「俺の子じゃない」と言われました

ともどーも

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十四話 不安と迷い

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 コン……コンコン。
 夜更けに窓を叩く音がした。
 独特のリズムで叩かれるので、すぐにソフィアさんだとわかり、窓の鍵を開けた。

「こんばんは」
「こんばんは。どうぞ入って」
 彼女はスルリと部屋に入った。
 本当、黒猫みたいだ。

「遅くにごめんね」
「いいえ。何かあったの?」
 彼女は背中に背負っていた鞄から書類を取り出した。

「反撃の準備が整ったわ」
「え?!」
 ソフィアさんが私を訪ねてきたのは一週間前なのに、もう準備ができたの?!

「ふふっ。驚くわよね」
「えぇ……」
「ハーバイン商会のチェスター氏と、貴女のお兄さんとお義姉さんのお陰よ。」

 お兄様たちが……。

「早速だけど、書類にサインして。明日の朝、宮内国政機関に婚姻無効申請に対する異議申立てを行うわ。そのあと、提出した書類の査定を受けて、通れば『貴族間異議申立審議会』を開くことになる」
「裁判じゃないの?」
「貴族間の裁判はけっこう大きいのよ。費用も莫大だし、大々的に世間に知れ渡ることになるわ。お互いにとってそれは良くないでしょ?」

 そう言われると、そうね。
 高位貴族の政略結婚の場合は、離婚によって事業見直しなり、賠償金とかが発生するだろうから、個人間の裁判というよりは、家同士の裁判になるわ。
 今回の私たちは恋愛結婚で、とくに家同士で業務提携はしていない。離婚に関しては個人間での話し合いで済むのか……。
 お互いの醜い姿を世間に見せなくて良いのは、今後の生活に有利に働くわね。

「裁判にならないのはわかったわ。ただ、貴族間異議申立審議会って何なの?」
「公に裁判はしないけど、王宮の一室に裁判所の裁判員を招いて問題解決を図る会議。爵位に関わらず平等で公平な話し合いの場と思ってくれればいいわ。書記官も付けることができるから、あとで『この話し合いは無かったことにする』と横暴なことはできないから安心してね」

 よくわからないが、公平な人を交えて話し合いをするってことかしら?

「査定は一週間もしないで通過すると思うわ。そのあと、お互いの日程に合わせて審議会の日取りを決め、伯爵と対面して離婚、名誉毀損の慰謝料、親権と養育費の取り決めをすることになる」
「そう……なのね」
「リリーシア……。離婚、やめたい?」
 ソフィアは優しい顔で訊ねてきた。

「あっ……えっと……」
 歯切れの悪い返答に、私自身も戸惑ってしまう。
 離婚すると決めたのに、いざ離婚の話し合いをするとなったら、何か……胸がモヤモヤしてしまう。

「とりあえず、書類にサインはしようか。このままだと、強制的に婚姻が無効にされちゃうからさ。まずはそれを食い止めよう。それから、どうしていくかゆっくり考えれば良いわ」
「あり、がとう……」
 ホッとする自分に驚く。
 それが……情けなく感じてしまう。

「大丈夫よ。大丈夫。わかってるから。そんな顔しないで」
 ソフィアが明るく声をかけてくる。
 気を使ってくれているとわかる。

「一人で子育てするって不安よね。しかも、王都を離れる予定でしょ。怖いって思うのは当たり前よ。離婚しないで、別居して子育てをする人もいるわ。子供が大きくなるまでと割り切って踏みとどまる事も可能よ」

 不安……。
 このモヤモヤは不安や恐れ……なのかも。
 離婚しか……道はないと思ってた。
 エドワードとやり直すなんて考えられない。
 でも……、アリアは?
 感情的だった頭が、ゆっくり冷えていくようだ。
 
 もしも娘が居なければ、私は迷いなく『離婚』に向けて気持ちを固めていられたわ。
 自分が貴族じゃなくなることに、大して惜しいと思うこともない。貴族間の嫌らしいやり取り、信用のできない会話、笑顔で嫌味の応酬をしなければいけない世界と離れられる解放感すらあるわ。
 でも……貴族だったから、学院に行って勉学に励むことができた。貴族だったから、美味しくてまともな食事ができた。貴族だったから、綺麗な服が着れた。貴族だったから……不自由なく、生きてこれた。

 私は娘から……その生活を奪ってしまうんじゃないの? 

「まあ……精神的にキツイと聞くけどね。別居してても、どうしたって相手の影を感じるし、『父親』として『夫』として関わってくる。会いたくないって拒否しても、相手が強行して会いに来るなんて、よくある話」

 サンブラノ王国では夫婦の力関係は平等ではない。どうしても爵位を持つ夫の立場が上になる。別居したとしても、夫が突然訪ねてきたら、家に上げなければならない。
 まあ、同じ屋敷に居ても顔を会わせない方法はあるが、面倒であるのはかわりない。

「15年後に離婚すると約束しても、いざその時になり夫側が拒否して、離婚できないって話も聞くわ。それこそ、実家同士で事業を展開し、離婚し辛くされてしまった人もいたわね」
「……」

 離婚ではなく別居にすれば、アリアから『父親』を取り上げなくてもすむ。『伯爵令嬢』という肩書きも失わなくて良い。貴族学院に通うなら王都での生活はいろいろな意味で便利だ。
 アリアに『何不自由なく暮らす伯爵令嬢としての人生』を謳歌させてあげられる。
 私さえ……我慢すれば……。

「子供はとても賢いよ」
 はっとする。
「母親が自分のために我慢したり、泣いてたりすると……わかるよ」
 ソフィアの悲しい笑顔が、胸を苦しくさせた。

「これは私の持論ね。『子供のために離婚しない』は言い訳だと思うわ。一人で子育てする不安、経済的な不安、世間体、そういったことが離婚への一歩を鈍らせて、子供に責任転嫁してないって子供の目を見て言える?」

 ズキッと胸が痛くなる。
 わずかでも……そういった不安への逃げ道として、考えていた自分がいた。

「自分のせいで母親が不幸になってるなんて……本当、子供には辛いよ。そりゃあね、両親が揃ってる家庭が良いに決まってる。だけど、それは両親の仲が良好な場合に限るわ。喧嘩してる姿、無視し合っている姿、ギスギスしている姿、そんなの……見たくなかったわ」

 彼女の悲しげな瞳に、言葉が出ない。

「だからね、リリーシアがどうしたいか。どう生きたいか。それを考えてほしいの」

 どう生きたいか……。
 そんなの……。

「リリーシアの幸せを考えて」
「わっ……私は……母親、だから……」

 アリアが幸せになれるように……。

「母親だから、幸せにならなきゃいけないのよ。子供はね、お母さんが大好きなの。リリーシアが子供を見ているように、子供もお母さんを見てるのよ。お母さんが笑えば嬉しい。お母さんが泣いていれば悲しい。お母さんが幸せなら、自分も幸せなの。子供のために、リリーシアが幸せを諦めちゃいけない。だから、一緒に考えよう」
  
 いつの間にか固く握っていた手に、ソフィアが手を添えてきた。とても温かい……。
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