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第1章

『色気ゼロ』の女騎士です 2

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 精悍で男らしい顔立ち。背丈は高くて、体格もがっしりとしている。

 その漆黒色の髪の毛は乱雑に切られている。でも、この人は素材がいいから。……どんな髪型でも似合ってしまうのだ。

 そして、彼のエメラルド色の目が私をじっと見つめている。……いや、睨みつけているが正しいのか。

「ど、どうしました、ヴィクトル様……?」

 恐る恐る、彼と視線を合わせてそう問いかける。

 すると、彼は「隣、いいだろうか?」と逆に問いかけてきた。……隣って。

 そう思いつつ周囲を見渡す。……どこもかしこもベンチは埋まっていて、私の隣くらいしか空いていない。

「どうぞ……」

 まぁ、私の隣が空いているのは先ほどまでライナー先輩がいたからだし。……空いていたら座りたいのは、人間の性だ。

「あぁ、感謝する」

 ヴィクトル様はそれだけを言って、私の隣に腰を下ろした。

 ちらりと彼の横顔を見つめる。その男らしい顔立ちは、数多の令嬢を魅了しているというだけは、ある。

(本当、顔もよくて、同期の中で一番の将来有望株。生まれも名門伯爵家。神様に愛されているといっても、過言じゃないわ)

 そんなことを考えて、私は自分との差に項垂れてしまいそうになる。

 ……その良いところの一つくらい、私にくれてもいいじゃない。

(まぁ、仕方がないわよね。考えない方向で行かなくちゃ)

 自分の頬をパンっと軽く叩いて、自分自身にそう言い聞かせた。

 でも、なんだろうか。……少し距離が、近いような気がするのは気のせいじゃない、と思う。

(ヴィクトル様、もう少しあっちに寄ってくださってもいいじゃない)

 物理的に肩身が狭くなっているんだけど……。

 心の中だけでそう思いつつ、私はヴィクトル様のお顔を見上げる。瞬間、彼と私の視線が交わった。

「……アルス嬢?」

 咄嗟に視線を逸らした。……一体、なんなんだろうか。どうして、どうして――。

(このお人、どうして私のことをじっと見つめていらっしゃるの!?)

 もしかして、私の顔になにかついているんだろうか?

 それとも、私の顔が変なのだろうか?

 いや、同期として入団して、以来部隊も一緒。……今更変な顔だなんて、思われる筋合いはない……と思う。多分。

「ヴぃ、ヴィクトル様!」
「あ、あぁ」
「その、気のせいだったら申し訳ございません。……私のこと、じっと見てました……?」

 間違えていたら恥ずかしすぎる。自意識過剰じゃないか。

 心の中だけでそう呟いて、私はヴィクトル様の返答を待つ。……彼は、なにも言葉を発さずに私を見つめていた。

「じ、自意識過剰だったら、申し訳ございませんっ!」

 やっぱり、自意識過剰だったのか。あぁ、恥ずかしい。顔から火が出そうなほどに、恥ずかしい。

(と、とにかく。このままヴィクトル様のお隣にいたら、気まずいし移動しよう)

 そして、そう思って立ち上がろうとした。逃げるようで悔しいけれど、仕方がない。

 人間関係に関しては、こじれる前に距離を置くのが正解だから。

「その、空気、悪くしちゃったので、失礼しますね」

 ペコリと頭を下げて、そう言う。

 それから足を踏み出そうとしたとき――手首を掴まれた。驚いて、振り返る。

「……ヴィクトル様?」

 どうしてか、ヴィクトル様が私の手首を掴んでいた。きょとんとして、私は彼のことを見つめる。

 私とヴィクトル様の視線が絡み合って、いたたまれない。本当にいたたまれない。

「……その、間違いじゃ、ない」
「……え?」
「アルス嬢のことを見つめていたのは、間違いじゃ、ない」

 ……自分の耳を疑った。

(どういうこと……? 空耳じゃない?)

 それとも、聞き間違い?

 混乱する頭を必死に動かしていれば、ヴィクトル様まで立ち上がる。え、え、なに?

「アルス嬢。……実は、ずっと言いたいことがあったんだ」
「え、あ、はい」

 戸惑って普通に返事をしてしまった。だけど、私の頭の中はパニック状態だ。

(ずっと言いたかったことってなに!? 嫌いとか、実は騎士に向いてないとか言われるの……?)

 次世代の騎士団長候補とまで言われているヴィクトル様だ。もしかしたら、彼は人の実力の限界を見極めるのも得意なのかもしれない。……背中に冷や汗が伝った。

「そ、その……だな」
「……はい」

 何なんだろうか、この空気。

 ……何処か甘酸っぱく感じられるのは、気のせいだろうか。

(これ、告白前のシチュエーションでは……?)

 いやいやいや、ないないない!

 自分で言っておいて、それだけはない!

 頭の中の私が、即座に反論してくる。……うん、そうだ。ヴィクトル様ほどのお人になれば、女性なんて選び放題なんだ。

 なにも『色気ゼロ』の私じゃなくてもいい。

「あ、えっと……その、ずっと」
「……ずっと?」
「ずっと――」

 ヴィクトル様が言葉を口にしようとしたとき。不意に、遠くから「アルス!」と誰かが駆けてくる。

 その声に驚いたのは私だけじゃなくて、ヴィクトル様もだった。彼が、ぱっと私の手を離す。

「悪い! 取り込み中だったか?」
「う、ううん、大丈夫よ。……で、なに?」

 彼はテオといって、私たちの同期だ。今日は別の業務にあたっていたはずなんだけど……。

「実は、近場で立てこもりがあって。犯人は捕まったんだが、被害者が女性で……」

 大体言いたいことはわかった。なので、私は「わかった」と言ってテオに向き直る。

「私が事情聴取をすればいいのね」
「あぁ、頼む」

 女性の被害者の取り調べは、女騎士のほうがいい。だから、女騎士は重宝される。

「申し訳ございません、ヴィクトル様。……私、行きますね」
「あ、あぁ、頑張って、きてくれ……」
「はい」

 ヴィクトル様にそう返事をして、私はテオと一緒に駆けだす。

「お前、ヴィクトルの奴となにか話してたのか?」

 駆けている途中、ふとテオがそう問いかけてくる。……話しているっていうか。

「なにか、伝えたそうにされてたけど……」

 彼の態度を思い出しつつ、私はそう思う。すると、テオは「まさか、告白?」とからかうような声でそう言った。

「……テオ、それはないわ」
「そうだよなぁ。あのヴィクトル・フリシュムートがお前みたいな『色気ゼロ』の女騎士を相手にするはずがないもんな~」
「歯を食いしばってくれる?」

 自分で言うのは別にいい。けど、けど――。

(人に指摘されるの、めちゃくちゃ腹立つ!)

 それだけは、間違いない。
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