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「その者は誰だ?怪我をしているようだが?」

 フェリックスは冷静に状況を伺っているようだったが、ラヴィアからすれば絶体絶命。騎士の姿を目にした男も「おいおい、マジか……」と苦笑いを浮かべている。ようやく自分の置かれた状況が分かったらしい。

「えっとですねぇ……」

 目を泳がせながら必死に言い訳を考えるが、こんな時に限ってうまい言葉が出てこない。フェリックスは言葉に詰まっているラヴィアを不審に思いながら、その後の男に目をやった。

 風貌からして貴族の者ではない。使用人にしては主人に対して馴れ馴れしい。それにこんな人目の付かない獣舎小屋の離れに隠している時点で怪しいにも程がある。
 傷の具合からして獣にやられたものだろう。となれば答えは一つ、この者は密猟者という事だ。

(私を近づけたくなかったのはこれか)

 眉間に皺を寄せながら男を睨みつけるが、男は臆するどころかこちらをしっかり見ている。その瞳に覚えがあった。

「………………お前、もしかして黒蜘蛛か?」
「はは、流石は団長様だ」

 男は否定するでもなく、そう言葉にした。

「お前がそんなへまするとはな」
「可愛い部下の為ならこれぐらいの傷大したことないさ」

 どうやら二人は見知った仲のようで、ラヴィアは驚きながらも黙って二人の会話を聞いていた。

 死にかけた傷を大したことないと言い切る辺り只者ではないと思ったが、これ以上関りを持つと碌なことにならなそうな気がしたので大人しくしてることにした。

「まあいい。お前の話は牢屋の中でゆっくり聞くことにする」
「ええ!?俺、今目が覚めたばっかりなんだけど!?」

 フェリックスは男の言葉を聞かず、無理やり立たせると荒っぽく腕を引いた。その光景を見て、ラヴィアが叫んだ。

「ちょっと待ってください!!彼は怪我人ですよ!?」
「それが?」
「は?」
「こいつは罪人だ。命があっただけ儲けものだろ?君もこれ以上庇うようならただでは済まないと思った方がいい」

 そう言うフェリックスは完全に騎士の顔で、ラヴィアは一瞬身を縮こませて後退ってしまった。だがいくら罪人だとは言え、人を人と思っていない言いぐさに黙っていられなかった。

「上等ですわ!!私はこの獣舎小屋一切を任されている身、決定権は私にあるんです!!貴方こそお世話になっている身で随分と偉そうですわね」

 強気で言ってみたもののフェリックスの顔は見れない。それでも突き刺さるような視線は感じる。

 まさか自分が庇われると思っていなかった男の方はぽかんと呆気に取られていたが「くくくくッ」と笑い声が聞こえてきた。

「やっぱ面白いお嬢さんだ」

 緊張感のない男にラヴィアが呆れていると、フェリックスが見下ろすように前に立ちふさがった。

「この者の正体を知っていての言葉か?」
「怪我人を助けるのに正体も何もないですわよ?人の命を天秤にかけるようなことはしませんの」

 目を逸らさずはっきりと言い切ったラヴィアを見て、フェリクスは小さく溜息を吐いた。

「この者は黒蜘蛛と呼ばれる盗賊団の頭だ。蜘蛛のようにいくつもの糸を張り巡らせて獲物を得ているが、その姿を目にする者は少ない。我々も目を光らせていたが、毎度撒かれてしまっていてようやく姿を拝めたところだ。まあ、盗賊が密猟にまで手を出すとはな……」
「こっちにはこっちの都合ってもんがあるってことさ」

 聞きたくなかった情報をフェリックスが話してしまった。あまりに躊躇なく話すものだから、この国の機密情報や個人情報の管理に不信感が芽生えるが、そんな事よりも気になった事がある。

「黒蜘蛛……」
「なんだ、知っているのか?」

 思い詰めたようにぽつりと呟きながら俯いているラヴィアを見て、自分が匿った者の危険さに気が付いたのだとフェリックスは思っていたが──

「ダサいですわ!!!!」
「「は?」」

 顔を上げるなり力強く言い放った。

「なんですのその捻りのない団名は!!黒って付ければなんでもかっこよく聞こえると思ったら大間違いですわよ!!」

 ふんすと鼻を鳴らしながら言い切るラヴィアだったが、フェリックスと男は開いた口が塞がらない。この状況で団名を指摘してくるなど、誰も予想だにしていない。

 暫く沈黙が続き、ラヴィアも「あれ?またやらかした?」と思い始めた所で「ぶッ!!」と男が吹き出した。

「あはははははは!!!!駄目だ!!面白過ぎる!!あははは!!あんた最高だな!!」
「んなッ!!な、なんですの!!失礼ですわよ!!」

 傷に響かせながらも腹を抱えて笑う男に、ラヴィアは顔を真っ赤にして怒りを露わにする。

「そうだな失礼だった。ごめんよ」

「くくっ」と笑いを堪えながら謝罪されたが、ラヴィアの機嫌は良くなるどころか悪くなる一方で、男が宥めるように頭に手を置き目線を合わせてきた。始めて見る男の瞳は月のように綺麗な金色をしていた。

「俺の名前はシャオ。お嬢さんの名前は?」
「教えたくありませんわね」
「ははは、そうか。じゃあ、次に会った時に聞かせてもらおうかな」

 あからさまに目を逸らしながら伝えると、シャオは怒るでもなく優しく微笑みながら頭を撫でてきた。

「次会った時」と言うが、この人と会うのはこれが最後だとラヴィアは分かっている。盗賊だろうと密猟者だろうと、犯罪者には変わりはない。城へ行ったら最後、牢からは出られないだろう。

 もし、フェリックスを獣舎小屋に連れてこなければ、この人は正体を知られることも捕まる事もなかっただろう。

 ──ズキッ

 拾って救った手前、この結末に胸が痛む。

「……話は済んだか?行くぞ」

 色々考えている内に、フェリックスはシャオの手に縄をかけており連れ出そうとしていた。

「………………あ」

 思わず引き留めそうになったが、ぐっと堪えた。これ以上引き留めた所で騎士であるフェリックスに敵うはずがない。しかも相手が騎士団の追っていた者だと分かった以上、怪我をしていようが瀕死だろうが連行するだろう。

 罪悪感と悲壮感で顔を顰めているラヴィアを見て、シャオは笑顔で振り返った。

「ありがとね」

 最後にそれだけ伝えると、抵抗するでもなく大人しくフェリックスに連れられて行った。そのフェリックスだが、姿が見えなくなる所で顔だけこちらに向けて「戻って来たら話がある」と誰もが慄くような顔で言い放って行った……

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