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本編

背中の大きな男のあの頃の記憶はとても輝かしくて……

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「リリアナ? そもそも俺がハルブーノ家に行くことになったのはがきっかけだ」

「私がきっかけ?」

 感慨深げなファティシエンヌから話を引き継いだバルガス。そんなバルガスのいきなりの告白に更にリリアナは驚き、思わず口を開けてしばらく呆然としたまま、口を閉じるのを忘れるほどであった。

「リリー? お口が開いたままですわよ?」

「あ! 失礼しました……」

 ファティシエンヌの指摘に顔を真っ赤まっかにしたリリアナは扇子で口元を隠し、口を閉じた。

「18年前かな? 俺は12歳の頃にシエンタから誘われた。『妹が生まれたから見に来ないかい? とっても可愛いんだよ?』と。ずっと乳兄弟ちきょうだいとして育ってきたシエンタだ。シエンタ自身もそれなりに整った顔をしているのは分かっていたこと。そんなシエンタが『可愛い』という存在とは何なのか? それが気になって、生まれてから日がそこまでっていない君を見に行ったんだ……。そして、シエンタに連れられてハルブーノ家にお邪魔した。そこでファティシエンヌ夫人に抱かれている君を見た。あの時、思わず目をかれたのは君の愛らしさだったんだ。そして、思わず君をでようと手を君に近付けた時、君は僕の指をがっちりつかんで、光り輝くような笑顔を見せた。その時、俺は極々ごくごく鮮烈な雷撃を食らった気分になった。俺の心臓は君にガッツリと鷲掴わしづかみにされたんだ」

「ええ! そんな! 覚えてない!」

「はーっっはははははははは。それで覚えていたら凄いことだ! リリアナ? 君はやはり天然さん・・・・だ。でも、そんな天然さん・・・・な君は子どもの頃からずっと変わっていないと思っている。それは俺が好意を寄せるには十分じゅうぶん過ぎるものだったよ」

「っ! もう! バルガスったら!」

 初めてリリアナを見たときのバルガスの衝撃はとても大きかった。何としても手中に収めたい。そういう思いが12歳ながらに強くほとばしった。そして、そんなバルガスの話にとんちんかんなツッコミを入れるリリアナに対し、思わず、からかい混じりに笑い声をあげて好意を全開に示すバルガス。先程から只でさえ顔が赤いリリアナ。その赤さは全身にまで回る。それを発散するには絶叫するより他あるまいて。

「俺はそれからはしばらくの間、ほとんど毎日のように入り浸った。そうそう! 君のおしめも変えたこともある!」

「っ!!!」

 おいおい。バルガス……。その情報はいらないと思うが? 見てみなさい。リリアナが今にも失神しそうじゃないか……。

「おっと? バルガス? 一回、リリアナのおでこを冷やさせてもらっていいかな?」

「おっと! シエンタ! そうだな! 頼んだ! 一回休憩を挟むとしよう!」

 まあ、ちょっとリリアナがのぼせ上がりかけたのでここで小休止を挟むこととなった。

 少しばかしの休息を挟んで、密談は再開された。

「リリアナ? 大丈夫か?」

「ええ。大丈夫ですわ。まったく……。バルガスのせいよ?!」

「すまないすまない。で、話を再開していいか?」

「ええ。構いませんわ。バルガスが12歳の頃から我が家に入り浸っていて、私のあられもない姿をみた・・・・・・・・・・ところまでだったわね」

「なんかとげがある気もするんだが……」

「バルガス、それは仕方がないと思うよ?」

 頭を冷やされて幾分いくぶんか冷静さを取り戻したリリアナ。話を再開するに当たって、どこまで話したかをわざととげとげしく・・・・・・言うリリアナ。まあ、それに関してはバルガスは甘んじて受けるしかないと思う。

「まあ、その頃にだ。折しも父上、当時のマルトルコス国王陛下がギュスタルボス兄上に3年後に王の座を譲ると宣言された。その時に身の振り方についてたずねられた。俺はは? 名ばかりの大公の座について、ハルブーノ家の護衛騎士になることを思いついた。それが乳母うばとして僕を育ててくれたファティシエンヌ夫人、その夫のシュタロウス閣下への恩返しになると思ったからだ」

「で、それは受け入れられたのよね……。先程の名乗りからすると。でも、無条件で?」

「いいや。条件はあった」

「それはどういった?」

「そう。宰相府か王国軍に入ることだ。今のビタンゴルス大公、俺の2番目の兄上であるヴェイタロウズ兄上は知恵者だったから宰相府で政務の方に回っていた。俺は身体を動かすのが好きだったし、はかりごとが好きだった。王国軍に入ることにした。でも俺は第1師団に入るつもりはなかった。何故なぜならば王城護衛の役目、近衛このえ部隊が中心だったし、どうにもギュスタルボス兄上を護衛とかいうのは気恥ずかしくってやってられなかった。第2師団は外に打って出る軍団だ。それに毎日出勤するという必要がなかったから。特に貴族や闇組織を取り締まる特務憲兵隊はそうだ。だから思う存分、ハルブーノ家に入り浸れるから好都合だった」

 こうしてハルブーノ家の護衛騎士になる理由を明かしたバルガス。そして、その条件として入団することを決めた王国軍第2師団。これが先程のパーティで大立ち回りした特務憲兵隊の同僚たちとの出会いということになる。

「そうだったのね? 何歳頃から王国軍に?」

「13歳の頃から。もうどうせならということで住まいも王城からハルブーノ家に移した。ハルブーノ家の護衛騎士をやりつつ王国軍第2師団の特務憲兵隊の生活というのは実に俺にとっては都合が良かった。そこでは一応は第3王子であることを明かしたが、特務憲兵隊の面々とは身分の垣根は取っ払って付き合ってきたつもりだ。皆、優秀で常に死者0で任務を遂行する。それが特務憲兵隊の誇り。だから常に鍛錬はする。リリアナとの遊びも俺にとってはまた鍛錬の一つだったりした。そして、俺が15の頃に領地は無いけれどもアトキグナス大公となった。その頃には大分だいぶ身体からだも大きくなり始めたし、ひたすら挙がっていく成果を目の当たりまのあたりにして気分は高揚した。あの頃は実に楽しかった」

 バルガスは17年ほど前の記憶を辿たどりながら、思い出を噛みしめるようにして語っていく。

「私の記憶の中では4つからの記憶しかないわ」

「本当か! ならば俺が16歳の頃か! 十分じゅうぶんに凄いことだと思う。では、リリアナが俺の肩に乗っかって、いつも俺のことを『バルおじちゃん』と言っていたのは覚えているか?」

「ええ! 覚えているわ」

「じゃあ……、『わたち! バルおじちゃんのおよめさんになりゅー!』って言っていたのは?」

「その頃はとっても楽しそうでしたなぁ? アルバトルガス殿下は……。本当に本当に……。リリーが当時、私ではなくアルバトルガス殿下を選んだと言う事実に何度血の涙を流したことやら……」

「ええ。本当に夜もグチグチとタロスったら『娘を取られた』って嘆いておりましたねぇ」

「……ええ。お、覚えているわ」

「そうだね。僕もバルガスのことについてからかっていたけど、その頃からバルガスが『王子様・・・』であることは散々ほのめかしていたつもりだったんだけどなぁ」

 リリアナが4歳からの記憶があることを告白するとバルガスは大喜びだった。そして、時折、当時のリリアナの声真似をしながら、リリアナの黒歴史に近い記憶を呼び起こすバルガス。だが、その暴露は同時にシュタロウスの黒歴史も暴くことになってしまうが。

 リリアナ……やっぱり覚えていた。シエンタスはその頃の記憶も呼び起こして、あの頃からずっとリリアナに対し示唆をしていたのに、ずっと受け入れられなかったことに対し拗ねていた。

「俺からすれば、それは実に嬉しいことだった。だから、リリアナが10の頃のあの記憶は忘れられない。私怨・・を込めて本気で人を殺そうと思えた、あの時の記憶をな?」

 あの日の記憶を思い出し、影のある笑顔で語り始めるバルガス。
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