愛しい人へ~愛しているから私を捨てて下さい~

ともどーも

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6話 嫌い、愛してる

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 彼の雰囲気が変わった。
 目をギラつかせ、獰猛な獣の気配を漂わせ始めた。
 こういった瞳は見覚えがある。
 城で男に襲われそうになったときの、あの目に似ている。

「マッケンジー侯爵令息ともあろう人が、嫌がる淑女を組敷くのですか?貴方の騎士道はその程度なのですね」

 努めて冷静に、相手の動揺を誘い、こちらのペースに乗せなくては!

「罪人に罰を与えるだけだ。売国奴め」
 口では罵ってくるが、その瞳は欲情に飢えた獣のようにギラついている。

 彼の手が頬を擦ってくる。
 大きくて肉厚のある手は5年前と変わっていない。
 剣ダコでガサガサしているのに、愛しくて堪らない手だ。
「気持ち悪いだろ?あの頃より一層ガサガサしているからな」
 彼の顔が苦しげに歪んでしまう。5年前のあの言葉を思い浮かべているのだろう。
 彼を突き放す為に放った言葉を引用されて、彼の中に私の存在を感じ、嬉しさと悲しさが入り交じる。

 頬から首、肩に手を滑らせていく。
 鎖骨を人差し指でなぞられた。
 背筋がゾワゾワとして、呼吸が乱れそうだ…。

「恋人は?護衛の誰だ?」
 彼の射抜く様な眼差しだ。
 瞳の奥にほの暗いモノを感じる。
 答えを間違えると、護衛を殺しに行くのではないかと思える程の凄みがある。
「いません…。恋人など」
「では城か?」
「違います」
 真実を探る様な、鋭い眼光で見つめられる。
 普通の令嬢なら失神してしまうほど恐ろしい目なのに、愛しくて、ドキドキが止まらない。
 目が離せない…。

 鎖骨を撫でていた手が、顎を軽く持ち上げた。彼の唇がゆっくりと近づいてくる。

 このまま彼を受け入れたい。
 でも駄目よ!
 彼の為に受け入れることは出来ない!

 顔を思いっきり反らし、目と口を固く閉じて彼を拒絶した。
 すると、彼は私の腕をまとめていた手を離し、両手で私の顔を抑え、無理やり唇を当ててきた。
「んん!」
 自由になった手で彼の胸を押したり叩いたりするが、びくともしない。

 息が続かず口を開けてしまった。
 彼の舌が無遠慮に入ってくる。
「ん?!」
 舌を噛んででも閉じようとするが、顎を固定され、閉じる事が出来ない。
 舌で舌を蹂躙され、息さえも飲み干されてしまう。
「はぁ、あっ、ん!」
 わずかな空気を求める度に、声が漏れて、甘い声が響く。自分でさえ驚いてしまう程艶やかな声だ。

 涙が目から溢れる。
 呼吸出来ない生理的な涙なのか、乱暴にされている恐怖なのか、愛しい彼に奪われている歓喜なのか、判断出来ないこの苦しみが胸を焦がす。
 
 どれくらい抑えられ、口を蹂躙されていたかわからない。頭がぼんやりして思考がおぼつかない。
「はぁ、はぁ」
 お互い息が上がり、月明かりに照らされる獰猛な獣は、残酷なほど美しく思えた。

「君が好きだ。五年前から変わらない。…君じゃなきゃ駄目なんだ」
 小さく、切ない声が降り注ぐ。
「俺のものになってよ、シャティー」
 濡れた目元を優しく拭われた。
 甘く乞う彼の声に頷きたい。
 私も愛してると伝えたい。

「出来ない…。出来ないの」
 涙が溢れてくる。
 心が悲鳴をあげてる。
「貴方とだけは一緒にいられない」
「何故なんだ」
「ごめんなさい…。ごめんなさい…」
 両手で顔を隠す。
 抑えきれない嗚咽が漏れて、まるで子供様に泣いてしまう。

 言えない。
 お母様の為にも、お父様の為にも、そして貴方の為にも言えない。
 言わずに貴方のもとを離れることで、すべてが上手く行くはずだった。
 恨まれ、憎まれて貴方に嫌われたかった。この恋心を封印すれば、誰も罪を犯さないで済むのに。

「嫌い、嫌い…。貴方なんか大嫌い!どうしてそっとして置いてくれないの!処刑台でも何処にでも行くわ!殺したいなら今すぐ殺して!」
「シャティー…」
 彼の手が腕に触れる。
「触らないで!」
 息を飲む音がした。また彼を傷つけてしまった。自分が嫌になる。どうして上手くいかないの。
「出てって!出てってよ!!」
 子供が駄々をこねるような、そんな恥たない態度で彼を追い立てた。

「ごめん…」
 そう言って、彼がベットから降り部屋から出ていくのを聞いた。

 お母様が憎らしい。
 自分が憎らしい。
 私の存在は間違いであり、不幸を撒き散らす災厄のようなものだ。
 あの晩、お母様に殺されていたら良かった。死んでしまえば、彼だって私を諦めて、別の誰かと幸せを探せたはずだ。
 あのまま真実を知らずに、彼と罪深い幸せを享受し、死んだ後、神に断罪されてしまったのか。何も知らない彼を道連れにして…。
 
 教会の教えで、自殺は重罪と言われている。でも、重罪を犯してでも守りたいモノがある。
 お母様の気持ちを、今ほど理解できる時は無いだろう。
 愛する人の心を守りたい。
 今すぐこの生を手放したって構わない。でも、メリダ様を残して逝くことは出来ない。

 どうか私を捨てて下さい。
 愛しているから、忘れて下さい。
 
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