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番外編 今日は何の日

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本編というか、浄化が完了してその後の初めてのひなまつりの時のお話です

息抜き程度でお読みください



********



ここに来た時には、その日はとっくに終わっていて……。

「…あ。今日はあの日だったか……。懐かしいな、あの人形」

浄化を終わらせ、ナーヴが皆と同じように普通の暮らしが出来るようになって。

廊下の遠くの方から、ドアと壁を隔てていてもわかるほどの物音と足音を立てて、いつもの彼がやってくる。

「陽向っ! おはよ!」

「…カル。早すぎだよ、いつものことだけど」

浄化をすませた後も、あたしの魔力にはカルの魔力はすこしだけ混ざったまま。

どうしてか完璧には無くせなくて、その影響でカルにとっては都合がいい状態になっている。

会話は聞こえなくなっているけど、あたしが起きたか寝たか程度は伝わってしまう。

なので、毎朝の日課にもなっているカルの水を運んできてくれるのだ。

「だってさ! 他の誰よりも早く陽向におはようって言いたくって!」

カルのこういうところが、どこか幼くって…。

(ほんと、弟っぽいよね)

男性として意識できない部分だったりして、自分を男として意識してもらいたがっている彼の脚を引っ張っているのだけれど。

(そのことに気づけてないのは本人ばかりなり、ってね)

みんなにも「そういうところだぞ、カルナーク」とか言われているのに、「なにが?」と首をかしげて気づくことはない。

カルがグラスに水を入れ、ベッドまで持ってきてくれる。

「いつもありがとう、カル」

弟キャラな彼に微笑みながらお礼を言うと、これもずっと変わらずに顔を赤くしてつられたように笑う。

コクコクと水を飲んでいると、カルがベッドに置かれているあるものに気づく。

「最近いじってなかったのに、珍しいね。……スマホ、だっけ? 元いた場所の通信道具だよね」

さっき見ていたのは、あたしと一緒にここに持ってきていたスマホだ。

なぜか充電が切れることもなく、通信は出来ないままだけどカメラ機能は使えるし、画像も消えずに残ったままだ。

ここでの時間の進み方は、元いた場所と大差ない。なので、日にちを確かめるにちょうどいいんだ。

「あー…うん。今日は何日かなって何の気なしに見て、気づいたことがあってね」

空になったグラスをカルに渡して、ベッドから下りて窓の方へと向かう。

「何日かなって……、何か予定あったっけ。今日の陽向に」

浄化が終わってから、聖女として何かをするでもなく王城にいるあたし。やることといえば、シファルと薬草のことで一緒に畑仕事をしたり、魔法のことでナーヴにアッチの世界での知識を伝えて、活かせるものがないかと相談したり。

アレクと一緒にトレーニングしたり、ジークとダンスの練習をしたり。カルと料理の話をしたり…とか。

平和といえば平和な感じで過ごしていて、細かく予定を組んでいることはない。

時々予定を入れても、天気がいい時にみんなでピクニックと称して馬に乗せてもらって遠出したり。

そんな日々の中、思い出した元いた場所でのイベント。

「今日はね、元いた場所でのちょっとしたお祭りの日なの」

あたしの名前は、陽向ひなただけど、ひなと呼ぶ人が多かった。こっちでも、ひなと呼ぶ人はいる。

その呼び方から、お兄ちゃんあたりは「俺の妹のイベントだ」とかよく言ってたっけな。

「お祭り? どんな?」

カルが興味深げに聞きながら、窓の方へと近づいてきた。

窓の向こう、遠くに見える花畑を眺めながら答えた。

「ひなまつりっていう、女の子の成長を祝う日だよ。元は、なんだっけな。……その子に降りかかる悪いこととかを紙で作った人形にのせて、川とかにその人形を流して清めるっていうのを聞いたことがあるけど。でもあたしが知ってる人で、そんなことやっていた人いなかったんだよね。勉強しに行っていた場所で、先生がそんな話をしてくれたことがあったってくらいの知識だし。どっちかっていうと、最初に話したように、女のの子の成長を祝って、これからの成長も祈るような…そんなお祭り。ひな人形っていう人形を飾って、その人形の前でみんなで一緒に食事をして……」

思い出しながら話していて、去年のひなまつりを思い出していた。

中学の卒業式が間近となって、学校と話して他のみんなとは別の時間帯に学校に行って、個別で卒業証書をもらうことになったからって、下校時間を過ぎてから学校に顔出しをしたんだっけ。

その後にお兄ちゃんと柊也兄ちゃんが、おひなさまのケーキを買いに行こうって学校まで迎えに来てくれていたんだ。

お兄ちゃんたちは3月1日が卒業式だったから、暇なんだ! って言いながら一緒にお祝いしてくれた。

(なつかしいな)

思い出して、すこし切なくて、でも懐かしくて、胸の奥があったかくなって。

黙って遠くを眺めていたあたしに、カルが聞いてきた。

「その人形って、どんなの?」

って。

たしかこんなんじゃなかったっけ? と思いながら、その辺のメモを正方形に切ってから折り紙のひな人形を折ってみせて、顔の部分にそれっぽい目や口を描きこんだ。

「ひなが来た時に着ていたような服とは違うんだね、この人形」

カルが不思議そうに、折り紙のひな人形を指先でつまんで掲げてみたり裏から見てみたりしている。

「むかしむかーしの服みたいだよ」

「…へぇ」

そんな会話をしながら、カルがあの事に気づいていないのにホッとするような残念なような。

「ひな、おっは…ってカル…また来てるし」

「あ。ジーク、おはよ」

「陽向。今日も可愛いな。寝癖がついてても、可愛らしさは変わらないな」

「ア…レク。ちょっと…その……毎朝のそれ、やっぱりやめようよ。どうしても慣れないよ」

ジークとアレクがカルから遅れて部屋にやってくるのも、いつもの流れだ。

「ジーク。アレクの…何とかできない? 毎朝おはようレベルで褒めてくるの、心臓が持たなくて…無理」

自分に自信が持てないから尚更なんだけど、浄化が終わって以降知ったのは、こう言ったことを普通に口にしてくるのはアレクの方が多いということ。

しかもナンパな感じじゃなくて、いたって普通の会話のように言ってくるから。

「…困る…ぅ」

本音なんだろうなって思えてしまうから、逆にめちゃくちゃダメージがあって…ツライ。

「可愛い陽向が悪い」

どれだけクレームをぶつけまくっても、その一言を突き返してくるだけ。

「アレクのバカぁ」

真っ赤になってそう言い返すのが精いっぱいになるまでが、一連の流れ。

「すまんな、陽向。俺のこれだけは、譲れないんだ」

バカと言おうが何だろうが、アレクはやめる気はないよう。

「…もう」

ぷいっ…とそっぽを向いても、アレクはこれっぽっちじゃあたしを嫌いにならないって、なんとなくわかってる。

だからなんだろうな。どこかアレクに甘えちゃってる自分がいる気がしている。

「これ、なーに?」

ジークがカルの手にある折り紙を摘まんで、首をかしげる。

「これか? これはだな!」

先にあたしから話を聞いていたカルが、ドヤ顔をしながら二人にさっきした話を教える。

「……ほう。なるほどな。……ジーク、ちょっと」

「ん。わかってるよ、アレク」

カルから話を聞いた直後、一緒に窓際にいたはずなのに、本棚の方でなにやらひそひそと話をしはじめた二人。

「…じゃあ、後で。俺はシファルの方に行くよ」

「俺はナーヴだな。…了解。親父の方には、そっちで話をつけてくれ」

「はいはい。じゃ、後で」

「…あ、陽向」

話がついたのか、二人が部屋を出て行こうとする。

「なに? どうかしたの? 二人とも」

急すぎて、駆け寄ろうとしたあたしに、アレクが手のひらをコッチへ向けて来るなといわんばかりに制してくる。

「陽向。悪いが今日はどこにも出かけるな。いいか? どこにも、だ」

「アレク?」

戸惑い、二人へ向けて腕を伸ばすあたしに、いつもと同じ笑顔で。

「いいこにしててくれ」

そう言って、出て行ってしまった。

「カル、お前も来い」

カルも連れて行ってしまい、また部屋に一人になってしまった。

急に静かになって、ものすごく寂しくなってくる。

「も…もう、いいもん。出かけるなっていうんだから、いつものように過ごすだけだし」

カルの水をグラスに入れて、それを手にバスルームへと向かう。

窓の方にグラスを置いておき、いつものように髪と体を洗いバスタブに体を沈める。

「……はぁ…っ」

そういえば、クリスマスっぽいのとかも、こっちにはそういった文化がなくて。

「まあ、日本がそういうイベントがなにかにつけて多かっただけかもな。バレンタインだって日本のお菓子メーカーが始めたって後で聞いた記憶があるし」

せいぜい誰かの誕生日とかってくらい。

「娯楽というか楽しみっていうか、いろいろ…作ればいいのに」

手のひらでお湯をすくって、指の隙間からお湯をバスタブにこぼして……を繰り返す。

少しのぼせてきて、足湯に切り替える。

裸のままバスタブのへりに腰かけて、脚だけつけて。

「…………はあ。温泉とかもあればいいのにな」

文化の違いというものを、改めて感じていた。

ほこほこに茹で上がって、すこしのぼせたままガウンにだけ着替えてベットに倒れ込む。

「カルの水飲んだのに…まだあっつい」

冷たいタオルをおでこにのせて、そのままゴロゴロ転がってベッドの真ん中へと移動する。

下着を着けていないから、やってることはかなりはしたない。

(どうか誰も来ませんように)

そう祈りながら枕の方へとハイハイをして、なんとか移動する。

「…ダメだ。え…っと、ベルを鳴らして誰かを」

ベッドそばにあるベルを掴もうとした、その時だ。

「おい。……なにやってんだ、ひな」

「え…。ひな……?」

四つん這いになってベルに手を伸ばそうとしていたあたしを、部屋のドアを開けて部屋に一歩入った場所から、ナーヴとシファルが見ていた。

「ふえ?」

変な声が出てしまったあたし。自分がしている格好のことを忘れて、その格好のままで二人へと振り向いた。

「あー…助かった。今、困ってた…の」

って言いながら。

「ひ、ひなっ! わかったから、その格好どうにかしなよ!」

そんなあたしへとものすごい勢いで近づき、布団を放るようにしてあたしに掛けてきたのはシファル。

「わ、ぷっ。ちょ…シファルっ!」

頭の上からかぶせられた布団から顔を出して、シファルに文句を言えば。

「…シファル?」

シファルは耳まで真っ赤になって、乙女のように両手で顔を隠してうつむいていた。

「ナーヴ?」

困って、ナーヴへと救援を求めてみても。

「今のはお前が悪い。もうちょっと恥じらいってか、自分がしている格好を自覚しろ。あと、お前の部屋に入るのにノックしたのに気づかなかったお前も悪いからな」

って、逆にお説教されるほどで。

「…あ」

そうして、気づく。

「あの…………なにか、見た?」

自分がガウン以外、全裸だったこと。短めのガウンで四つん這いになったら、大事なところがどうなるのかってこと。その状態で後ろから見られたら、自分の状態がどうだったのかってこと。

「見たの? ね! 見ちゃったの?」

二人が悪いわけじゃないのに、確認と責める言葉しか出てこない。

「ナーヴとシファルの…バカぁっ!」

って。

「見たきゃ、見せろって言うわ。今度から」

「見! 見てない! 見てないから! 安心していいから!」

二人が返してきた言葉は、真逆にも近いもので。

「いやぁーーーー。こんなんじゃ、誰とも結婚なんか出来ないっ!」

自分に起きたことをカンタンに想像できてしまって、あたしは真っ赤になって布団に潜り込んでギャアギャア騒ぐだけだった。

恥ずかしいことばかりだなと思いつつも、前に似たようなことがカルとあったっけなんて思い出してもいた。

どれくらいの時間が経ったかわからないけど、すこし気持ちが落ち着いたころに顔だけを布団から出した。

「ん? やっと落ち着いたか」

顔を出した先にはナーヴとシファルがベッドのそばにイスを持ってきて、腰かけたままであたしのことを待っていたようだった。

「…………ごめんなさい」

なにを、とかはなく、いろんな意味で謝る。

「ん。ま、お互いさまってことで、な? …気をつけろよ? 俺たちだからまだいいけどよ、他の奴らだったら…場合によっちゃ」

口は悪いけど、ナーヴは心配してくれているみたいで。

「ん」

コクンとうなずき、ガウンの胸元を正して半身を布団から出して。

「本当にごめんなさい。気をつけます」

そう言って、頭を下げた。

何も言わずに、シファルが頭を撫でてくれる。

「水、飲むかい?」

撫でまくってもらってから掛けてくれた声に、素直にうなずく。

コクコクと一気に飲み干す頃、「あ!!」とシファルが珍しく大きな声をあげた。

「ひなを呼んできてって言われてたんだった」

いいつつ、ナーヴをバンバン手のひらで叩きまくりながら。

「あー…いいんだって。コイツの準備が整わなきゃ無理だろ? どっちにせよ」

ナーヴがイスの上で踏ん反りがえりながら、腕を組んで呟く。

「たしかにそうだけどさ」

シファルがそういい、あたしを横目で見る。

「着替え……出来そう?」

今日はどこにも出かけるなって言われているのに、呼んできてって言われたの?

「なんで?」

不思議で、思わず問いかけるけれど。

「知らん」

「内緒」

どっちも教えてくれない。

「じゃあ、部屋の外で待ってるから、着替えが終わったら出てきてね。着替えに手間取ったら、声かけて」

背中のファスナーが上手く上げられずに、何度かシファルに助けもらったことがある。

「…ん。わかったけど、服は何でもいいの?」

とりあえず、それだけは確かめておいてから、着替えよう。

「いいはず。ドレスじゃなくていい」

「じゃ」

二人がそれぞれに返事をしてから、部屋を出て行く。

ベッドから下りて、クローゼットと下着が入っている引き出しに手をかけた。

カスタードクリームみたいな、淡い黄色のスカート。フレアースカートっていうのかな。ふわっと広がるやつ。

それに白いブラウス。すごくシンプルな服装になっちゃった。

せめてもと、ゆるめのハーフアップな感じにしておき、そして頭に向かって結び目を入れ込むようにして一回転させれば、結び目の近くが軽くねじられた感じになる。

飾りでもあればよかったけど、今、それっぽいのがない。

「ま、いっか」

それにローヒールのパンプスみたいなのをつっかけて、ドアをノックする。

「着替えたのか」

「わ。…可愛いね、ひな」

二人がすぐにドアを開けて、声をかけてくれた。

三人で並んで廊下を歩き、二人が「こっち」「もうちょっと」と声をかけてくれるがままに歩いていく。

連れて行かれた場所は、小さめのパーティーホール。

「……何事? これ」

みんなも軽装ではあるけど、みんな基本的に顔がいいから、すごいパーティーみたいに気後れしてしまう。

戸惑うあたしに、国王さまがジークとアレクと一緒に声をかけてきた。

「今日は、聖女…陽向の祭りなんだとか?」

と。

「……はい?」

語尾を上げ、顔をひきつかせ、無理に微笑むあたし。

「この二人から聞いたぞ? ひなまつりという、陽向のための祭りが元いた世界であると! すごいではないか! 国王の私でも、そういった祭りは設けてもらえなかったぞ」

「あー……ははははは…」

こうなると、乾いた笑いしか出てこない。

(うちのお兄ちゃん以上の規模になってしまった。さっき、カルが気づかなかった時の方が平和だったような)

なんだかごちそうがいっぱいで、日が暮れたあたりにはナーヴ主導で、光魔法にいろんな属性の魔力をのせて花火のようなものを夜空に打ち上げて。

「あー! おっかしかった! まさか、ひなまつりがこんなイベントになっちゃうなんて、思ってもいなかったよ」

最後の最後には笑いまくって、腹筋が壊れるかと思った。

最後の締めが、まるで保育園とかの園児たちの作品発表みたいで。

あたしがカルに渡していた、折り紙のひな人形。

それを模したものを、いろんな人たちが作ってきて。

「こちらは、土魔法と火魔法で作り上げたものです」

「こちらは、子どもたちが絵に描きました」

「これは、国王たる私が聖女陽向が作ったものを模して折った」

「陽向! これは俺が作ったケーキで、それにこうやって…」

「……カル。やりすぎ」

どれかも、誰のかも選べず。

「陽向! 俺が描いたものを見てくれ!」

アレクが自信満々に描いてよこした絵にとどめを刺されて、大笑い。

「あたしよりも個性的な人、初めて見たよ!」

それらは全部あたしへの贈り物になって、部屋中に面白い人形や呪いの人形のようなものでいっぱいになる。

――――お祭りの後に。

「しばらく、退屈しなさそう」

イベントがなくてつまんないななんて思うこともなく、寂しい気持ちも薄れて。

その後、毎年3月3日は同じお祭りが開催されることになると知らされるのは翌年の話。


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