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シャオが連れて行かれて数時間経ったが、フェリックスはまだ戻って来ない。
外は既に陽が落ち暗闇に包まれているが、その闇がラヴィアの恐怖心を更に煽ってくる。それもこれも、フェリックスの捨て台詞のような言葉が呪文のようにラヴィアを苦しめていた。
(私は間違ったことはしてませんわ!!)
人の命を救ったのだから褒められるべきであって、叱責されるような事はしていない。ただ、それがあの堅物に通用するかが否かである。
「感情を求めるより先に柔軟な思考を持たせた方がよろしいのでは?」
「……ほお、言ってくれるな」
誰もいない事をいい事に文句を口にすると、返事が返ってきた。まさか人がいたとは思わず、飛び起きながらドアの方に視線を向けると
「〇▲※▽★※◎!?」
いつの間にか戻ってきていたフェリックスが立っていた。この時のラヴィアの心情を表すなら絶望の淵に立たされたような感じだった。
「どうした?化け物を見たような顔をして」
化け物の方が良かったと思ってしまう時点で、大分追い詰められている感がある。
顔を青くしているラヴィアをよそに、フェリックスは長椅子に座るとラヴィアにも座るように促してきた。自分の部屋なのに凄く居心地が悪い。
侍女が手早くお茶を二人の前に差し出すと、フェリックスは喉を潤すかのように一気に飲み干した。よく見ると額に汗が滲んでいる。
(もしかして、急いで戻って来た?)
いや、そんなはずはない。この人は感情欠乏の団長様だもの。そう自分に言い聞かせてラヴィアもお茶を口にした。
「……先にあの者の傷だが、医者に見せたところ応急処置が的確だったのが幸いして感染症などの危険もないらしい。意識があって自分の足で歩けてるので、もう命に別状はないだろうという事だった」
「本当ですか!?それは良かったですわ」
とりあえず医者に診てもらえただけでも十分だったが、無事だという事に安堵した。とはいえ、しっかり牢には入れられたらしいが、命あっての物種だ。ラヴィアが気分よくニコニコしていると「で、本題だが」と酷く冷たい声が聞こえ一瞬で全身が凍りついた。
「君に聞きたいことは山ほどあるが、まず最初に何故あの男が倒れている時点で我々に報告しなかった」
鋭い眼差しで淡々とした口調で言われ、ラヴィアは言葉に詰まる。
「助けるなとは言わない。こちらとしても生きていてもらわなければ困るからな」
「………………それは騎士としての役目の為?」
「それ以外に何がある?あの者が生きていたお陰でようやく尻尾が掴めそうだ」
この人のこういうとこが嫌いだ。お役の為と言っているが、私から見たら完全に自分の為にしか聞こえない。……この人に感情をぶつけるのは無駄だという事は分かってる。分かってるけど、どうしてもぶつけられずにはいられない。
「不愉快ですわ!!」
「何がだ?」
「貴方のすべてですわ!!」
フェリックスは黙ってこちらを見ている。今のラヴィアはその姿すらも不快に感じてしまう。
「確かに報告しなかった私にも非があります。ですが、昼間言った通り獣舎小屋の管理は全て私の管理下。部外者はそちらなのですよ!?こちらにはこちらのルールがあるのです。部外者は黙っていて欲しいですわ」
一息に言い切るが、フェリックスは顔色一つ変えず言い返してきた。
「──それで?私が黙っていたらみすみす見逃すところだったろ?」
「そ、それは……」
「今回の件で君を罪に問う事はないが二度目はないぞ」
釘をさす様に言いながら腰をあげる。
ラヴィアは面白くなさそうに顔を顰めているが、何も言ってこない様子にフェリクスはそのまま部屋を後にしようとしていた。
「……言っておきますが、私は貴方の言う事を聞くつもりは毛頭ございません。威圧的な態度を取れば誰でも屈すると思ったら大間違いですわよ」
「……………ほお?」
このまま言い負かされたままでは癪に障ると思ったラヴィアは、立ち去ろうとするフェリックスの背中に投げかけた。フェリックスは足を止めると、踵を返してこちらに歩み寄ってきた。
「な、なんですの」と戸惑っているラヴィアを囲うように椅子に膝を掛け、背もたれに手をつき見下ろした。
間近で見るフェリックスは確かに美しく息が止まりそうなほどで、ほわっと匂るムスクの香りが思考を麻痺させる。
「私にそんな強気な態度をとる令嬢は初めてだな」
「な、なななななななな」
息のかかりそうな距離で言われ、男性の免疫のないラヴィアは全身真赤に染まり言葉が出てこない。
「おや?先ほどの勢いはどうした?」
「クスッ」と愉しそうに微笑んだフェリックスにラヴィアは目を見開いて驚いた。
(え……今、笑っ……?)
一瞬の事で自分の目を疑ったが、確かに微笑んだ。
巷ではこの人の笑顔を見た者はこの世にいないとまで噂されている。なんでも、この人の笑顔を見たら命を取られると……笑顔を見た者が存在しないのもそのせいだと聞いていた。
命と引き換えに見て見たいと言う者もいたが、その度にフェリックスの怒りを買い、近づくことさえできなくなると。
その噂が本当ならば、今しがた目にしてしまったラヴィアの心情は穏やかではない。
(私は見たくて見たのではありませんわ……!!)
顔面蒼白になっていると、フェリックスの手がゆっくり伸びてくるのが分かりビクッと震えた。目を瞑り、体を強張らせて「殺られる!!」と思っていたが、温かい手が優しく頭に置かれた感触に顔を上げた。
「あまり我儘を言うものじゃない。君が善意でやったことは分かっているが、相手はその善意を利用するかもしれない。そうなれば私は君を捕らえねばならない。父である辺境伯もただでは済まないだろう。……先ほどの言葉は君の為でもあるが、君の周りの者の為である。分かってくれ」
いつもなら冷たく感じるシルバーの瞳が、この時ばかりはとても温かく感じた。
外は既に陽が落ち暗闇に包まれているが、その闇がラヴィアの恐怖心を更に煽ってくる。それもこれも、フェリックスの捨て台詞のような言葉が呪文のようにラヴィアを苦しめていた。
(私は間違ったことはしてませんわ!!)
人の命を救ったのだから褒められるべきであって、叱責されるような事はしていない。ただ、それがあの堅物に通用するかが否かである。
「感情を求めるより先に柔軟な思考を持たせた方がよろしいのでは?」
「……ほお、言ってくれるな」
誰もいない事をいい事に文句を口にすると、返事が返ってきた。まさか人がいたとは思わず、飛び起きながらドアの方に視線を向けると
「〇▲※▽★※◎!?」
いつの間にか戻ってきていたフェリックスが立っていた。この時のラヴィアの心情を表すなら絶望の淵に立たされたような感じだった。
「どうした?化け物を見たような顔をして」
化け物の方が良かったと思ってしまう時点で、大分追い詰められている感がある。
顔を青くしているラヴィアをよそに、フェリックスは長椅子に座るとラヴィアにも座るように促してきた。自分の部屋なのに凄く居心地が悪い。
侍女が手早くお茶を二人の前に差し出すと、フェリックスは喉を潤すかのように一気に飲み干した。よく見ると額に汗が滲んでいる。
(もしかして、急いで戻って来た?)
いや、そんなはずはない。この人は感情欠乏の団長様だもの。そう自分に言い聞かせてラヴィアもお茶を口にした。
「……先にあの者の傷だが、医者に見せたところ応急処置が的確だったのが幸いして感染症などの危険もないらしい。意識があって自分の足で歩けてるので、もう命に別状はないだろうという事だった」
「本当ですか!?それは良かったですわ」
とりあえず医者に診てもらえただけでも十分だったが、無事だという事に安堵した。とはいえ、しっかり牢には入れられたらしいが、命あっての物種だ。ラヴィアが気分よくニコニコしていると「で、本題だが」と酷く冷たい声が聞こえ一瞬で全身が凍りついた。
「君に聞きたいことは山ほどあるが、まず最初に何故あの男が倒れている時点で我々に報告しなかった」
鋭い眼差しで淡々とした口調で言われ、ラヴィアは言葉に詰まる。
「助けるなとは言わない。こちらとしても生きていてもらわなければ困るからな」
「………………それは騎士としての役目の為?」
「それ以外に何がある?あの者が生きていたお陰でようやく尻尾が掴めそうだ」
この人のこういうとこが嫌いだ。お役の為と言っているが、私から見たら完全に自分の為にしか聞こえない。……この人に感情をぶつけるのは無駄だという事は分かってる。分かってるけど、どうしてもぶつけられずにはいられない。
「不愉快ですわ!!」
「何がだ?」
「貴方のすべてですわ!!」
フェリックスは黙ってこちらを見ている。今のラヴィアはその姿すらも不快に感じてしまう。
「確かに報告しなかった私にも非があります。ですが、昼間言った通り獣舎小屋の管理は全て私の管理下。部外者はそちらなのですよ!?こちらにはこちらのルールがあるのです。部外者は黙っていて欲しいですわ」
一息に言い切るが、フェリックスは顔色一つ変えず言い返してきた。
「──それで?私が黙っていたらみすみす見逃すところだったろ?」
「そ、それは……」
「今回の件で君を罪に問う事はないが二度目はないぞ」
釘をさす様に言いながら腰をあげる。
ラヴィアは面白くなさそうに顔を顰めているが、何も言ってこない様子にフェリクスはそのまま部屋を後にしようとしていた。
「……言っておきますが、私は貴方の言う事を聞くつもりは毛頭ございません。威圧的な態度を取れば誰でも屈すると思ったら大間違いですわよ」
「……………ほお?」
このまま言い負かされたままでは癪に障ると思ったラヴィアは、立ち去ろうとするフェリックスの背中に投げかけた。フェリックスは足を止めると、踵を返してこちらに歩み寄ってきた。
「な、なんですの」と戸惑っているラヴィアを囲うように椅子に膝を掛け、背もたれに手をつき見下ろした。
間近で見るフェリックスは確かに美しく息が止まりそうなほどで、ほわっと匂るムスクの香りが思考を麻痺させる。
「私にそんな強気な態度をとる令嬢は初めてだな」
「な、なななななななな」
息のかかりそうな距離で言われ、男性の免疫のないラヴィアは全身真赤に染まり言葉が出てこない。
「おや?先ほどの勢いはどうした?」
「クスッ」と愉しそうに微笑んだフェリックスにラヴィアは目を見開いて驚いた。
(え……今、笑っ……?)
一瞬の事で自分の目を疑ったが、確かに微笑んだ。
巷ではこの人の笑顔を見た者はこの世にいないとまで噂されている。なんでも、この人の笑顔を見たら命を取られると……笑顔を見た者が存在しないのもそのせいだと聞いていた。
命と引き換えに見て見たいと言う者もいたが、その度にフェリックスの怒りを買い、近づくことさえできなくなると。
その噂が本当ならば、今しがた目にしてしまったラヴィアの心情は穏やかではない。
(私は見たくて見たのではありませんわ……!!)
顔面蒼白になっていると、フェリックスの手がゆっくり伸びてくるのが分かりビクッと震えた。目を瞑り、体を強張らせて「殺られる!!」と思っていたが、温かい手が優しく頭に置かれた感触に顔を上げた。
「あまり我儘を言うものじゃない。君が善意でやったことは分かっているが、相手はその善意を利用するかもしれない。そうなれば私は君を捕らえねばならない。父である辺境伯もただでは済まないだろう。……先ほどの言葉は君の為でもあるが、君の周りの者の為である。分かってくれ」
いつもなら冷たく感じるシルバーの瞳が、この時ばかりはとても温かく感じた。
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