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優しい人

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私はキリト様に抱き締められている。
甘い匂いがする、前と同じだ。
キリト様が私の顔をじっと見てくる。
近距離で見つめられるのは恥ずかしい。
キリト様は綺麗だから。

「ムギ、俺があなたの気に障ることをしたのなら謝ります」

「違うんです」

そう言いながらも涙が止まらなかった。

「前にもこうしてキリト様に頬を撫でられました。そう、あの時は愛斗さんだった」

「ムギ、記憶が?」

私は彼に向かって首を横に振った。

「一瞬の事しか分かりませんでした。
ただ、私にとってすごく幸せな瞬間でした。私は愛斗さんが大好きだったんでしょう」

「ムギ、これから記憶を取り戻すのは怖くないですか?」

私は笑った。

「私は可能な限り、自分を愛してあげたいんです。
過去の私はそれをしてこなかった。
誰にも助けを求めなかった。
人間はどうやっても一人では生きていけませんから。でも、私にはそれすらも分からなかった。

だからもう繰り返さないようにしたいんです。私は記憶を取り戻して、本来の私になりたいんです」

「ムギ、あなたは優しい強い人ですね。きっとそれが紬という本来の人間の姿だったんでしょう。
苦しかったらどうか俺を頼って下さい」

「ありがとうございます」

「それと」

キリト様が一冊の厚い本を持って来た。

「ムギ、これをあなたに」


キリト様が本を捲ると中に赤い石の付いたネックレスが入っている。

「あなたの紅い瞳にぴったりだと思い、父から譲り受けました。どうか受け取ってください」

「わ…綺麗」

私は紅い石をしばらく眺めていた。 

「付けて差し上げます」

キリト様がネックレスを付けるのを手伝ってくれた。

「ムギ、そろそろ就寝の時間になりますね」

そう言ってキリト様は再び私を抱えた。

「部屋まで送ります」

またキリト様は窓から飛び下りる。
壁を伝うように蹴りながらだ。
人間業じゃないことは明らかだった。

あっという間に私の部屋の前に辿り着く。
今度聞けたら、どうやって体を鍛えたのか聞いてみよう。
キリト様はすごい人だ。
優しい大好きな人。

その日の夜は、ドキドキしてなかなか寝付けなかった。
キリト様の体温にとても安心した。
私達はこうしてここに生きている。
もしかしたら、これが裁きなのかもしれない。

(愛斗さん、どうか、キリト様を見守っていて?)

私は一生懸命お祈りした。
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