幽霊令嬢

猫枕

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「もう、いい加減にしてよ!」

 カサンドラは床に蹲るセレネにイライラしながら怒鳴った。

 セレネは顔を見せるでなく、声を発するでもなく、ただただじっと蹲っているだけ。

 「・・・・悪かったわよ。・・・だからもう来ないでよ。
 ・・・なんなのよ毎日・・・」

 カサンドラはあまり眠れていないらしく、目の下には隈を作って疲労しているように見える。

 そしてセレネがスゥーッと消えると

「なによ!結局何もできないくせに!・・・アンタなんかねぇ、ちっとも怖くなんかないんだからね!」

 と強がりの悪態をついた。




「そうなんですよね~」

 セレネはポップコーンをガサガサ頬張りながら、呑気に言った。

 基本、幽霊の活動時間は夜なもんだから最近ではすっかりセレネもゼファーも夜型になっている。

「いくら幽霊怖いったって出てくるだけだったら、そのうち飽きられません?
 あ、また居る、みたいな」

「う~ん。そうだな~」

「ホラ、気持ち悪い虫とか毒の無い蛇とかって、嫌いな人は見ただけで嫌じゃないですか?
 だけど、平気な人は『何もしないから怖くないよ』っていいますよね~」

 ゼファーは投げたポップコーンを口でキャッチするのに夢中になっている。
 さっきから何度も失敗して床に落としている。

「なんかゼファー様って魔法無しだと鈍臭いですよね」

「なにを?!やんのかコラ!」

 二人はヒャアーヒャアー言って取っ組み合いの真似をする。


「話戻りますけど、このままだと私、『なんか出てくるだけの人』
 になっちゃいません?
 気味悪いから居てほしくはないんだけど、居るからって別に何か実害があるわけじゃないし
『ただ居るだけ』だから怖くないよ、みたいな」

「存在に慣れちゃうかな」

「うん。しまいには、
『ハイハイ、ちょっとそこどけてね~』
 みたいになっちゃうんじゃないですか?」

「もう、日常の一部、みたいな」

「そうそう」

「また野良猫が入って来たレベル」

「あっち行けシッシッ!」

「久しぶりに聞いたわ、その言い回し~」

「なんでシッシッなんですかねぇ?」

「俺は犬も猫も好きだからそんなことは言わないけどな」

「なに好感度上げようとしてるんですか~」

 すぐに脱線する二人である。



「じゃ、実害を出せばいいんだな?キリッ!」

「なに爽やかにイヤらしいこと言ってんですか。白い歯がキラーンってなってますよ」

 「だってボクちゃん 『紅顔の美少年』って言われてたんだもん」

「睾丸?!」

「ちっげーよ!嫁入り前の乙女が睾丸とか言ってんじゃねーぞ」

「ゼファー様、顔が赤くなってる」

「誰がドーテーだよ」

「言ってないですって」



 
 カサンドラ達が集まってお茶会をすることになった。
 
 お茶会と言ったっていつものメンバーが寄り集まって他人の悪口や噂話をするだけの会だ。

 かつてスクールカーストで上位に君臨していたカサンドラには、お近づきになりたいと媚びへつらう者も多かったし、少なくとも彼女の機嫌を損ねないように愛想良く振る舞う者がほとんどであった。

 しかし近頃ではカサンドラ達とは距離を置こうとする生徒が多く、わざわざ彼女達の誘いに乗る新規の友達もいない。

 したがって最近の落ち込みがちな気分を上昇させようと催された会ではあったが、イマイチ盛り上がりには欠けていた。

 会場となったのはカサンドラの取り巻きの一人キャロラインの家だった。

  意地悪メンバーが寄り集まれば、どうしても話題はセレネのことになる。

 またしても彼女達は反省することもなく口々にセレネの悪口を言い始めた。

「幽霊を見た、なんて言ってる人達は頭がおかしいのよ。
 心が弱いからありもしない幻覚をみるんだわ!」

 未だセレネに遭遇していないキャロラインが自信満々に言うと、カサンドラは言葉少なに、そうね、と同意した。

「呪ってやる!なんて手紙に書いてあったけど、私たち別になんともないし」

 別のご令嬢が応援するみたいに続ける。

「そうそう、やれるもんならやってみろ!っての」


 すると光射し込む明るいサンルームがいきなり黒雲で覆われたように暗くなった。


「・・・寒い・・・寒い・・・

 冷たいわ・・・地獄淵の水は冷たいわ・・・ウウウウウ・・・」 

 セレネの恨みがましい声が地を這った。

 それと同時にサンルームに大量の冷たい水がなだれ込んで来た。

 楽しい?茶会はたちまち阿鼻叫喚の嵐と化した。

 水位は一時ご令嬢たちの頭上に達し、彼女達は文字通り死を意識する体験をした。

 跡形もなく水が消え去った後には恐怖と水で身体が冷えきって、飲み込んだ水を吐き出そうと咳き込む無惨なご令嬢達の姿があった。

 その後応急措置が施され各々の自宅に帰ったご令嬢達は皆一様に高熱を出して数日間寝込むことになった。

  寝込んでいる間、見るのはセレネの夢ばかりだった。

 彼女達がセレネに意地悪をしている夢。

 夢の中で彼女達はセレネに暴言を吐き、暴力を振るい、私物を破壊した。
 集団で無視をし孤独に追い詰め、用具入れや空き教室、ゴミ集積所に閉じ込めた。

 すると夢の中のセレネが彼女達に悲しそうな目を向けるのだ。



「ちょっとやり過ぎました?」

「死にゃーしなかったんだからいいだろ?」

「それにしてもゼファー様すごいですね。
 地獄淵から大量の水を移動させるなんて!」 

「大魔法使いだからなっ!」

「まあ、キャロラインからはトイレに入ってるとき上からバケツの水をぶっかけられたんで、水でお返しって思ってはいたんですけど、さすがにもうちょっと温かい水にすれば良かったですかね?」

「贅沢な。地獄淵は世界名水100選に選ばれた清流だぞ?」

「ゼファー様のオシッコ入りですけどね」

「・・・倍返しだ!!!」
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