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48.無神経な乱入者
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「あれー? もしかして番の誓約してないの? 魔力パスが繋がってるように見えないんだけど。それとも竜人は獣人と違うのかな?」
「他種族の番だと言っただろう! まだ口説いている最中なんだから邪魔をするな!」
他人の機微を推し量ろうともせず、ただ己の探究心のままに言葉を重ねるイングリッドに、とうとうフィルは吠える。
「いい加減にしろよイングリッド。俺がお前に融通するのは資料閲覧の便宜だけだ。これ以上引っかき回すようなら、力尽くでの排除も辞さないと思え」
「やだなぁ、フィル。アンタはこの国であたしが調べ物をする許可をくれたじゃないか。あたしが知りたいと思うことを調べる許可を、さ」
茶化すように言ってのけたイングリッドだが、一歩も引く気はないらしい。
「お前と言葉遊びをするつもりはない。これ以上面倒事を作るようなら、その許可を撤回すると言っている」
「成程、それは困るね。せっかく興味深い資料を見つけたところなのに。……それなら、気が向いたらそっちの子とおしゃべりさせてもらえるかな」
困る、と口にしながら、イングリッドは一度興味を向けたものを諦めるつもりはないようだった。それが余計にフィルを苛立たせる。
「いい加減に……っ!」
「はいはい、どーどー。落ち着け落ち着け」
一触即発のピリついた空気の中、仲裁に飛び込んできたのは王太子レータだった。
「とりあえずイングリッド殿、そろそろ日が傾き始めた頃合いだから、自室に戻られることをオススメするよ。クレットから良い資料を得られたんだろう? ――――クレット、お送りして」
「は、はい、レータ兄上!」
長兄の有無を言わさぬ瞳に、クレットは渋るイングリッドを中庭から連れ出した。
二人の姿が見えなくなったところで、レータはフィルに向き直る。
「――アホ」
「すみません」
「謝る相手が違うだろ。――――ユーリさん、大丈夫かな」
慌てて自分の背中に隠したユーリを見たフィルは、驚きに目を見開いた。上着の隙間から覗くユーリの顔は真っ青で今にも倒れそうだったのだ。慌ててぐるりと見回せば、チヤも同様で、チヤ付きの侍女に至っては地面にへたり込んでしまっている。
「ユーリ……?」
「だ、いじょうぶって言っても、説得力ないですよねぇ……」
フィルがイングリッドに容赦ない怒りを向けた辺りからだろうか、ユーリは呼吸がしづらくなり、浅い呼吸を繰り返していた。濃密な殺気が、と表現してしまえば簡単なものだが、平和な国で安穏と日々を暮らしていたユーリにとっては、まるでナイフを喉元に突きつけられたような緊張感で窒息死しそうな時間だった。
「ユーリさん。君は部屋で休むといい。そこの愚弟に運ばれたくなければ、別の衛士を呼ぶけど、どうする?」
「あー……、それは」
正直なところ、あれだけ怖い思いをしたのだ。その原因となったフィルと距離を置きたい思いもある。安易にその提案に乗ってしまいそうなユーリだったが、まるで捨て犬のような瞳でこちらを見ているフィルに気付いてしまえば、素直に頷けなかった。
「遠慮はしなくていいよ。君も怖い思いをしただろう? あぁ、チヤ、ちょっと待っていてくれるかな」
ユーリは上着の隙間から、ちらりとフィルを見る。さっきまでの殺気はどこへやら、本当に捨て犬にしか見えなかった。
「フィルさん」
「そ、その、ユーリ! 俺は――――」
「ちょっと歩けそうにないので、部屋まで送ってもらってもいいですか?」
「もちろん!」
少し意外そうな表情浮かべたレータを残し、フィルはユーリを軽々と抱き上げ、文字通り飛んで行った。
「少しは脈があると思っていいようだね。――――あぁ、母上にも報告しないとなぁ」
憂鬱だ、と呟いたレータは、やってきた衛士に妹とその侍女を任せ、王妃が執務をしている予定の部屋に向かうことにした。
・‥…━━━☆
「それは、本当に困ったものねぇ……」
長兄から顛末を聞いた王妃は、深いため息をついた。
「確かにイングリッド殿は困った子かもしれないけれど、フィルの行動はよくないわ。あぁ、イングリッド殿への対応じゃないのよ、そこに弱者がいることを忘れて、怒りに任せてしまったことがね」
「そこはフィルも反省していたと思いますよ」
「反省だけしてもねぇ……」
反省だけなら誰でもできる。問題はそこから次に生かせるかどうかなのだ。特にカッとなりやすい三男の顔を思い浮かべ、王妃は「甘やかし過ぎたのかしら?」と自問した。
「レータ、あなたはどう思う? もうフィルは見限ってしまうべきなのかしら?」
「それは早計ですよ。ユーリさんはあんなことがあった後でも、フィルに付き添いを頼んでいましたし」
「それはフィルの方から無言の圧迫があったとかではなく?」
「……どうでしょう。それでも、本当に脈がなければ拒絶すると思いませんか?」
「こうなってくると、もう一度あの子と話をしてみたいけれど、フィルが文句を言って来そうね」
「それはそうでしょう。わたしもほとんど会話らしい会話をしていませんし、エクセなんて顔合わせすらさせてもらってない。フィルは余程彼女を大事に囲い込みたいらしいですね」
「ユーリさんはそう簡単に囲い込めるような子ではないと思うのだけれど……。そこを察せない浅はかさ……いえ、女性経験の差なのかしら?」
母親に同意を求められたが、レータは賢く無言を貫いた。うっかり頷いてしまおうものなら、レータ自身の女性経験に突っ込まれかねない。
コンコン
遠慮がちなノックの音に、母子は顔を見合わせた。
「何かしら?」
「あの……、ユーリ様から伝言を預かって参りまして」
予想外の名前に、再び親子は顔を見合わせた。
「他種族の番だと言っただろう! まだ口説いている最中なんだから邪魔をするな!」
他人の機微を推し量ろうともせず、ただ己の探究心のままに言葉を重ねるイングリッドに、とうとうフィルは吠える。
「いい加減にしろよイングリッド。俺がお前に融通するのは資料閲覧の便宜だけだ。これ以上引っかき回すようなら、力尽くでの排除も辞さないと思え」
「やだなぁ、フィル。アンタはこの国であたしが調べ物をする許可をくれたじゃないか。あたしが知りたいと思うことを調べる許可を、さ」
茶化すように言ってのけたイングリッドだが、一歩も引く気はないらしい。
「お前と言葉遊びをするつもりはない。これ以上面倒事を作るようなら、その許可を撤回すると言っている」
「成程、それは困るね。せっかく興味深い資料を見つけたところなのに。……それなら、気が向いたらそっちの子とおしゃべりさせてもらえるかな」
困る、と口にしながら、イングリッドは一度興味を向けたものを諦めるつもりはないようだった。それが余計にフィルを苛立たせる。
「いい加減に……っ!」
「はいはい、どーどー。落ち着け落ち着け」
一触即発のピリついた空気の中、仲裁に飛び込んできたのは王太子レータだった。
「とりあえずイングリッド殿、そろそろ日が傾き始めた頃合いだから、自室に戻られることをオススメするよ。クレットから良い資料を得られたんだろう? ――――クレット、お送りして」
「は、はい、レータ兄上!」
長兄の有無を言わさぬ瞳に、クレットは渋るイングリッドを中庭から連れ出した。
二人の姿が見えなくなったところで、レータはフィルに向き直る。
「――アホ」
「すみません」
「謝る相手が違うだろ。――――ユーリさん、大丈夫かな」
慌てて自分の背中に隠したユーリを見たフィルは、驚きに目を見開いた。上着の隙間から覗くユーリの顔は真っ青で今にも倒れそうだったのだ。慌ててぐるりと見回せば、チヤも同様で、チヤ付きの侍女に至っては地面にへたり込んでしまっている。
「ユーリ……?」
「だ、いじょうぶって言っても、説得力ないですよねぇ……」
フィルがイングリッドに容赦ない怒りを向けた辺りからだろうか、ユーリは呼吸がしづらくなり、浅い呼吸を繰り返していた。濃密な殺気が、と表現してしまえば簡単なものだが、平和な国で安穏と日々を暮らしていたユーリにとっては、まるでナイフを喉元に突きつけられたような緊張感で窒息死しそうな時間だった。
「ユーリさん。君は部屋で休むといい。そこの愚弟に運ばれたくなければ、別の衛士を呼ぶけど、どうする?」
「あー……、それは」
正直なところ、あれだけ怖い思いをしたのだ。その原因となったフィルと距離を置きたい思いもある。安易にその提案に乗ってしまいそうなユーリだったが、まるで捨て犬のような瞳でこちらを見ているフィルに気付いてしまえば、素直に頷けなかった。
「遠慮はしなくていいよ。君も怖い思いをしただろう? あぁ、チヤ、ちょっと待っていてくれるかな」
ユーリは上着の隙間から、ちらりとフィルを見る。さっきまでの殺気はどこへやら、本当に捨て犬にしか見えなかった。
「フィルさん」
「そ、その、ユーリ! 俺は――――」
「ちょっと歩けそうにないので、部屋まで送ってもらってもいいですか?」
「もちろん!」
少し意外そうな表情浮かべたレータを残し、フィルはユーリを軽々と抱き上げ、文字通り飛んで行った。
「少しは脈があると思っていいようだね。――――あぁ、母上にも報告しないとなぁ」
憂鬱だ、と呟いたレータは、やってきた衛士に妹とその侍女を任せ、王妃が執務をしている予定の部屋に向かうことにした。
・‥…━━━☆
「それは、本当に困ったものねぇ……」
長兄から顛末を聞いた王妃は、深いため息をついた。
「確かにイングリッド殿は困った子かもしれないけれど、フィルの行動はよくないわ。あぁ、イングリッド殿への対応じゃないのよ、そこに弱者がいることを忘れて、怒りに任せてしまったことがね」
「そこはフィルも反省していたと思いますよ」
「反省だけしてもねぇ……」
反省だけなら誰でもできる。問題はそこから次に生かせるかどうかなのだ。特にカッとなりやすい三男の顔を思い浮かべ、王妃は「甘やかし過ぎたのかしら?」と自問した。
「レータ、あなたはどう思う? もうフィルは見限ってしまうべきなのかしら?」
「それは早計ですよ。ユーリさんはあんなことがあった後でも、フィルに付き添いを頼んでいましたし」
「それはフィルの方から無言の圧迫があったとかではなく?」
「……どうでしょう。それでも、本当に脈がなければ拒絶すると思いませんか?」
「こうなってくると、もう一度あの子と話をしてみたいけれど、フィルが文句を言って来そうね」
「それはそうでしょう。わたしもほとんど会話らしい会話をしていませんし、エクセなんて顔合わせすらさせてもらってない。フィルは余程彼女を大事に囲い込みたいらしいですね」
「ユーリさんはそう簡単に囲い込めるような子ではないと思うのだけれど……。そこを察せない浅はかさ……いえ、女性経験の差なのかしら?」
母親に同意を求められたが、レータは賢く無言を貫いた。うっかり頷いてしまおうものなら、レータ自身の女性経験に突っ込まれかねない。
コンコン
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