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3月

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 自分の口から吐いたアルコール臭で目が覚める、仮眠が解けた松井は今現在の状況を把握しきれず冷や汗をかいていた。


「(どこ…フロア長の部屋か…呑んでテレビ観てて…寝ちゃったんだ…これ…あ、膝枕?フロア長の、やばい)」


 いかにスムーズに目を覚ましたフリをするか、どう誤魔化すか、それとも非礼をすぐさま詫びるべきか。

 そもそもどういう経緯で膝枕になったのか、フロア長はどんな顔をしているのか、これはもう起きないことには分からない。


「ん…んー………ッわ!」

 松井は寝返りを打つように肩を横に倒して体をビクつかせ、その衝撃で目が覚めたように演技をした。

 その時肩から温もりが離れて消えた、乗せられていたのは奈々の手だったことをそこで知る。

「あら…起きた?酔ってこっちに倒れてきたのよ…膝、お貸ししたわよ♡」

「す、すみません…あの…呑みすぎました…」

「気をつけなきゃダメよ、私が悪い人だったら写真とか撮って流出させちゃうわよ?」

「芸能人じゃないんですから…はは…すみません、お茶もらいます」


 誤魔化せたか、不自然じゃなかったか、松井は床に座り直してボトルの麦茶を空いたグラスに注いで飲み干した。


「……」

ずびと茶を含んで、松井は時計を確認する。

「あの…僕、どれくらい寝てました?」

「30分くらいかしら」

「は…そうですか…いや…すみません…重かったですよね…」

 テレビはまだプライムタイムの番組が流れていて、確かにそれほど時間は経ってないようだった。

 しかし30分も体を預けて寝てしまった、松井はペコペコと頭を下げる。

「いいわよ、私の太ももを狙ったわけじゃないんでしょ?無意識に触ってたわよ」

「ご、ごめんなさい!変な…いや、気持ち悪いことしちゃって…」

「もー、謝罪じゃなくて…女に膝枕してもらっておいて、他に言うことないの?」

自分としてはサービスしたつもり、奈々は不機嫌さを少しだけ滲ませて小首を傾げた。

「え、柔らかかったです…じゃなくて…」

「ふっ…人を褒めなさい、他には?」

「貴重な体験を…いや、もう帰ります…すみません」

松井はワタワタと手荷物をごっそり抱え、階段へと向かって歩き出す。

「ラザニアとかどうする?包み直しましょうか」

「あ、そうか…」

慌てて引き返した松井は来た時のようにバスタオルでラザニアの耐熱容器を包んで、忘れ物が無いか確認する。


「そんなに意識しないでよ…気にしてないわよ、嫌だったら最初から払い除けてるわ」

「は…」

「これくらい慣れてるってこと。ふふ、馬鹿にするつもりはないし今日聞いたことは内緒にするから大丈夫よ」

 階段を降りていく松井の背中を追いかけ、奈々は施錠するために玄関先まで見送った。

「あ、すみません…あ、上がる時…もう落ちないで下さいね…また、」

「あはは…うん、また、恋バナしましょうね♡」

「はは…じゃ、」

皮膚で骨で味わった奈々の肉の感触、松井は頬を手で擦って自室の鍵を開ける。
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