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本編

侯爵令妹は大公子殿下との会話の主導権を握りたくて……

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「ねえ? ルバート?」
なんだい? リア」
 ルバートに首を傾げながら声を掛けるリリアナ。それにルバートは顔をリリアナの方へ向けて返事する。

しばらくは口出し無用よ。それでも私から質問を投げ掛ける時があったら、その問いには答えてくれればいいわ」
「ああ。なんだ。そういうことか。それはリアのためにも必要なことだからな。承知した」
 コルツァーレルトス第1大公子殿下との問答は『自身の問題である・・・・・・・・』と定義付けたリリアナ。ゆえにルバートからの手助けも不要であると断じたのだ。

「ギュスタルボス国王陛下、チェルリシアーナ王妃殿下、マルトルコス先王陛下、アルフィニアーデ王太后殿下、ビタンゴルス大公ヴェイタロウズ殿下、デルフィアーナ大公妃殿下、シュテイルファン第1王子、ミルフィエアーナ第1王女、トルリウスタン第2王子、ゲイトルニードルス第2大公子、ヒルデジェリアータ第1大公女の皆様方も今しばらくは落ち着いて事の成り行きを見守っていただければ幸いです」
「ああ、承知した。これは余が代表してリリアナ嬢の意を受け取ったということを表明するものである。コルツ、頑張れ。この問答はそなたにとっても大事な学びの場だから」
 その余勢をって、コルツァーレルトス第1大公子殿下以外の王族の面々にも釘を刺すことを忘れない。相手が王族であるというのに物怖ものおじせずに要求を通そうとするリリアナ。はたから見ても、こんなことを笑顔で平気で行える・・・・・・・・・女性のどこに胆力が無い・・・・・と言えるのであろうか? コルツァーレルトス第1大公子殿下以外の王族の面々も疑問に思い始めてきている。そうとなればリリアナとしても出だしは上々である。流れを完全につかむ。その為には周りの人間の心・・・・・・・つかむ。これもまた、とある御夫人からの教えである。

「そうね。まずは婚約当時のケーイワット伯爵・・領について、コルツァーレルトス第1大公子殿下は周辺の領地の状況はご存知でしたわね?」
「ええ。ほとんどがミラトーウス家の一派だったり、キーウダガス家の一派だったりでしたね」
「では、そうでない隣接領地はどうであったかもご存知ですわね?」
「ええ。大まかには」
「そもそも、我がケーイワット伯爵・・領はキルビウス地方東部の中でも東北部に位置しておりますわ。すなわち、ミグルマットサドルーカ地方にも通じておりましたし、ハイリルマース地方にも通じていた土地。それがケーイワット伯爵・・領での位置づけです」
「ええ。それは重々じゅうじゅうに承知しておりますが、それがなにか?」
『流れを自身の手に手繰たぐり寄せた』と見たたたみ掛けるようにしてコルツァーレルトス第1大公子殿下へと問いを投げ掛けるリリアナ。その中で自領の位置付けを明白にする。この作業はリリアナにとっても重要なことである。コルツァーレルトス第1大公子殿下はリリアナから出された質問。賢明な・・・王族、上位貴族なら誰でも・・・かることをえて今ここで自身にたずねてくる。その意味がコルツァーレルトス第1大公子殿下にはわからなかった。だから怪訝けげんそうな表情をリリアナに向けた。

「ええ。コルツァーレルトス第1大公子殿下? そんなに焦らずとも構いませんわ? 今は当時のケーイワット伯爵・・領がミグルマットサドルーカ地方にもハイリルマース地方にも通じていた土地だと言うことを認識していれば良いのです。あの7年ほど前のあの屈辱的な初顔合わせから、さほど時をずのことでした。ミグルマットサドルーカ前公爵夫人ベイルリンデ・ツァーマカルア様が『私の教育にたずさわる』と宣言したのは」
「ケーイワット侯爵夫人マルグレーテ・ハルブーノ様のご母堂ぼどうさまですね」
「ええ。ベイルリンデ様とお会いする前日に前ケーイワット伯爵・・たるシュタロウスお父様・・・からは『オクトルザース・ミラトーウスとの接触は今後4年は控えることとなった。これは前ビルゼニウス公爵との合意を得たことだ』と言い渡されてもおりましたわ。それでベイルリンデ様に尋ねたのです。『オクトルザースとの婚約は破棄したいですわ。かと言って、表立おもてだって動くということも致したくはございませんわ』と。その時にベイルリンデ様がおっしゃられたことがあるのです」
 リリアナはコルツァーレルトス第1大公子殿下をあやしげな笑顔・・巧み・・に誘導していく。誘導していきながら・・・・・・・・・、自身の7年前の思い出を語るリリアナ。コルツァーレルトス第1大公子殿下としても話の主導権を握りたいが、なかなか握ることが出来ずにいる。

「どんなことを?」
 仕方なくコルツァーレルトス第1大公子殿下はリリアナに話の続きをうながすしかないのだ。

「『表立おもてだって動く? 公爵の妻・・・・となる女性が? 上位貴族となれば裏で動いてナンボですわよ? 今、貴女あなたたちハルブーノ家の後ろ盾としてツァーマカルア家があるのです。確かにハルブーノ家の先代当主夫人はアトキグナス大公アルバトルガス・セイルノオーズ殿下の乳母うばを務められた。それがハルブーノ家の名声を高めることとなっていますが、ただ、それだけです。現当主夫人の実家たるツァーマカルア家が後ろ盾に付いている。このことはとても大きいのですよ。リリアナさん。貴女あなたは望む望まないは別として将来、公爵夫人となる資格を得た女性です。ゆえにそれに恥じぬ女性になりなさい。まつりごとも出来ぬ夫? 種だけ貰って夫を物言わぬ生けるしかばねにすることだってあたうのです。今はただ高貴なる淑女になるべく学びをかてとしなさい』と」
「また、随分と明け透け・・・・な物言いですね」
「ええ、そうですわね。でも、ベイルリンデ様がこの後に更におっしゃられたことに私は『もうひらくとはこの事か』と思い知らされたのですわ」
「ほう? それは興味深いですね」
 ベイルリンデ・ツァーマカルア前公爵夫人の口調を真似ながら当時を語るリリアナ。そして、リリアナはベイルリンデ前公爵夫人から授けられた言葉を思い出しながら、扇子で口元を覆う。何故なぜならば、これ以上のあやしい笑みはルバートの嫉妬を生みかねないと直感で悟ったからだ。

「『そうね。でも、確かにオクトルザース・ミラトーウスとの婚約の継続はお勧め出来ないわね。でも、その領地の民には罪はないわね。であるならば、その地の民の心を奪ってみせなさい。それがもしかしたら未来を開くことになるかも知れないわね。だって、そのオクトルザースが無能であれば反乱を起こされることもあるけど、民の心を慰撫いぶしていればリリアナさんがまかり|間違っても殺されるという未来はないわ』と。それを聞いた時に『ああ、確かにその通りだ。領主の妻になるということはその地に住まう民の母にもなるということだ』と思いましたの。でも、その当時の私にはかりませんでしたのよ? 『民の心を奪う・・・・・・』とはどういうことかを。そうしたら、ベイルリンデ様がこうもおっしゃってくれましたわ。『一つ商会を興してしまいなさいな。でも、何をするかは自分で考えなさいな』と。その時にふと思い出したのですわ……。ミラトーウス家で見た女性たちのドレスのことを……」
「ドレスですか?」
「ええ。余りにも質がいいのに品のないドレスのことを。10歳だった当時の私ですら、品がないと思えましたのよ? 大人ですら品のないドレスだと思いますわね。それを思い出した時に『領民には質の悪くても少しは品のある服を着せてみたい』と思いましたの。それで興した商会。ルバート? 『ヴォラフィ・マキュラトゥム商会』の名に聞き覚えは無くって?」
 ベイルリンデ・ツァーマカルア前公爵夫人からの助言。これでリリアナの腹は決まった。確かにオクトルザースとの未来はなくても、領地の民から人望を得れば何かしら良いことはある。それを思い、ミラトーウス家の女性陣の品のない服を思い出した時に天啓が舞い降りた・・・・・・・・のだ。『飾らぬ美』。そこに商機はないか? と。
 ルバートに対し、自身の興した商会の名に覚えがあるかを尋ねるリリアナ。ルバートの今までの経緯を知ったリリアナだからこそ尋ねられる。ルバートなら絶対に知っていると思っていたからこそ。

「うん? ああ、あれ、リアがおこしていたのか? 確かに帳簿をにらみつけているリアの姿を何度も見ているが……。そうか。ビルゼニウス公爵領では住民が着ている服がそんないい生地でもないのにやけに品のいい意匠だなとは思っていた。リアが関わっていたか。そうか……。そうか……。実に嬉しいな」
 ルバートは実にいい笑顔だ。婚約者の有能さに嬉しさを隠しきれていない。まなじりが大きく下がるほどに嬉しいのだ。

「リリアナ嬢、宜しいですか?」
「何でございましょうか? ヴェイタロウズ大公殿下」
「『ヴォラフィ・マキュラトゥム商会』、確かに届け出があったことも覚えがありますね。届け出の内容も覚えております。しかし、その商会の創業者の名前はリリアナ様の名前では無かったと」
「ええ、でも王国商会法には創業者の名前に偽名を使ってはいけないというのはございませんでしたわね? それにあの時はベイルリンデ様が全て手続きを進めてくれたものですから」
「確かにそうですね。貴族当主夫人、貴族令嬢などが商会をおこす時の身の安全を確保する為の特例事項としてありましたね」
「ご安心下さいませ。私の本名……、ただし婚姻後の本名ではありますが、『ウィルクィ・マキュラトゥム商会』を新たに立ち上げて『ヴォラフィ・マキュラトゥム商会』を吸収合併する予定がありますわ」
「そうですか。その時はよしなに」
「ええ。そうしてくれると助かりますわ」
 ヴェイタロウズ大公殿下が口を挟んできたが、これも王国商会法の特例事項の再確認ということだ。そこにリリアナとしては将来の道筋もヴェイタロウズ大公殿下に提示することで安心させる。

 やはりリリアナはベイルリンデ・ツァーマカルア前公爵夫人から相当の薫陶を受けてきたようだ。終始、リリアナが会話の主導権を握っているように見受けられる。
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