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幸せの代償
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自分が強欲だったせいで、大切に思う人達が命の危険にさらされてしまう。
幸せになりたいなどと思ってはいけなかったのだ。鋭利な刃で傷つけられたような胸の痛みは後悔からくるもの。息ができないくらいに苦しい。申し訳ないなどという言葉では足りない罪悪感で目の前が真っ暗になる。
そんな絶望の闇に囚われてしまったテルミィを救ったのは、今回もルドルクだった。
「なぁーに、一人で勝手にしょげてるんだ。ばぁーか」
呆れきった声が聞こえてきたと共に身体がふわりと浮く。脇の下に手を入れられてルドルクに持ち上げられたと気付くのに、テルミィは瞬き2つ分の時間を要してしまった。
「ル、ルドルク……さん……」
「ははっ、すごい間抜け面だな」
「なっ……!」
酷い言われように、テルミィは状況を忘れて目を見開く。しかしルドルクは、謝るどころかカラカラと声を上げて笑った。
「心配するな、ミィ。スコル討伐は前々から打診されていたことだ。それにこっちもタダで受けるわけじゃない。ちゃんと見返りがある。正当な取引なんだ、これは」
国王陛下からの勅命を取引と言い切るルドルクの神経がわからない。
いやそれより、スコルが悪魔の化身と謂われている魔物だということを彼は本当に理解しているのだろうか。
「ルドルクさん……あの、スコルは絶対に倒せない……です。だって剣を向ける前にスコルは精神干渉するんです」
「知ってる」
「え?でも……対抗するには、こ、こちらもスコルと同等のスキルがないと……太刀打ちできないはずです」
「まぁな」
「まぁなって……だ、ダメですよ!ルドルクさん、早まってはいけませんっ。この国では魔法でも薬品でも精神干渉に関するものを使うのは重罪ですっ。そ、そんなこと……やっちゃ駄目です!」
最後は涙目になったテルミィに、ルドルクは「お前、びっくりするほど物知りだな」と感心する。違う、今は褒めてなんかほしくない。
そう思って、ちゃんと言葉にして訴えたけれど、ルドルクはどうとでも取れる笑みを浮かべて、テルミィを椅子に下ろすだけだった。
「もう……ルドルクさん……」
ぜんぜん聞く耳を持ってくれない苛立ちから、テルミィはルドルクの袖をツンツンと引く。
そうすれば、これまでずっと涼しい表情を見せていたルドルクが渋面になった。
「お前なぁ。なんでこんな時に甘えた声を出すんだよ。ったく」
「え?」
「レオシュに腹が立ったんだろ?陛下の無茶振りに憤ったんだろ?なら、ハクみたいにすればいいだけじゃないか」
なぜ今ここで相棒の名が出てくるのだろう。不思議に思ったテルミィにルドルクはついっと、とある方向を指で示した。
そこには、王城からの書簡を咥えてブンブン振り回すハクがいた。書簡はすでに原型を留めておらず、羊皮紙の欠片が無惨にも床に散らばっている。
「ハ、ハ、ハ、ハクーーーーー!!」
悲鳴に近い声を上げて、テルミィは再び椅子から崩れ落ちた。
やんごとなき方からの大切な書簡をゴミにした罪は如何ほどのものだろうか。良くて投獄、最悪の場合極刑だ。
悪い考えばかりが頭の中でグルグル廻り、この世の終わりを覚悟するテルミィだが、ルドルクを始め食堂にいる全員には悲壮感は無い。
サフィーネに至っては、笑みを取り戻し「まぁ勇ましいわね」とパチパチと拍手すらしている。
「なぁ、ミィ。やっぱアイツは賢いな」
「……そ、そんなわけないじゃないですかぁ」
もはや書簡を粉砕してドヤ顔を決めたハクを叱る元気が無いテルミィは、床にへたり込んだままルドルクの戯言を返すのがやっとである。
なのに一仕事終えたハクはテッ、テッ、テッ、と軽い足取りでこちらに近づき、無垢な目で「撫でて」と甘えてくる。テルミィは撫でた。もうヤケクソで撫で回した。
動物の温もりとモフモフの毛は、心を落ち着かせてくれる効果がある。
色んな意味で絶望していたテルミィは、ゆっくりと今の状況を把握する。次に自分に何ができるかを考える。
心から守りたいと思う人がいる。その人を守るためにはどうすればいいのか。自分に何ができて、何ができないのか。
バラバラになったパズルを組み立てるように、テルミィは一番大切なものだけを見失わないように考える。考えて、考えて……考えた結果、一つの答えが出た。
それは短時間で出したものではあるが、どれだけ時間をかけて悩んでも同じ答えになると言い切れるものだった。
「大丈夫よ、テルミィさん」
テルミィが答えを出したと同時に背後からサフィーネの優しい声が聞こえてきて、ふわりと抱きしめられた。
身体を捻って見上げれば、目が合ったサフィーネはニコッと微笑む。
「不安になることなんてなにもないわ。この程度のことなんかサムリア領では、幾度もあったのよ。でも全部の危機を乗り越えてきたわ。だから今回も大丈夫。貴女が心配することは何一つないわ」
まるで自分に言い聞かせるように紡ぐサフィーネの声音が胸に刺さる。この言葉に優しい噓が混じっていることがわかる。それくらいには同じ時間を過ごしてきた。
「……あの、でも……」
「大丈夫だ」
テルミィが口を開いた途端、ルドルクが遮るように強く言った。
「母上の言う通りだ。スコルなんかチャチャッと討伐してすぐに戻って来る。だからお前は馬鹿なことを考えるな」
「……っ」
「ここに居ると約束しただろ?ミィの居場所はここだ。いいな」
厳しい口調で優しく笑うルドルクに、どう返せばいいのか分からない。
ルドルクの言葉にも、また噓が滲んでいる。こんなことになってしまったのは、全部全部、自分のせいなのに。一言も責めない彼に、噓まで吐かせてしまったことが悲しくて、辛くて、申し訳なくて、悔しい。
でも、きっとどんなに床に額を擦り付けて謝罪しても、彼らは受け取ってくれないだろう。だからテルミィは、その嘘を微笑んで受け入れる。
「は……はい」
ひくりと動いた喉にどうか気付かないでとテルミィは祈りながら、ルドルクから目を逸らすとハクを撫で続ける。
その後に再開した朝食は、まったく味がしなかった。
幸せになりたいなどと思ってはいけなかったのだ。鋭利な刃で傷つけられたような胸の痛みは後悔からくるもの。息ができないくらいに苦しい。申し訳ないなどという言葉では足りない罪悪感で目の前が真っ暗になる。
そんな絶望の闇に囚われてしまったテルミィを救ったのは、今回もルドルクだった。
「なぁーに、一人で勝手にしょげてるんだ。ばぁーか」
呆れきった声が聞こえてきたと共に身体がふわりと浮く。脇の下に手を入れられてルドルクに持ち上げられたと気付くのに、テルミィは瞬き2つ分の時間を要してしまった。
「ル、ルドルク……さん……」
「ははっ、すごい間抜け面だな」
「なっ……!」
酷い言われように、テルミィは状況を忘れて目を見開く。しかしルドルクは、謝るどころかカラカラと声を上げて笑った。
「心配するな、ミィ。スコル討伐は前々から打診されていたことだ。それにこっちもタダで受けるわけじゃない。ちゃんと見返りがある。正当な取引なんだ、これは」
国王陛下からの勅命を取引と言い切るルドルクの神経がわからない。
いやそれより、スコルが悪魔の化身と謂われている魔物だということを彼は本当に理解しているのだろうか。
「ルドルクさん……あの、スコルは絶対に倒せない……です。だって剣を向ける前にスコルは精神干渉するんです」
「知ってる」
「え?でも……対抗するには、こ、こちらもスコルと同等のスキルがないと……太刀打ちできないはずです」
「まぁな」
「まぁなって……だ、ダメですよ!ルドルクさん、早まってはいけませんっ。この国では魔法でも薬品でも精神干渉に関するものを使うのは重罪ですっ。そ、そんなこと……やっちゃ駄目です!」
最後は涙目になったテルミィに、ルドルクは「お前、びっくりするほど物知りだな」と感心する。違う、今は褒めてなんかほしくない。
そう思って、ちゃんと言葉にして訴えたけれど、ルドルクはどうとでも取れる笑みを浮かべて、テルミィを椅子に下ろすだけだった。
「もう……ルドルクさん……」
ぜんぜん聞く耳を持ってくれない苛立ちから、テルミィはルドルクの袖をツンツンと引く。
そうすれば、これまでずっと涼しい表情を見せていたルドルクが渋面になった。
「お前なぁ。なんでこんな時に甘えた声を出すんだよ。ったく」
「え?」
「レオシュに腹が立ったんだろ?陛下の無茶振りに憤ったんだろ?なら、ハクみたいにすればいいだけじゃないか」
なぜ今ここで相棒の名が出てくるのだろう。不思議に思ったテルミィにルドルクはついっと、とある方向を指で示した。
そこには、王城からの書簡を咥えてブンブン振り回すハクがいた。書簡はすでに原型を留めておらず、羊皮紙の欠片が無惨にも床に散らばっている。
「ハ、ハ、ハ、ハクーーーーー!!」
悲鳴に近い声を上げて、テルミィは再び椅子から崩れ落ちた。
やんごとなき方からの大切な書簡をゴミにした罪は如何ほどのものだろうか。良くて投獄、最悪の場合極刑だ。
悪い考えばかりが頭の中でグルグル廻り、この世の終わりを覚悟するテルミィだが、ルドルクを始め食堂にいる全員には悲壮感は無い。
サフィーネに至っては、笑みを取り戻し「まぁ勇ましいわね」とパチパチと拍手すらしている。
「なぁ、ミィ。やっぱアイツは賢いな」
「……そ、そんなわけないじゃないですかぁ」
もはや書簡を粉砕してドヤ顔を決めたハクを叱る元気が無いテルミィは、床にへたり込んだままルドルクの戯言を返すのがやっとである。
なのに一仕事終えたハクはテッ、テッ、テッ、と軽い足取りでこちらに近づき、無垢な目で「撫でて」と甘えてくる。テルミィは撫でた。もうヤケクソで撫で回した。
動物の温もりとモフモフの毛は、心を落ち着かせてくれる効果がある。
色んな意味で絶望していたテルミィは、ゆっくりと今の状況を把握する。次に自分に何ができるかを考える。
心から守りたいと思う人がいる。その人を守るためにはどうすればいいのか。自分に何ができて、何ができないのか。
バラバラになったパズルを組み立てるように、テルミィは一番大切なものだけを見失わないように考える。考えて、考えて……考えた結果、一つの答えが出た。
それは短時間で出したものではあるが、どれだけ時間をかけて悩んでも同じ答えになると言い切れるものだった。
「大丈夫よ、テルミィさん」
テルミィが答えを出したと同時に背後からサフィーネの優しい声が聞こえてきて、ふわりと抱きしめられた。
身体を捻って見上げれば、目が合ったサフィーネはニコッと微笑む。
「不安になることなんてなにもないわ。この程度のことなんかサムリア領では、幾度もあったのよ。でも全部の危機を乗り越えてきたわ。だから今回も大丈夫。貴女が心配することは何一つないわ」
まるで自分に言い聞かせるように紡ぐサフィーネの声音が胸に刺さる。この言葉に優しい噓が混じっていることがわかる。それくらいには同じ時間を過ごしてきた。
「……あの、でも……」
「大丈夫だ」
テルミィが口を開いた途端、ルドルクが遮るように強く言った。
「母上の言う通りだ。スコルなんかチャチャッと討伐してすぐに戻って来る。だからお前は馬鹿なことを考えるな」
「……っ」
「ここに居ると約束しただろ?ミィの居場所はここだ。いいな」
厳しい口調で優しく笑うルドルクに、どう返せばいいのか分からない。
ルドルクの言葉にも、また噓が滲んでいる。こんなことになってしまったのは、全部全部、自分のせいなのに。一言も責めない彼に、噓まで吐かせてしまったことが悲しくて、辛くて、申し訳なくて、悔しい。
でも、きっとどんなに床に額を擦り付けて謝罪しても、彼らは受け取ってくれないだろう。だからテルミィは、その嘘を微笑んで受け入れる。
「は……はい」
ひくりと動いた喉にどうか気付かないでとテルミィは祈りながら、ルドルクから目を逸らすとハクを撫で続ける。
その後に再開した朝食は、まったく味がしなかった。
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