前世の私が邪魔して、今世の貴方を好きにはなれません!

当麻月菜

文字の大きさ
9 / 44
第1章 今世の無慈悲な婚約者

しおりを挟む
 愛妻家と知られているイクセルの父デュエッド・アベンスには、実は妻が二人いた。

 一人はイクセルの母、ロヴィーサ。もう一人は現在の公爵夫人リリーシェ。

 一人目の妻であるロヴィーサは、イクセルの出産中にそのまま帰らぬ人となった。しかしロヴィーサを失った現実を受け入れることができなかったデュエッドは、ロヴィーサの死を隠し続けた。

 男爵家出身のロヴィーサは、身内との縁が薄く両親は既に他界していた。加えて、もともと身体が弱かった彼女は、ほとんど社交行事に顔を出すことがなかったせいで5年もの間、その死は隠ぺいされ続けた。

 変化があったのは、デュエッドが馬車での移動中にリリーシェを見かけたことから始まった。

 亡き妻と瓜二つの容姿を持つリリーシェを見染めたデュエッドは、持てる権力と財力を駆使してリリーシェを二人目の妻とした。

 ロヴィーサとリリーシェは血のつながりはなく、生まれも育ちも違う。そして、性格も。

 生活に一度も不自由したことがないロヴィーサがおっとりとした性格だったのに対して、貧困に喘いでいたリリーシェはハングリー精神が強くガッツもあった。

 その強い精神力はすさまじく、リリーシェは何の躊躇いもなく己の名を捨てたのを皮切りに、たった半年で貴族の礼儀作法を完璧に身に着け、デュエッドと社交界行事に顔を出すようになった。

「……つまりイクセル様は、リリーシェ様を母親としてではなく一人の女性として思い慕っておられるということでしょうか?」

 一旦言葉を止めて喉の渇きを潤す為にイクセルがティーカップを持ち上げたのを機に、フェリシアは真顔で問いかける。

「貴女はどうやっても、私とあの女を結び付けたいようですね」

 コクリと茶を一口飲んだイクセルは、これ以上ないほど嫌な顔になって吐き捨てた。

「別にそのような気持ちはございませんが、お話を聞く限りそういう結論になるかと……」

 ギロリと睨まれ、フェリシアは膝の上で指をこねながら言い訳をした途端、カチャンと乱暴な音を立ててイクセルがティーカップをソーサーに戻した。

「なりません。それと話はまだ続きがあります」

 だから逃げるな、黙って聞け。

 優雅に微笑むイクセルは、無言でそう訴えている。いや、命令している。

「……よ、よろしくお願いします」

 ぎこちなく頭を下げれば、イクセルは再び語りだした。

「私と母……ああ、そう言うと混乱してしまうので、二人目の母のことはリリーシェと言いますね。父が見染めたリリーシェは、その後、父との間に子供をもうけました。私とは12歳差のある男子で、現在郊外にある全寮制のアカデミーにいます」
「ええ、存じております。確か……エイリット様でしたよね」
「そうです。つまり、我が家には母親が異なる息子が二人いるが、跡継ぎとなるのは一人だけ。これ、どういう意味かわかりますか?」
「えっと……色々難しい事態になっているということしか……」
「正解です。リリーシェは、次期公爵家当主は血のつながりがある息子エイリットにと望んでいます。とはいえ次期当主が私になることは、国王陛下もお認めになっていることだから、そう易々と変えれるものではありません」

 ですよね。と、フェリシアは無言で頷く。

 一般的な貴族ならまだしも、四大家門の跡継ぎとなれば国王の承認はかなり慎重となる。

「あの……込み入ったことをお伺いしますが、公爵夫人が途中で変わられたことは陛下は御存じなのでしょうか?」
「ええ。真実を知る数少ない一人です」
「では、なおさら跡継ぎを変更なさるのは困難なような気がしますわ」
「その通りです。君は頭がいい」

 さらりと褒めてくださったが、前世でドロドロのヒューマンドラマを好んで観ていたから難なく想像できたこと。

 しかしイクセルの知っている今世の自分──フェリシアは、美味しいものと可愛いものと好きな人のことで頭が埋め尽くされたフワフワ系貴族令嬢のはず。

 誰かに憎悪を向けたことも、向けられたこともない人間が、大した質問をしなくてもあっさり理解している現状を、好評価するのも無理ない。

「……お、おそれいります」

 違うと否定すればややこしい事態になりそうな気がして、フェリシアは引きつった顔で頭を下げる。

 一方、フェリシアに優しい眼差しを向けたイクセルは、表情を元に戻し、再び語りだす。

「貴女がおっしゃった通り、陛下がお認めになった後継者を変えるのには、それ相応の理由が必要です。例えば、私が死ぬとか」
「っ……!」

 物騒な発言にフェリシアがギョッとすれば、イクリスはクスリと笑う。

「毒でも、物理的な攻撃でも、暗殺者を向けられようとも、私は殺されない自信がありますし、過去にそういった事態に遭遇しても生きているという実績がありますのでご心配なく」
「……はぁ」

 そこは自信満々に語ることじゃないだろう。フェリシアは、心の中で突っ込みを入れたが賢くも無言のままでいる。

「女性には少々刺激が強い話で申し訳ありません。まぁ、リリーシェも私を亡き者にするのは諦め、最近は違う手を考えました。王女のアンジェリカ殿下と私の婚姻を無理矢理進めようとしているのです」

 アンジェリカ殿下──ラスタン国第一王女の彼女は、20歳を迎えたばかりの美しい姫で、ここ数年、彼女の結婚相手は誰なのかと社交界ではその話題で持ちきりだ。

 公爵家の美男イクセルは、王女アンジェリカの伴侶として容姿も、地位も申し分ない。むしろ絵に描いたような理想のカップルだ。
 
 正直、公爵家当主になるより王族の一員になるほうが彼にとって得るものは多いだろう。

「あの……それって、別に悪い話ではないと思いますけど……」

 つい本音をこぼせば、イクセルは今日一番怖い顔になる。

「貴女って人は、とことん失礼な人ですね」

 地の底から湧き出たような低い声に、フェリシアは己が失言してしまったことに気づく。しかし、イクセルがここまで怒りをあらわにする理由がさっぱりわからなかった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

【完結】愛したあなたは本当に愛する人と幸せになって下さい

高瀬船
恋愛
伯爵家のティアーリア・クランディアは公爵家嫡男、クライヴ・ディー・アウサンドラと婚約秒読みの段階であった。 だが、ティアーリアはある日クライヴと彼の従者二人が話している所に出くわし、聞いてしまう。 クライヴが本当に婚約したかったのはティアーリアの妹のラティリナであったと。 ショックを受けるティアーリアだったが、愛する彼の為自分は身を引く事を決意した。 【誤字脱字のご報告ありがとうございます!小っ恥ずかしい誤字のご報告ありがとうございます!個別にご返信出来ておらず申し訳ございません( •́ •̀ )】

もう一度あなたと?

キムラましゅろう
恋愛
アデリオール王国魔法省で魔法書士として 働くわたしに、ある日王命が下った。 かつて魅了に囚われ、婚約破棄を言い渡してきた相手、 ワルター=ブライスと再び婚約を結ぶようにと。 「え?もう一度あなたと?」 国王は王太子に巻き込まれる形で魅了に掛けられた者達への 救済措置のつもりだろうけど、はっきり言って迷惑だ。 だって魅了に掛けられなくても、 あの人はわたしになんて興味はなかったもの。 しかもわたしは聞いてしまった。 とりあえずは王命に従って、頃合いを見て再び婚約解消をすればいいと、彼が仲間と話している所を……。 OK、そう言う事ならこちらにも考えがある。 どうせ再びフラれるとわかっているなら、この状況、利用させてもらいましょう。 完全ご都合主義、ノーリアリティ展開で進行します。 生暖かい目で見ていただけると幸いです。 小説家になろうさんの方でも投稿しています。

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

旦那様は離縁をお望みでしょうか

村上かおり
恋愛
 ルーベンス子爵家の三女、バーバラはアルトワイス伯爵家の次男であるリカルドと22歳の時に結婚した。  けれど最初の顔合わせの時から、リカルドは不機嫌丸出しで、王都に来てもバーバラを家に一人残して帰ってくる事もなかった。  バーバラは行き遅れと言われていた自分との政略結婚が気に入らないだろうと思いつつも、いずれはリカルドともいい関係を築けるのではないかと待ち続けていたが。

私が張っている結界など存在しないと言われたから、消えることにしました

天宮有
恋愛
 子爵令嬢の私エルノアは、12歳になった時に国を守る結界を張る者として選ばれた。  結界を張って4年後のある日、婚約者となった第二王子ドスラが婚約破棄を言い渡してくる。    国を守る結界は存在してないと言い出したドスラ王子は、公爵令嬢と婚約したいようだ。  結界を張っているから魔法を扱うことができなかった私は、言われた通り結界を放棄する。  数日後――国は困っているようで、新たに結界を張ろうとするも成功していないらしい。  結界を放棄したことで本来の力を取り戻した私は、冒険者の少年ラーサーを助ける。  その後、私も冒険者になって街で生活しながら、国の末路を確認することにしていた。

旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~

榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。 ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。 別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら? ー全50話ー

いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!

夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。 しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。 ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。 愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。 いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。 一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ! 世界観はゆるいです! カクヨム様にも投稿しております。 ※10万文字を超えたので長編に変更しました。

処理中です...