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届かない思い

執事とサイコ

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 俺は気がつくと前世の姿で暗闇の中に閉じ込められていた。俺は手探りでその場を走り回った。早く……まだくたばるわけにはいかない……にえを……澤田から守るんだ……!足を踏み締め、辺りを見渡し、走り続けた。どこまでも続く暗い空間に一筋の光が見えた。

「まこちゃん……」

 にえだ……にえの声がする……!俺はその光のする方へと走ると、棺桶で寝ているにえと、遺影を見て泣いている親族。式に参列した人々の姿があった。お経を読むお坊さんの声が部屋を包む。俺はその場で膝をついて、泣き叫んだ。

「にえ……にえ……!!」

 俺は拳を握り、涙を流した。が落ちた先から火が放たれ、自分の容姿がみるみるうちに変わっていく。

「……絶対に……俺はもう二度とにえを殺されたりなんかしない!絶対に守ってみせる……!!」

 自分がパープルの容姿に変わった後、眩しい光が目の前を覆った。気がつくとそこは見知らぬ天井が拡がっていた。辺りを見渡すと、近くにいたのは先程俺に嫌味を言ったあの執事だった。

「やっと目覚めましたか……パープル嬢……」

 俺がその場で体を起こそうとすると、執事はこちらに向き直し、目を光らせた。

「いいえ……佐藤誠くん……」

 俺は表を憑かれた。勢いに任せ体を起こし、声をかける。

「どーして俺の名前を……!」

 俺は澤田の顔を思い浮かべ、奴の部下である可能性が頭を過ぎった。俺は警戒をとかずにじっと睨みつけていると、執事は顔を横に振った。

「全く……君を探すのにすごく苦労したよ……澤田の居場所も分からないし、勝手に2人は出会うし……少しは俺の身にもなってくれ」

 澤田を探していた……その言葉を聞いて彼があいつの手下でないことを知ることが出来た。眉間に皺を寄せ、相手の頭の上の文字を読む。

「ゲームオタクな警察官……佐野  歩……?」

 1度も聞いたことの無い名前と、自分とは全く接点がないであろう警察官が、どうして俺なんかを見つけたかは全く検討がつかなかった。

「さっきから人の頭をジロジロと見るのをやめてくれ。て言うか、俺はいつからゲームオタクになったんだ……」

 少し肩を落とした相手を見て、俺はなんだか少しだけ彼に興味を持った。見たところ悪い奴ではなさそうだし、1度話をしてみるのも良いだろう……そう思って声をかけた。

「あんたは一体何者だ……?」

 俺がそう問いかけるとゆっくりと近づいて俺の頭を小突いた。いたい!と叫ぶ俺に呆れた視線を向ける。

「あのな。人様にものを聞く時は、例え相手がどんな人間でも、ちゃんと尋ねるのが礼儀だ」

「だからって小突く事ねぇだろ!?」

 俺が涙目で訴えると、佐野はため息を着いて俺の寝ているベッドに座った。

「いいか?大切な事だからよく聞くんだぞ」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

あれは前世に遡る。佐野には愛おしい妻。佐野優希という女性がいた。彼女は心優しく、どんな人にも笑顔を向ける優しい女性だった。近所の人が風邪になれば言って看病し、遠くで困った老夫婦がいると聞けば行って介護した。そんな彼女の事だ。近所に住んでいる高校生のにえちゃんの事もよく覚えていた。亡くなったと聞いた時は、涙を流し、佐野の胸の中で泣いていた。

「ねぇ、歩?」

「ん?どうした。優希……」

「にえちゃんのお葬式……私も明日出に行こうと思うんだ……着いてきてくれる……?」

「……うん。優希の頼みならなんでも聞くよ」

 2人は強く手を握りあった。優希は少しだけ笑みを見せると、佐野の胸によりかかった。大きくなったお腹を撫でながら、2人は静かに抱擁した。


 次の朝。2人は葬式を終え、護送車を待つため、外に出た。不意に優希は自分のカバンを探っていると、携帯を忘れてしまったようだ。

「あ、やばい。携帯どこかに落としちゃったみたい……」

 優希が取りに帰ろうとすると、佐野は優希の肩を持って優しく笑いかけた。

「俺がとってくるから、優希はここで待ってて」

 そう言うと足早に立ち去った。佐野は自分たちの席を確認すると、椅子の下に携帯が落ちているのが見えた。

「よし……早いとこ渡して……」

 そう思った次の瞬間。外で車輪が鈍い音を立てた。佐野は嫌な予感を胸に外へと走り出した。そこには護送車が前列に並んでいた大勢の人間を跳ねた残骸が残っていた。辺りでは恐怖するもの。冷静に救急車を呼び、看病するもの。自分の身内に走りよるもの達で溢れかえっていた。佐野は自分の妻の元へと走った。その姿は血で染まっているにも関わらず、佐野には美しい花のように見えた。赤い彼岸花が咲き誇るように儚い姿に声も出せずに崩れ落ちた。涙を流すことすら出来ない。

「汚い絵面」

佐野はその声を耳にした途端、頭に熱い血が走った。声の主は飄々とした様子で笑って護送車から出てきていた。佐野はその男の元へとかけていくと、男も佐野に気づき、楽しげに護送車を捨て、走り出した。逃げ去る男を見た式の参列していた男達も走り出す。田舎道を走り抜け、住宅地を駆け巡り、ビルの階段を上る頃には、皆疲れきって倒れ込んでいる。たった2人以外は……

 佐野は逃げ去る男に食いつき、ようやく屋上まで追い詰めると、男はフェンスの外側にいた。佐野はフェンスに噛み付く勢いでしがみついた。

「お前……!何をするつもりだ!沢山の人を……俺の妻を殺して逃げるなんて……卑怯だぞ!!」

 男は飄々とした顔で笑いながら、重たい口を開けた。

「そんな暑くなることは無いでしょ?たかが妻の命じゃないですか。どうせ愛も冷めきっているんでしょ?」

 佐野は苛立ちのあまり声を荒らげた。

「ふざけるな!!俺が、俺が今までどれだけあいつを愛していたかお前には分かるか!!ずっとだ……ずっと出会った子どもの頃からずっと守り続けて、ようやく結ばれて……子どもまで出来たんだぞ……!お前にその気持ちが少しでもわかるか!!」

 佐野の目から初めて涙が出てきた瞬間。男は顎に手を当て頷いた。

「いやはや感心致します……このご時世夫婦関係など破綻するものだと思っていました……しかし、貴方は今妻のために涙し、声を荒らげ私に殺意を向けてきた。あなたは素晴らしいお方だ……そんな貴方にいいものを上げましょう。あなたの妻を殺してしまった少しの償いです。これを使えば戻ってくる、という事でもないですが、きっとあなたの欲するものだと思いますよ」

 男はそれを投げ、佐野の手の中に受け止めた。掌を開けてみると、小さな指輪が2つ付いていた。

「それは運命の籠……私が開発した指輪です。死後、想い人の魂を引き寄せ、同じ世界に呼寄せることの出来る指輪です。まぁ何分これは試供品ですので、本当に成功する保証はありませんが、きっと貴方ならこの指輪を使う時がすぐに来るでしょう……」

 そこまで言い終わると男は足をビルの外へと出し、体をかたむけた。

「おい!お前……!!」

「その指輪の使い方は俺の家の引き出しに全部書いてある。探して使うといい。まぁ後悔はあるだろうけどね……君を期待しているよ」

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