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第七章
第四六二話 クソ野郎だよ。ホント、クソ野郎だ
しおりを挟む『はい。十分経ちました。皆さん、席に着いてください……なんちゃって。もし怒っている人が居たら落ち着いてください。流炎やら火柱やら、大規模な魔法はご遠慮ください。結界魔法システムの担当クルーがしんどくなるだけなんで』
額に青スジを浮かべたオルフェが準備し始めていた『火柱』を仕舞った。遥か未来の聴者に語り掛けるのではなく、反応を読み切って弄ぶかのような録音に皆が苛立ちを募らせていた。
『さっきの続きですけど、タミアラは人が人を治めることを知らない馬鹿ばっかでした。為政者が存在しない無政府国家が崩壊し、リーダーシップを取れる人間は皆無の中で、身勝手な祈りが危険な加護を量産しました。全員が異世界人なので、もちろん言葉は通じません。色々と楽するための工夫をしてみましたが、結局、俺がいちいち出向いて意思疎通を図るしかありませんでした……マジでムカつくわ。死ねばいいのに』
流花みたいな人間が大量に現れたとするなら、混乱は避けられないだろう。そういう人種だったのなら放っておいても遠からず自滅したかもしれないが、ゼトはそういうわけにもいかなかったのだと語る。
『はぁ……タミアラはムカつくけど、奴らの存在は必然だったので程良く滅ぼす必要がありました。もちろん試行錯誤はしましたが、まだ要石を据える段階では無かったので大変に苦労しました。本船の陸揚げに有用な加護持ちも居たし、とりあえずは協力関係を結ぶ必要がありましたから。システムがこの動作をしているということは、知ってるヤツもそこに居るだろう? 軽々だ。重力制御の加護持ちにお願いして、本船を帝都予定地に埋めてもらいました……軽々と。本人は馬鹿ヂカラだと思っていたが……あな恐ろしや。ミヨイについて行かせたから、チカラの系譜は生き残ってるだろう……たぶん』
ゼトはタミアラの加護持ち達と協力関係にあったらしい。シモンの『破のチカラ』は当時からあったようだが、オリジナルはインゲーンス・イミグランテスを持ち上げて埋めることすら出来るほどの強力な加護だった。
『ここで問題です! トチ狂った馬鹿共をまとめるために必要なものは何だと思いますか? 制限時間は十秒! シンキングターイム……スタート!』
陽気なノリについて行けない。大災厄直後の地獄の中で何故こんなにテンションが高いのか。
『はい、時間切れ。こちらからそちらを観測する手段が無いので、答えなくてもいいです。正解はズバリ! 敵の存在です! アマラスやイソラとの縁が深く、そう簡単に殺られない強い敵を見繕ってやる必要がありました。スノーに奪還させてやったイソラの身体を泳がせたところ……やはり必然だったようです。聖都予定地近くの樹海内にシェルターを造ってました』
イソラの身体は奪還させてやったのだと宣うゼトに、負け惜しみを言っている感じは無かった。さらに、聖都近くのシェルターと言えば一つしかない。
『詳しい座標は分からなかったので、イソラボディーに魔力波を放つ発信器を取り付けて位置座標を特定! 後日、神官長にはバレたらしいが時すでに遅し! ミヨイに率いさせた馬鹿ガキの軍をドーンとぶつけてやりました! わっはははははは! 加護持ちは団結してくれるわ、いい感じで処刑人を生み出す場が出来るわ、まさに一石二鳥! あっ。未来の教皇猊下? 教皇って呼ばれてますよね? 怒らないでくださいね? これは必然なんで仕方のないことですし、女神教会も創ってもらわないと困るんで。高位神官は程良く数を残して助けてやりましたから勘弁してください』
教会組織どころか試練の祠すらもゼトの掌の上で生み出されたという事実に、異端審問官を処刑人呼ばわりする男に、温厚なデント教皇が鬼の形相になっている。
護られるべき者たちは死に絶え、護ろうと戦っていた者たちが生き残った皮肉な運命を『必然』のひと言で片付けるゼトの気持ち悪さに吐き気を覚えた。
『はい! ここで攻守交代です! ムカつくタミアラ人から大陸をぶんどります! 大して時間は掛かりませんでした。ミヨイの軍が西に行っている隙にタミアラの首都! 波府に大陸中のタミアラ人を集めます! この策は大陸の地形と都市の配置を見た瞬間に、百年前から決めてました。あいつらは馬鹿なので『天八意思兼に復活の兆しあり!』と噂を流しただけで泣いて喜び、一族郎党率いて馳せ参じました。馬鹿ですねぇ~。盛大な式典を開かせ、十分に盛り上げ、老若男女、第一世代から第三・第四世代、タカ派もハト派も関係無く、数千万のタミアラ人を集めたと~こ~ろ~で~、はい! 女神の裁きドーン! ハブ大貯水池の誕生! わぁ~っははははははははははははははははははははははっ! いやぁ~、爽快なんてもんじゃない! 秘密裏に星を打ち上げた苦労が報われた瞬間! 尼羅緒も良くやってくれた!』
もはや、垂れ流される狂った男の一人語りをただ聞くことしかできなかった。女神の裁きを使って数千万の人間を虐殺した男を誰が理解できるものか。
それは二百年の時を生きて帝国の礎を築いたとされる初代皇帝の辿った道そのものに思える。しかし、大災厄以来、皇族の系譜は本船の乗組員扱いだったのだ。
それすらも百年でゼトによって終わらされた。必然とやらのために、無駄な犠牲を払いと努力を重ねたキクリたちが浮かばれない。
『あっ。アマラオっていうのはアマラス・オルターの略ね? 天才アマラスが魔力の源を創ろうと頑張った成果にして、失敗作の廃棄物。要するに女神のクローンだ。俺が拾って有効活用してやった。あのマッドサイエンティスト……娘のためなら手段を選ばなかったからな。天才に理詰めで来られた時には評議会がそっちに流れかけて焦ったが、年増女を煽ったらブチ切れてムラマサで襲い掛かってきた。シンパのプリンケスを囮に使って何とか逃げたが、長い人生……アレが百番目くらいにヤバかった。わははは……笑い事じゃねぇよ。たった今、必然になったから仕方ないけど。ふぅ……ちょっと口調が乱れました。休憩にします。十分だけお待ちください』
現在も天空にいる自称女神はアズが創ったクローン。随分と長生きらしいゼトだが、イソラに生じた変異レギオンをコイツが利用しないわけがない。
「不老不死のくせに冬眠してんのかコイツ」
「ニイタカさん。それはおかしいです」
「…………あっ、すいません猊下。何がですか? 要石の正体については報告しましたよね?」
「女神が苛烈な人物であったなら、娘を長期間拘束させるわけがありません」
「アズさんが評議会で暴れたのは……イソラの引き渡しから左程の時間は経っていないと?」
「不老不死なら殺される心配などないはずですが、それは置いておくとして、この男はこう言いました」
アレが百番目くらいにヤバかった――。
部下を大量に失う事態を百番目と評している。どれほどの波瀾万丈だろうと異常だ。ハッタリで無いとするなら、その時点で既に相応の時間を生きてきたことになるのではないか。
「……元から不老不死だったと?」
「わかりませんが、女神が健在だった時代から生きた人間ならばあり得ます」
概念魔法どころか、シセイの『癒のチカラ』ですら肉体の時を巻き戻すことができる。女神ならば人に不老不死を与えることも可能なのではないか。
『はぁ……すいませんね。あともう少しだけお付き合いください。必然を増やしておかないと、計画が失敗した時に困るんで。というか、万に一つも成功しないんじゃないかと思ってます。俺は何のためにこんな事を……はぁ~……』
十分後、物語が再開した。語り部のテンションが異様に低い。タミアラ人の虐殺が一番の佳境だったのか。
『大災厄ですが、あれは最大の必然でした。あれが無ければ世界が海に沈むこともなく、ムーア大陸は存在せず、神聖ムーア帝国はもちろん、そちらで言うトティアスは存在しません。そして……そこのオマエ……耳の穴かっぽじって、よーく聞け。大災厄が無ければ、女神も存在せず、人類はとっくの昔に滅んでいる』
順番が逆だろう。女神が降臨して救われた人類の欲望が、オマエが、大災厄を生んだのだ。
『女神降臨以前の世界に転移した俺が言うんだ。ハッタリなもんかい』
「――は?」
ゼトについて、キクリは言っていた。
数百年前の大賢者も斯くやという知識を持った、魔法に造詣が深い、黒目の男。
アズの開発した魔堰にいち早く着目したのもゼトだった。
『アズミを女神にしたのは俺だ』
また順番が逆だ。理解できない。女神がスノーに恋をして、アズになったのではないのか。
『大災厄に間に合わせるために、千年ほど掛けて必要な暴走因子を造るところから始めた。必要なのは『他者の願いを叶える』『他者に力を授ける』『他者に微笑む』『他者に言葉を発さない』『他者は凡ゆる他者である』『他者が望む存在と成る』……この六つだ。これでアズミは女神となり、女神が発生した時空間に転移する。最後の最後に、故郷へ帰ることを望んだ恥知らずな女の祈りが、大災厄を生んだ。この世のモノを放っぽり出して、一人であの世に逃げようとしやがった……俺が許さんかったがな』
暴走因子が女神を創った。
それを成したのは自分であると、地球からの異世界転移者が語る。
飛ばされた先の異世界で、何故そんなに色々なことを知っているのか。
『暴走因子の造り方は、レギオンを投与した人間を調教すること。心の底からそれを願うように仕向ければ、アズミの加護が仕事をする。レギオンは祈りの器だ。魔堰は魔力を堰き止めてるわけじゃない。それに込められた概念の発露を祈る心が、魔堰に含まれるレギオンに溜まり、加護として顕現する。概念の込め方は簡単。取説を付けろ。イメージし易い文面でな。知ってのとおりアズミは厨二病だから、誰にも理解されずに起動すらしなかった。アズミ自身と俺だけだ。初期の魔堰を扱えたのは』
肌が粟立つ。最悪の可能性が脳裏を過った。
コイツがそれを知ったのは、たった今ではないのか。
『そっちの時空から数えて、約一万三千年前だ。プロジェクト・トティアスが失敗した場合、オマエには地獄が待っている。本物の地獄だ。トティアスが揺り籠に思えるほどのな。テンション上げてけ。はっちゃけろ。万が一、成功した暁には、俺に感謝してハーレム王でも目指せ』
ふざけんな。ふざけんな、ふざけんな。ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんなふざけんなふざけんなふざけんな、ふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんな――。
『教皇猊下……復元力がどの程度の仕事をするのかわからないので、タイミング外しになるかもしれません。しかし、これは必然でした。俺はその報告を知っていましたから』
ゼトが黙った、その時――。
『ピリリリリリリリリリリ……!』
デント教皇の通信魔堰が着信音を放つ。
まるでゼトが予言したかの様に――。
「猊下! 出ちゃダメ――」
間に合わなかった。
『猊下ぁああああ! こちらズィーベン!』
耳を塞いだが、間に合わなかった。
『魔女の使徒がラクナウに上陸! 凄い数です!』
最悪の報告を聞いてしまった。
『わぁああぁあああああああああああああ――――っ! ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!』
「魔爪起動ォオオオオオオオオオォオオオオオオオオオォオオオオオオオオオォオオオオオオオオオォオオオオオオオオオォオオオオオオオオオ!」
五つのムラマサを展開して、ゼトが収まった冬眠カプセルに駆け出し、振りかぶる。
『人工冬眠カプセル零番器ニ高エネルギー反応ガ接近……緊急防護結界プログラムヲ起動……完リョ――『ズガーン! パジィン!』』
「クソがぁあああああああ! 死ね! 死ね死ね! がぁあああああああ――――っ!!」
ギリギリで間に合わなかった。結界魔法システムに納まる先帝の左目がギョロリとカプセルに向き、神聖痕が激しく光るや、不壊の魔法が付与された。
『俺の時は、この後に待つ実験で過去に飛ばされた。そりゃそうだろ? なぁ? 名無しの俺よ。過去に俺が居なけりゃ、トティアスは無いんだからな。それも必然だ。本物の神様の強制力ってやつだ。世界はタイムパラドックスを認めない』
何度も何度も魔爪をカプセルに叩きつける。
無駄だった。物理攻撃では何の意味もない。
『俺の未来を否定した異世界なんざどうだっていい。すべてはこの実験のためにやってきたことだ。前の俺もそうだったんだろう。くるくるくるくる……くるくるくるくるくるくるくるくるくるくる……狂狂と…………同じ時間を何度も何度も…………記憶と脳みそを新替して回ってるだけだ』
そして、俺を殺せたとしても、何の意味もない。
『異世界人ってだけで、何かの拍子に全能のチート貰って、実際のところ何も出来やしねぇ。くだらねぇにも程があるだろ? これが……』
それでも、このクソ野郎に爪を突き立てることしか出来なかった。
『――この異世界転移モノの真実だ』
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