から崩れることをまるで誰かが期待していたように。いや、そんなことが本当なのかはよく分からない。
「夢か」
目が覚めると、そこは自室のベッドの上だった。隣で眠るリリアーナを確認し、安堵する。
「よかった」
悪夢の名残を振り払い、起き上がった。
「んー?」
もぞりと動いた少女が起き上がり、大きな欠伸をする。
「おはようございます、サタンさまぁ」
寝ぼけたまま抱きついてきた少女を受け止めた。
「まだ眠いですぅ」
ぐりぐりと頭を押し付けてくる姿は猫に似ている。尻尾があれば、きっと左右に揺れていたことだろう。
「もうすぐ起きる時間だ」
言い聞かせて身体を起こした。腕の中で暴れる少女を抱き上げ、寝室を出る。
「今日は何しようかな? お仕事あるんですか?」
「いや、特にないな。ゆっくり休むといい」
「じゃあ、お散歩に行きたいです!」
元気よく主張する少女の要望に応え、着替えて外へ出た。
「わあ! 綺麗な花!」
城の裏庭には色とりどりの花が咲いていた。春らしい陽気に誘われて散策していると、後ろから声がかかる。
「サタン様! お出かけですか? 私もご一緒してよろしいでしょうか?」
クリスティーヌだった。
「構わん。何も心配することなんてないんだ。お前たちも来い」
手招きすると、オリヴィエラやロゼマリア、リリアーナが後を追ってくる。
「ここ、いいですね。お花の香りに包まれて、すごく幸せになります」
「サタン様、お花はお好きですか?お好きならお部屋に飾りましょう」
「お腹空いた」
三者三様の反応を見せる女性陣を連れて、裏庭の奥へ足を向けた。
「ここは……」
クリスティーヌが言葉を失う。
「お墓だな」
魔王の墓があった。
「サタン様のお墓もあるの?」
無邪気に問いかけるリリアーナの声を聞きながら、墓石の前にしゃがみ込む。
「ああ、そうだ。オレはここで生まれた」
「そうなんだ……あれ、でも名前が違うよ?」
首を傾げるリリアーナに苦笑した。
「それはオレが生まれ変わったからだ」
「生まれ変わりってこと!?」
目を輝かせるリリアーナの隣で、ロゼマリアが膝をつく。
「サタン様は本当に神様だったのね……」
「神ではない。ただの王だ」
「王なの!?」
驚くリリアーナに
「ああ」
と答えた。
「オレは魔族を束ねる王だった。だが今は違う」
立ち上がり、空を見上げる。
「オレは……勇者に負けた」
「えっ……」
絶句したロゼマリアが口元を押さえた。
「サタン様、大丈夫……?」
心配そうに見つめるリリアーナの髪を撫でた。
「問題ない。少し昔を思い出しただけだ」
「思い出す……? 何を思い出されたのですか」
「この世界の真実だ」
そう告げると、ロゼマリアだけでなく全員が息を呑む。
「サタン様、教えてください」
真剣な表情になったロゼマリアに、小さく息を吐いた。
「今の世界を作った創造主がいる。その者は世界を安定させる為に、不要な記憶を消した。それがオレたちの正体だ」
「不要……?なぜそんなことを」
「必要なくなったからだろう」
「必要なくなったって、どういう意味?」
リリアーナの疑問に答えたのは、オリヴィエラだった。
「サタン様、その方は人間なのですか?」
「おそらく、そうだと思う。だが、正体まではわからない」

「サタン様より強い方なんですか?」
オリヴィエラの言葉は正しい。
「オレは、あの方に勝てなかった」
「サタン様に勝ったなんて……信じられません」
クリスティーヌが呟く。その通りだった。
「サタン様は誰よりも強くて、優しいです」「ありがとう、リリアーナ」
真っ直ぐな好意がくすぐったい。照れ隠しに頭を撫でて誤魔化した。
「話を戻そう。オレたちは本来、別の世界で生まれた存在だった。だが、ある日突然こちらへ召喚され、役目を与えられた」
「役割?」「ああ、この世界に足りないモノを補う役だ」
「足りていないもの? 何でしょう」
「知識や技術、文化など、様々なものが不足していた。それを補い、発展させ、繁栄させることがオレたちの使命だ」
「じゃあ、サタン様も?」リリアーナの質問に首を振る。
「いや、オレの役割はこの国の発展と維持だ。それ以上でも以下でもない」
「そうなんだ。じゃあ、もう終わったの?」
「いや、まだ残っている」
「どんなこと?」
純粋な問いかけに、どう答えるべきか迷う。正直に伝えるべきか否か。
「……この国の民を守ることだ」
「守る? どうして?」
「魔王として、勇者と戦うためだ」
「戦うって、どうやって? サタン様は負けちゃったんでしょ」
「そうだ。だから、今度は勝つために準備をしている。その為に、お前たちに手伝って欲しいことがあるのだ」
「手伝うこと?」
「ああ、とても大事な仕事だ。そのためには、もう少し力が必要だ。リリアーナ、クリスティーヌ、オリヴィエラ、ロゼマリア。協力してくれるか?」
「もちろん!」
「はい、お手伝いしますわ」
「私でできることなら」
「何でも言ってくださいませ」
頼もしくなった彼女たちに微笑みかけた。
「では、まずは食事にしよう。腹が減っては戦ができぬと言うからな」
「それを言うなら『戦はできぬ』だよ!注意されて恥ずかしかったけど、美味しいご飯を食べたら頑張れる気がしてきた。
(わたしの名前はクリスティーナ・レインフォード。
公爵家の長女として生まれた。
自分で言うのもなんだけれど、由緒正しき家柄に生まれたという自覚はある。自慢じゃないよ。
父様は宰相で、母様は隣国の王女様だもん。
生まれた時から、将来が約束されていた。
でも、わたしが7歳の時に事件が起こったの。)

「リリアーナ、どこに行くの?」
「ちょっと散歩してくるだけ」
「ダメよ。外は危ないんだから」
「平気だってば。すぐ戻るし」
「でも……」
「大丈夫。ちゃんとお昼までには帰るから」
「わかった。あまり遠くに行っちゃだめよ。知らない人についていったらダメ」
「うん、わかってる。行ってきます」
「行ってらっしゃい」
7歳の子供にとって、城の中だけが世界の全てだった。
使用人たちの噂話を聞いているうちに、この国がおかしいことに気づいた。
「ねえ、この国は変なの?」
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