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旅路と再会の章
それはおそらく都市伝説②
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(ファルファラ嬢が気を悪くしなければ良いけれど)
初対面では思わぬハプニングのせいで<慧眼の魔術師>の名前を聞けずじまいだったので、結局、グロッソはセンティッドに教えて貰った。
ちなみに馬車については、センティッドが太鼓判を押したからさほど心配はしていない。
彼はファルファラをおちょくることに命をかけているように見える。だがこの数日間、なんだかんだと共に過ごせばセンティッドが、ことのほか彼女を大切にしていることに気付く。
だから馬車のことよりも、従者トーマスの失言のほうがよっぽど不安だった。
「ーーあ、そういえば閣下」
「なんだ?」
不安要素の塊から声をかけられたグロッソは、視線だけを動かして返事をする。
「昨日、紳士服店に行かれましたよね?」
「ああ」
至極どうでもよい質問を受け、そっけなく答えたグロッソだが内心ひやりとしている。
昨日、紳士服店に行ったのは新しい上着を買うためだった。
グロッソはさほど身なりを気遣う人種ではない。どちらかと頓着しないタイプだ。
そんな彼がなぜわざわざ紳士服店に足を向けたかと言えば、数日前にファルファラから袖口のほつれを指摘されたため。
あの時ーーふいに腕を掴まれた瞬間、グロッソは心臓を鷲掴みにされたような衝撃を受けた。
布越しに掴まれた部分からファルファラの温もりが伝わり、言いようのない感情が騒ぎ出した。
無論、不快ではなかった。
ただじわじわと首筋に熱を帯びる自分を見られたくなかった。
あれ以上、ファルファラの近くに居たらどうにかなってしまいそうな自分がいて、慌ててあの場から逃げ出した。
今にして思えば、訪問時は犯罪まがいのことをしでかし、挨拶もそこそこに辞去した自分は控え目に言って最低な男だ。
……なのに、ファルファラは「じゃあ5日後に!」と言って見送ってくれた。
背を向けて歩き始めて5歩のところで「君はそれで良いのか?」と肩を揺さぶりながら問いただしたくなった。
だが、返答を求めるのは愚かなことだから諦めた。自分の姑息さがとことん嫌になる。
だからグロッソは一人で紳士服に行くという柄にもない行動を取った。
もし同じ上着を着ていたら、ファルファラがまた「ごめん」と言うかもしれないから。
ごめんと言わなくちゃいけないのはグロッソのほうなのに、今は言えない。ならせめてそんな話題にならなければ良いと判断した。
また腕を掴まれたいという欲に気づかないフリをして。
「ーーで、閣下。紳士服店はどうだったんですか?」
「どうって?」
採寸もそこそこに適当な上着を買っただけだ。店内すらまともに見ていない。
そんな自分にトーマスは一体何を聞き出したいのだろうか。グロッソはまったく意味がわからなかった。
けれど、お喋りなトーマスはグロッソが首を傾げた途端に理由を語る。
「だから、試着室ですよ、試着室!都会の試着室は床が抜けて、落ちた先には大きな檻があって、人身売買をする会場に向かう馬車に乗せられるんでしょ!?」
「……」
(何言ってんだ、こいつ)
あまりの馬鹿馬鹿しさに、グロッソは絶句した。
確かにそんな噂話を聞いたことがある。ただそれは祖父が生きていた頃で、もう20年近く前のこと。
「お前まさか」
グロッソは恐々とトーマスに向けて口を開いた。
対してトーマスは真剣な表情で続きを待つ。
「都市伝説を信じてるのか?」
真顔で問いかけられたトーマスは、ここで表情を一変させた。
「閣下、都市伝説なんかじゃないですよ!しっかりしてください!!都会ってのはそういうことが平気で起こるところなですからっ。もっと危機感を持って下さい!」
いやお前こそ、その凝り固まった偏見をどうにかしろ。
そう怒鳴りつけたいグロッソだったが、こちらに向かってくる旅服姿のファルファラを見付け姿勢を正した。
初対面では思わぬハプニングのせいで<慧眼の魔術師>の名前を聞けずじまいだったので、結局、グロッソはセンティッドに教えて貰った。
ちなみに馬車については、センティッドが太鼓判を押したからさほど心配はしていない。
彼はファルファラをおちょくることに命をかけているように見える。だがこの数日間、なんだかんだと共に過ごせばセンティッドが、ことのほか彼女を大切にしていることに気付く。
だから馬車のことよりも、従者トーマスの失言のほうがよっぽど不安だった。
「ーーあ、そういえば閣下」
「なんだ?」
不安要素の塊から声をかけられたグロッソは、視線だけを動かして返事をする。
「昨日、紳士服店に行かれましたよね?」
「ああ」
至極どうでもよい質問を受け、そっけなく答えたグロッソだが内心ひやりとしている。
昨日、紳士服店に行ったのは新しい上着を買うためだった。
グロッソはさほど身なりを気遣う人種ではない。どちらかと頓着しないタイプだ。
そんな彼がなぜわざわざ紳士服店に足を向けたかと言えば、数日前にファルファラから袖口のほつれを指摘されたため。
あの時ーーふいに腕を掴まれた瞬間、グロッソは心臓を鷲掴みにされたような衝撃を受けた。
布越しに掴まれた部分からファルファラの温もりが伝わり、言いようのない感情が騒ぎ出した。
無論、不快ではなかった。
ただじわじわと首筋に熱を帯びる自分を見られたくなかった。
あれ以上、ファルファラの近くに居たらどうにかなってしまいそうな自分がいて、慌ててあの場から逃げ出した。
今にして思えば、訪問時は犯罪まがいのことをしでかし、挨拶もそこそこに辞去した自分は控え目に言って最低な男だ。
……なのに、ファルファラは「じゃあ5日後に!」と言って見送ってくれた。
背を向けて歩き始めて5歩のところで「君はそれで良いのか?」と肩を揺さぶりながら問いただしたくなった。
だが、返答を求めるのは愚かなことだから諦めた。自分の姑息さがとことん嫌になる。
だからグロッソは一人で紳士服に行くという柄にもない行動を取った。
もし同じ上着を着ていたら、ファルファラがまた「ごめん」と言うかもしれないから。
ごめんと言わなくちゃいけないのはグロッソのほうなのに、今は言えない。ならせめてそんな話題にならなければ良いと判断した。
また腕を掴まれたいという欲に気づかないフリをして。
「ーーで、閣下。紳士服店はどうだったんですか?」
「どうって?」
採寸もそこそこに適当な上着を買っただけだ。店内すらまともに見ていない。
そんな自分にトーマスは一体何を聞き出したいのだろうか。グロッソはまったく意味がわからなかった。
けれど、お喋りなトーマスはグロッソが首を傾げた途端に理由を語る。
「だから、試着室ですよ、試着室!都会の試着室は床が抜けて、落ちた先には大きな檻があって、人身売買をする会場に向かう馬車に乗せられるんでしょ!?」
「……」
(何言ってんだ、こいつ)
あまりの馬鹿馬鹿しさに、グロッソは絶句した。
確かにそんな噂話を聞いたことがある。ただそれは祖父が生きていた頃で、もう20年近く前のこと。
「お前まさか」
グロッソは恐々とトーマスに向けて口を開いた。
対してトーマスは真剣な表情で続きを待つ。
「都市伝説を信じてるのか?」
真顔で問いかけられたトーマスは、ここで表情を一変させた。
「閣下、都市伝説なんかじゃないですよ!しっかりしてください!!都会ってのはそういうことが平気で起こるところなですからっ。もっと危機感を持って下さい!」
いやお前こそ、その凝り固まった偏見をどうにかしろ。
そう怒鳴りつけたいグロッソだったが、こちらに向かってくる旅服姿のファルファラを見付け姿勢を正した。
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