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暮らしやすい=メリットばかりか否か

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自分が思ったよりも癒されたがっていたんだな…と、思い知る。

「はわぁー…」

普段の自分からは出ないだろう声が、勝手にもれる。こぼれる。

(――いや、駄々洩れだ)

「うあぁああ…。これは、とける。俺がダメになる。…んぁああああ…」

掘りごたつ。

みかん。

さらに、なぜか小さな土鍋が、ON THE 掘りごたつ。

「どういう仕組みか知らんけど、これは…めちゃくちゃ嬉しい」

ふ…と視界に新しいものが入り込む。

「温かいお茶! しかも、緑茶! 今、飲みたかったやつ!」

近所のじーさまあたりがよく持っている、すし屋のあがりで出てくるタイプの湯飲み。

魚へんの漢字で、湯飲みの側面が埋め尽くされている湯飲みだ。

「これって勝手に飲み食いしていいのか? っていうか、あれだよな? さっきの新居用の鍵で入ってきた先にあるものなんだから、俺のモノってことでいいんだよな? いい…んですよねー。遠慮なくいただきますよー」

どこかに誰かがいるのかも知らないけれど、まるで誰かに許可を取るようにあえて声に出してみる。

「いただきます」

まずは湯飲みを手に取り、熱々で湯気がたっている緑茶をすすり飲む。

「ん…はぁー……うめぇ、この温かさと香りが体にしみわたる。ずず…っ、ぷは…」

こんな風に温かいものを口に出来たのは、叔母さんの店にいる時だけだった俺。

家でも会社でも常に冷えた飯や飲み物ばっかりで、テキトーに食って飲んでさっさと寝てすぐに来る明日を迎える…って生活だった。

「あったかいもの、大事だな」

うんうんうなずきながら、飯の前に緑茶で体を温める。

「…で、これ開けていいんだよな? 多分」

おひとり様用の土鍋。横には木製のレンゲと取り皿。ふたを開けてみれば、雑炊だな。きっと。

レンゲでそっと掬えば、半熟さがまだ残っている玉子がくたくたに煮込まれたご飯と一緒に取り皿にとろりと流れ落ちる。

「い…ただきます」

さっきも言ったのに、なんでかあえてもう一回。

数回息を吹きかけ、湯気を飛ばし、レンゲで少なめに掬ったそれを口元に。

たったそれだけなのに、ごくっと唾を飲んでしまう。妙な緊張感に、口が強張る。

するっと口の中に流れ込む雑炊は熱々で、口に入ってからもハフハフ言わせながらその熱を逃す。

「は…はふ……あふっ…美味うまっ」

自然と顔がゆるむ。

本当にシンプルな雑炊だ、これ。

鶏ベースかな、この出汁。あっさりしているのに、どこか濃厚で。飯粒を噛んだだけで、粒単体にしっかり味がついているのがわかる。

小さく刻まれた三つ葉の香りもいいな、うん。

最近口にすることがなかった、紅白のかまぼこ。これも小さく刻まれて入ってる。

「あぁ…美味いな。飯がめちゃくちゃ美味い。俺の好みの濃さだし、好きな食材だ」

香りがする食品が好きで、パクチーとかまわりに好きな人はほぼいないけど、俺は好んで食べる方だ。

だから、こういう物に入っている三つ葉は、俺にとってはたまらないご馳走になる。

好きなものは、自分を癒してくれる。

気づけば、雑炊のかたわらには、つぼ漬けかな? 多分。

沢庵よりも、同じ黄色い漬物ならつぼ漬け派。

それをパリパリ言わせながら、何度も何度も咀嚼する。

「ふー…ふ―…、あむ……ふ、美味ぇ…ずずずっ…ゴク、ん…パリッ」

ずっとループさせながら、すこしずつ減らしていく。

(あぁ…当たり前だけど、もうすぐなくなっちまうな)

食い物も飲み物も、食って飲めばなくなる。わかってんのに、その時間が来ると少し寂しい。

叔母さんの店に行って食っている時もそうだったっけな。

まあ、食べたらさっさと帰らなきゃってのもあったから、なおのこと寂しいとか嫌だなとか感じていたんだろうけど。

「…はぁ、食ったー。…あ、みかん! これがあったな」

一応デザートだよな、これも。

軽く揉んでから、半分にメリッと音をさせて割る。それから食っていくのが俺のスタイル。

「何年ぶりだろうな、みかん剥いて食うとか」

スジはおおまかに外して、若干残ってるかな? って程度で食う。

完全に剥くと、時間がかかって仕方がないし、あのスジも体にいいから食べなさいって叔母さんに言われたことがあったっけな。それからすこし残すようにしたような気がする。

「むぐ……甘いな、このみかん」

静かな部屋で、いい匂いの中にみかんの匂いが混じっていく。

たたみの匂いもするし、吸い込めば自分好みのいい匂いで体が満たされていくようで。

みかんを食べ終わって、こたつのテーブル板の上にぺたりと顔をくっつける。

そのまま腕を枕にすれば眠れそうな気がするけど、その前に考えなきゃな…ということに気づいた。

「これについて、なんか説明受けたっけ」

食べるだけ食べといてアレだけど、どういう仕組みなのか? というのと、金銭の発生は? ということと、今日は出てきたけど今後は? というあたり。

「んー……」

小さくうなって、ここに着く前に聞いた話を一つ一つ思い出していく。

まず、俺の扱いが猫の齋藤が言っていたように『今期の決算前の漂流者』というもので、扱いは悪くないということ。

俺に対しての予算は潤沢で、むしろ使いきってくださいって話を後々聞かされた。たしか。

予算は使ってこそ予算で、あまると次期から減らされてしまって必要な時に不足する場合があるので、一定の予算を保つ必要がある。

俺以外にも漂流者という対象者はいることはいるけど、その人たちは最低限の金額しか設定されていない。

だから、よくある一般的な暮らしは出来るだろうって程度。俺はそれの上位版? って言ってたか。

毎月いくらまでしか使えないとか、どうしても必要な高額の出費がある場合は、普通の漂流者は分割払いなどで支払っていく。

仕事をしていた方が、その分の収入は本人のものになり、生活費の足しにしても特に問題にされない。

まあ、いい暮らしをしたきゃ働けってことか。

「というか、だよ」

体を起こして、さっき渡されたマニュアルみたいなものをでかめの封筒から取り出す。

そもそもで漂流者って、何をしに来てる? って話だ。

ぺら…ぺら…とマニュアルをめくっていき、その項目にたどり着く。

「いるだけで、オッケー? ……なにが?」

『漂流者に求めることは特にありません。この場所に住んでくださるだけでいいのです』

さっき脳内の思い浮かべたことを思い出す。

大した読まない、その手の小説やマンガの設定を。

魔王討伐や浄化とか、元いた場所での知識で国を発展させていったりとかさ…。

「なんか、あるだろ。…フツー」

俺もそうだけど、特に何も求められないけど、ただ召喚されただけ?

なんだかモヤッとする。

最低限の収入は勝手に入ってくる。普通の暮らしをするだけなら、無理に働かなくてもいい。

光熱費、家賃、食費。どれもこちらでお支払いいたします、って…じゃあ、入る収入は何に使う物?

封筒を思い切って上下を逆にしてみると、封筒の中からさっき渡されていた数枚のカードが落ちてきた。

「さっき、これ…使わなくても飯があったけど、じゃあこのカードは外用の?」

猫の齋藤に渡されたものは、一旦窓口で回収されて、そして渡された別のカード。

カードは四枚。

そのうちの一枚は、真っ黒だ。

裏にしてみれば、注意書きが書かれいる。

『上限なし。他国に行っても、使用可』

上限がないのもアレだけど、他国に行くって…旅行とかじゃなく、ここじゃない場所に住みたいってなった時もなのかな。

カードを傍らに置き、マニュアルをさらに読み進めていく。

『お引っ越しの際にはお知らせを。転出届なしでの引っ越しは、ペナルティが与えられます』

知らせたら、引っ越してもいいんだ。

「…へえ」

そして最後の方のページまできて、「え? 最後のページで言うこと?」と思わずツッコミを入れたくなる項目があった。

『ステータスオープンと唱えてください。それまでの購入履歴も含めて、すべてが書かれています。購入履歴や、食の好みなども項目にありますので、他者に見られたくない項目は非公開の設定を個別で出来ます』

最初の方に書いておいてほしいもんだ。

「…そ、それじゃ……ス、ステータスオープン」

妙な緊張感を抱えつつ、初めてのステータスオープンを唱える。

ブウ…ンとノイズのような音の後に、目の前に透過した画面が現れた。

「う…わっ。これが噂のステータス画面!」

噂のってほどじゃないんだろうけど、いかにもファンタジーな異世界でございってものの一つなんだろ? これ。

「……ん? あれ? 待って。もしかして俺……やっぱ名字、なさげ?」

ここでも俺の名前は、ただ水兎と書かれているだけ。

それと、年齢が違っている。

19? 思ったよりも若くなった。7つくらいか。

そして、このステータス画面には、俺の姿をイラスト化したものが描かれている。デフォルメしたやつっていうのか? 三頭身くらいの、可愛い系の男の子っぽく描かれている。

頭頂部あたりには、アホ毛だっけ? リンゴのヘタみたいな毛がおまけみたいに描かれていて。

「え? こんな毛、さっき見た時に生えてた?」

キョロキョロして、鏡を探して。

「…寝癖みたいに見えるのに、イラスト化したら可愛さが出るって…なに」

頭のてっぺんを撫でつけるようにしてみるけれど、直ってる気がしないや。

「…うわぁ。髪色と目の色までもイラストと一緒に文字化してある。それに身長と体重もか。…ふぅ、ん。特に太っても痩せてもない。見た目はいたって普通。でも、この髪色と目の色には慣れないな」

こげ茶の髪に、黒目。それが俺だったはず。あまりにも変わりすぎている。

「ま……いいん、だけどさ」

そういいながら、ステータス画面の右角に『→』をみつけた。

「2ページ目があるってことか」

指先で触れてみると、かすかに”何か”に触れた。変な感じだ。

「……あ」

まさしくファンタジーな世界にいるんだなって項目が、結構小さめな文字でこちゃこちゃ書かれている。

「俺……使えるんだ、魔法」

ほう…を息を吐く。

ただ漠然と何をしてくれというわけでもなく召喚された俺。心と体を癒してくれっていうていで。

「って、待て待て待て。…これ、問題あるんじゃないのか?」

指先でなぞるように読みこんでいく。情報量がおかしい。

「全属性コンプリート済み? さらに必要に応じて魔法を創れるように、創造魔法もついております。…だと?」

それって、いわゆるあれだろ。あれ。

「チート……」

両手のひらをまじまじと見つめる。

この手で魔法を出すって? ファイヤーとかアイスナンチャラ! とか叫ぶんだろ?

「……えぇええええ…」

ひっくい声が出た。

過分だろ、過分。

魔法の項目一覧の下に、ちっさく書かれている言葉を目を凝らして読む。

「発動方法は、水兎さまの脳内に送信完了です」

え? 名指しで注釈書かれてる。…こっわ。

いつ送られた? え?

気づかないうちに体を弄られたみたいで、ちょっと…。

「いや、思ったよりも嫌だな。そういうの」

さっきまで美味い飯を食って、テンションめちゃ上がりだったのに、急激にめり込む。

異世界なんてそんなもんですよと言われりゃ、はいそうですか! としか返せないんだとしてもだ。

「自分の体に勝手に介入されるのは、嫌だな」

昔みた戦隊ものの悪玉に、体を改造されるソレっぽい話があったような。

想像が貧困すぎるのか、いろんなものへのイメージ悪すぎなのか。

その手の想像をしてしまうと、どうしても嫌悪感しか生まれてこなくて。

「どうせなら、自分で選んでからそれをインプットしてほしかった」

すぐさま暮らせるようにとかその手の配慮なのかもだし、こういう異世界転移とか転生ならではのお約束の流れなのかもだけど。そういうのに造詣がない人間向けに、確認は取って欲しかった。

「…とか思うのは、生活を整えてもらっておいて、贅沢な話なのかな」

ふう…と息を吐き、うつむく。

さっき読んでいた内容の中に、解決したい疑問への項目もあった。さっきの食事は、俺が食いたいタイミングで食いたいものが出てくる。

イコール飲みたいなと思っていた緑茶が出たのもその影響で、雑炊に関しても疲れたから消化にいいもの食いたいって心のどこかで思ってたからかもって感じだ。

それに関しての金銭のやり取りはなく、もしも自炊をしたい場合には必要なものを買いに行くもよし、ネットショッピングのような形式で配達してもらうのも可。もちろん、無料だ。

「ほんっとー…に、特別扱いなんだな。決算前に予算が余ってるってだけで」

頬杖をつきながら、魔法の項目をまた読み返していく。

スクロールしていくと、最後の方にものすごく小さな文字で文字が書かれているのに気づく。

「こういうのって、契約書にありがちな、どうせ最初から最後まで読み切らないから一番大事なことは小さくてもいいから書いておけば、書いたっていえるもんねー…って、契約書だけじゃなくトリセツにも書かれてるパターンか。……って、読みにくっっ。ん?……これ、スマホとかみたいに指でズーム出来るとかないのか……。うわっ! 出来んじゃん」

スマホやタブレットでやっていた文字や画像を拡大するやり方を試しにやってみたら、意外とイけた。

ここの文化っていうか、いろんなものが元の世界と大差ないところが多いから、もしかしてって思ったんだよな。うん。

で、そのめちゃくちゃ小さい文字を可能な限りでかく表示してみて、読み上げてみた。

『※漂流者の方限定』

頭にこう書かれてから、続きに書かれていた言葉に俺は言葉を失う。

『※漂流者の方限定:漂流前の世界のその後をご覧になりたい方は、自己責任で以下のリンクから動画をご覧いただけます。ただし、途中で中断は出来かねますので、その際は最後までご覧ください』

俺がいなくなった後のあの場所のその後?

叔母さんがどうしてるかとか、俺が担当していた仕事とか、俺が住んでいた場所のこととか……。

まったく気にならないとは、嘘でも言えない。

そもそもで、俺がしていた仕事は俺への引継ぎがめちゃくちゃだったから、俺が何年もかけてマニュアルを作りなおしてやっとまともに機能しかけている途中で。

最後の最後に問題があるとするならば、ファイリングを間違いまくる誰かさんのこと。

それがなきゃ、とっくに機能させられていたかもしれなかった。

というか、俺以外にももう一人くらいはその仕事を知る人間がいるべきと思っていた。

たとえ、前任者が優秀だったからとはいえ、上司が何も知らぬ存じぬじゃ、俺みたいなのが困る羽目になった。あんな風に実害が出る間に、後任を育てるべきだったのに…。

(自己責任…か)

その言葉の意味は分かる。分かるだけに、ためらう。

(だいたい、それを見る理由がなきゃ…見ない方がいいのか? それともそういうのとは無関係に、心残りや遺恨をなくすために見るべきなのか)

安易に決められない提案への答え。

まいったなと思いながら、後頭部を掻く。

ぶぅ…ンと、目の前で食器が消えてなくなり、代わりに懐かしいものが現れた。

田舎のじいちゃんが使ってた物と似ている、晩酌セット。

ガラスの徳利に、そろいのおちょこ。

一瞬、頭に思い浮かべたのも反映されるんだな。

「飲みたい気分って、たしかに思ったけど」

ブツブツ言いながら、徳利からおちょこに日本酒を注ぐ。

注ぐだけでふわりと匂いがたつ。

おちょこを口にし、く…っと一口。

鼻から甘い匂いが抜けて、肩の力が抜けた。

(また緊張していたんだな、俺)

「…んー」

もう一口飲みながら、あるものを思い浮かべる。

目の前に一瞬であらわれた中鉢っていうんだっけ? 皿でもない小鉢でもない、すこし深めの皿。

「時期じゃないのわかってるけど、日本酒にはコレがいい」

よくあるコンビニおでん。それを思い浮かべたら、大根、はんぺん、牛すじ、巻き白滝が出てきた。

あれ? 特にどれって選んで想像してなかったのに、意外と好きなのがあった。

脇にはカラシが塗りつけられている。

「どれ…」

箸で大根を割って、四分の一くらいにしてから、カラシをちょん…っと。

「で、日本酒…」

口を動かしながら、順番に食べては飲んで…を繰り返す。熱燗が飲みたいと思ったら、熱燗が出てきた。

「…サイコーの環境…なんだろうけど」

とくとくとく…と独特の音をさせながら、日本酒を注ぐ。

クッ…と一気にあおって、はあ…と息を吐く。

最近まともに飲む機会もなかったせいか、しっかり食事をした後なのに、意外と酔いが回ってきたかもしれない。

「はー…ぁ…………、気にならないわけ…ねえ、じゃん」

俺が消えた後のその後の話。

時間が停まってるのなら、こんな書き込みはないはずだ。何らかの出来事が起きる状態になってるから、見るか否かと聞いているんだろう。

「どう、すっかな。…みて、後悔…すんのかな。見なくても後悔しそうだけどな。どっちのが…軽いんだろな。後悔って」

気づけば徳利の日本酒はなくなってて、俺ももういいかなってどこかで思っているのか、おかわりは現れない。

「あとはこのまま寝るだけだろ?」

日本酒は思いのほか、俺の思考をゆるくしちゃったようで。

「どっちにせよするんだって、後悔ってやつは」

リンク先を、ぽちっとしてしまった。

自爆、と、人は言うんだろうな。自分じゃない誰かから言われるのかもな。

――やめとけって言ったのにって、言われてもいないのに。



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