愛しい人へ~愛しているから私を捨てて下さい~

ともどーも

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8話 夫人の独白

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~ ベンズブロー伯爵夫人視点~

 私はナンシー・マリンベル男爵令嬢。貴族学園で知り合ったレックス・ベンズブロー伯爵子息様と熱烈な恋に落ち、卒業した15歳の年に結婚した。
 レックス様はおっとりしていて、一見愚鈍な男に見えるが、デート時の細やかな気配りとリサーチ力は素晴らしかった。
 研究家で、学園に居るときから『魔動力』という新エネルギーの開発に勤しんでいて、実験が成功する度に嬉しそうに報告してくれた。
 学園卒業前に論文を発表し、陛下の目に留まり『魔動力研究塔』を設立して忙しくしていたわ。

 でも、どんなに忙しくても私への気遣いは忘れないし、時間が出来ると私の側を離れない甘えん坊で、とても愛しい人だ。

 彼に愛され、愛し、幸せな時間を過ごしていた。

 しかし、結婚してから3年がすぎ、私は少しずつ焦りだした。
 周りの友人に子供が次々と産まれたのだ。しかも、先日結婚したばかりの友人は現在妊娠中だった。
 友人達とのお茶会で、みんなが子供の話で盛り上がり、私は着いていけなかった。

「先日寝返りをしたの」
「捕まり立ちが出きるようになったの」
「よちよち歩いて可愛いわ」
 
 みんなの顔つきが違うことに気づくのに、時間は必要なかった。
 『母親の顔』を見るだけで、羨ましく妬ましかった。

「子供は授かり物だから、焦る必要は無いわよ」
「妊娠したら、つわりが酷くて大変だったわ。今のうちに体力を着けておくと良いわよ」
「旦那様が優秀で忙しいんだもの。少しお仕事に余裕が出来れば、すぐに授かってしまうわよ」

 友人達に慰められても、自分が惨めに思えた。
 レックス様に相談しても
「焦る必要は無いよ。子供はいつか出来るから、一人で悩まないでおくれ。それに、子供が出来たら君を一人占め出来なくなるから、僕としてはこの時間を大切にしたいと思っているよ」
と、甘い言葉で慰めてくれるが『いつか』とはいつなのだろう…。
 
 愛する旦那様との子供をこの手で抱きたい。彼と子供が微笑み合う姿を見たい。確固たる絆を、愛の結晶が欲しくて堪らない。
 
 彼と結婚して7年が経った。
 友人の中で子供がいないのは私だけになってしまった。
 お茶会に呼ばれることも、参加する事も減り、日に日に私の気持ちは落ち込んで行った。

 私の体がおかしいのだろうか。
 何故子供を授かれないの?
 世継ぎをもうけることも出来ない私に生きている価値はあるの…。旦那様の妻でいる資格はあるの…。

 毎日死にたくて仕方なかった。
 子供が出来ないなら離縁しなくてはいけないかしら…。
 それとも彼に側室を?それとも愛人を宛がうべきなの?
 彼の愛を、知らない誰かと分け合うなど、考えただけでも辛い。
 どうしたらいいの…。

 塞ぎ込む私を見かねて、レックス様が『仮面舞踏会』に誘ってくれたのだ。仮面を被っていれば、私だと誰もわからないから、ゆっくり羽を伸ばすことが出来ると…。

 彼と仮面舞踏会に参加したら、思いの外楽しくて、油断してしまったのだ。
 お酒の力はなんて恐ろしいのだろう。
 愛する旦那様と勘違いをして、違う男性と行為に行ってしまったのだ。
 気がついたのは、男性の精をその身に注がれた後だった。
 男性の方も私をパートナーだと勘違いしていたようだ。お互いにこの事は口外しないと約束し、その場を後にした。

 勘違いとはいえ、愛する旦那様を裏切ってしまった。もしもこれで妊娠してしまったらどうしよう…。

 怖くて怖くて堪らない…。
 
 屋敷に戻ってすぐに身を清め、愛する旦那様に迫った。
 先ほどの過ちを無かったことにしたい。他の男に汚された身を彼で塗り替えたい。

 浅はかで愚かな行為だ。
 彼に対して失礼な行為だとわかっている。私は最低だ。
 でも、彼を失いたくない…。
 妻の務めも果たせず、間違えて他人の精を受け取ったと知れたら、もう彼と一緒に居られない。
 
 愛してる。
 罪深い私を許して。
 地獄の業火で焼かれても構わないから、彼と一緒にいたい。

 仮面舞踏会の後から、私は取り憑かれたように旦那様に迫った。以前の私なら日中に誘いをかけるなど、はしたない事が出来なかったが、恐怖心を紛らわすのに必死だった。

 そして妊娠が発覚した。
 医師から診断されたとき、形容しがたい感情が渦巻いた。嬉しいと恐ろしいが入り交じり、呼吸さえ止めていた。

「やったねナンシー!今夜はお祝いだ!」
 彼の喜び様は凄まじかった。
 医師に安定期までは予断を許さないので、皆に報告するのはその後が良いと注意されているのにも関わらず、仕事先で惚気まわっていた。

 どちらの子なのかわからない。
 怖い…。
 でも旦那様の子供だったらと思うと堕胎することは出来なかった。

 産まれたのは私にそっくりな女の子だった。
 旦那様にも、間違い相手にも似ていない。どちらの子なのか全くわからなかった。
 
 わからないなら、私が口外しなければこの幸せを享受出来る。
 最低な思考に支配されて、私は真実に蓋をして、忘れようとした。
 愛する旦那様が我が子を抱いて、この上なく幸せな顔を見たら、間違いだろうがこの幸せを壊すことなど出来なかった。

 しかし、運命は残酷だった。
 出会ってしまったのだ。

 間違えを犯した相手と、旦那様が共同で仕事を行う事がわかった。
 相手には娘より五歳年上の息子がいた。旦那様は家族ぐるみで付き合いたいと私と娘を伴って相手の領地に行った。
 そして、相手の息子と私の娘が親しい仲になってしまった。

 私は戦慄した。
 異母兄妹で結婚など出来ない!
 神が許さない。
 いや、娘はレックス様の娘よ!
 異母兄妹ではない!

 一人で悶々としていると、ある論文が発表された。
 一部の男性の中に『子種』を生成できない人がいると。
 私は居ても立ってもいられず、旦那様の『精』をその論文を発表した者に送り調査を依頼した。

 確証が欲しかった。
 娘は旦那様の子供だと。
 
 結果は『子種の生成が極端に少ない』と診断された。
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