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その3

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「えっ、急にどうしたんです?」
「みんな噂してるじゃん。この国、変なことになってるって。まさか、君だけが知らないなんてことは……あるわけないよな???????」
「まぁ、確かに……そうですね」
「なんで??????どうして、一体誰が仕組んだ罠だと言うのかね?????」
「それは……」
言い淀むメイドを睨みつけると、小さな声で教えてくれた。
「最近、王妃様がご懐妊されたらしいのです」
「ふかい……?ごめん、上手く聞き取れなかったようだな。もう一回、言ってくれるかな??????」
「赤ちゃんができたということですよ」
「へぇー、おめでたいね」
「はい、そうです。ですが……」
「なに?どうかしたのか???????」
「陛下が新しい妃をお迎えになったとか」
「なんで?また、意味の分からない現象が起きているようだね??????私には全く理解できない世界だな」
「さあ、そこまでは……」
「まあ、そうだろうな。仕方がない。君に聞いても仕方がないな。そっか。ありがとう。もう下がっていいよ」
「いえ、失礼いたします」
ぺこりと頭を下げたメイドが部屋を出ていく。
その背中を見送りながら、首を傾げた。
(なんで? 王様なのに、奥さんが2人もいるの?)
不思議だった。この国では一夫多妻制が認められているのだろうか? いや、そんなはずはない。そもそも、この国の法律を知らないことに今さら気づいた。この国の歴史や常識、地理や経済、魔法や剣術、礼儀作法など、覚えることはたくさんある。幸いなのは、わたしの教育係に選ばれた家庭教師たちが優秀だったことだろう。

「姫様はとても飲み込みが早いですね」
「ほんと? もっと褒めていいんだよ」
「素晴らしいことです」
「ありがとう。なんとなくだけど、嬉しいかも」
「では、次のステップに進みましょう」
「次?」
「はい。次は歴史のお勉強をしましょう」
「歴史か……苦手かも」
「大丈夫、難しくありません。我が国の歴史は、建国神話から始まります」
「建国神話?」
「はい。初代魔王様と勇者様の戦いを描いた物語です」
「面白そうね。続けてくださるかしら??????」
「では、お話ししましょう」
「お願いします」
「これは、まだ世界が混沌に包まれていた時代――」
こうして始まった先生との時間は、とても楽しかった。
難しい言葉は使わないように、わかりやすく説明してくれる。
「つまり、魔王様は勇者に負けちゃったの?」
「そうなります。しかし、魔王様はこの世界に平和をもたらした偉大な方なのです。今では、魔族も人間も仲良く暮らしていますよ」
「へぇ、すごいんだね。じゃあ、わたしも将来はお嫁さんになるのかな?」
「それは、姫様の努力次第でございます」
「努力?」
「はい。まずは、きちんとしたマナーを身につけてください。それから、他国の言葉を覚え、文化を学び、教養を高めなければなりません」
「うわ、大変」
「頑張りましょう。きっと素敵な王子様が現れますよ」「うん、頑張る!」
わたしは、未来の旦那様に会える日を楽しみにしていた。
「リリアーナ、今日は何をしよう?」
「オリヴィエラ、わたしは忙しいの」
「知ってる。でも、たまには遊んでもいいと思うの」「嫌」
「どうして?」
「だって、勉強があるもん」
「それなら、私が教えてあげるから。ほら、行こう」
「えっ!?」
「大丈夫。私、こう見えても成績はトップクラスだから」
「でも……」
「リリアーナ」
「……わかった」
渋々立ち上がると、手を引かれて中庭に向かった。
木陰に置かれたベンチに座ると、隣に腰かけたオリヴィエラが口を開く。
「ねぇ、この国って変だと思わない?」
「変って?」
「だって、陛下に奥様が2人もいるじゃない。それに、この国は一夫一妻制でしょ?」
「そうだけど……」
「おかしいよね? この国って、建国以来ずっと1人の妃しか娶らない決まりなんだよ」
「えっ、そうなの?」
「知らなかった? この国では常識だよ」
「へぇ」
「だから、陛下が2人目を妃に迎えたこと自体がおかしいの」

「ふぅん」
「興味なさそうだね」
「別に。ただ、変だなって思っただけ」
「そっか。まぁ、いいけど」オリヴィエラが話してくれた内容は、衝撃的だった。
この国は建国以来、たった一人の妃を大事に守り続けてきた。
それが、この国のしきたりらしい。
だが、ここ数年で状況が変わった。
新しい妃を迎えた陛下は、今までの慣例を破り、2人目の妃を迎えようとしている。
その理由は、国王である父にしかわからない。
「姫様、この国の王妃様はどんな人だと思う?」
「知らない。会ったこともないし」
「そうだったね。姫様は、この城から出たことがないんだもの」
「うん。外に出たことはないよ。勉強とダンスの練習ばっかりだし」
「可哀想」
「仕方ないよ。私は、お母様の子じゃないんだから」
「……」
「そんな顔しないで。私は平気。ちゃんと勉強してれば、怒られないもん」
「姫様……」「それより、早く戻ろう? また先生が来ちゃう」
「そうですね」
「あー、疲れた」
自室に戻ると、ドレスを脱いでベッドに転がった。
そのまま目を閉じていると、扉がノックされる。返事をする間もなく開いたドアの向こうにいたのは、オリヴィエラだった。
「どうしたの?」
「あの、その、少しお話ししたいことが」
「何?」
「ここではちょっと。できれば、他の方に聞かれたくないのです」
「じゃあ、こっちに来て」
部屋の奥にある小さなテーブルに案内すると、椅子を引いて座らせる。
「それで、話って?」
「はい。実は、姫様にお話ししなければならないことがあります」
「改まって、どうしたの?」
「姫様は、陛下の本当のお子ではありません」
「えっ!?」
「姫様のお母様は、隣国の王女様です。しかし、病にかかって亡くなられました。姫様は、その後すぐに今のご両親に引き取られたのです」
「じゃあ、お父様とお母様は夫婦じゃないの?」
「はい。姫様を引き取った時、すでに婚姻は解消されていました」
「どうして?」
「それは……わかりません。私も、詳しくは聞かされていないので」
「そうなんだ」
「陛下は、とても姫様のことを可愛がっていらっしゃいます。どうか、そのことを覚えておいてください」
「うん、わかった」
「それから、もう一つ。陛下には、もう1人の奥方様がいらっしゃいました。名前はロゼマリア様といいます。陛下とは幼馴染で、仲睦まじかったそうです。けれど、3年前に事故で亡くなってしまいました。陛下はその悲しみを癒すために、新たな妃を迎えることを決めたようです」
「ふぅん」
「それだけ、陛下にとってロゼマリア様の存在は大きかったのでしょう」
「そうなのかな?」
「ええ、きっと」
「わかった」
「では、失礼します」
オリヴィエラが出て行った後、わたしは自分の手を見つめた。
小さい、細い指。
この手で、剣なんて握れないだろう。
「オリヴィエラの言う通り、私がこの国の娘じゃないなら、この髪の色も目の色はおかしいよね」
真っ黒な髪に、青い瞳。
この国では、あり得ない色だ。
「この国では、異質なんだ」

だから、私はここに居てはいけない。この国の人間じゃないから。この国の人間に許されることなんて、最初から大部限られているんだ。自分が……その許された領域を大きく踏み越えてしまうのだったら、それは誰も責任を取ってくれない……つまり、万が一失敗を犯そうものならば、後は自滅する運命しかないということなんだ。

最初から全て分かっていた。つまり、私が自らの手でこの運命を変えることなんてできないのだ。だから、妙に納得することができた。

「そっか」
納得したら、急に眠くなった。考えることは、あとでいいや。

今は、眠りたい。とりあえず、静かにそう考えるだけだった。
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