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第5章 国王と貴族院
ルキフェル王国の国王
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謁見の間で、階段の上の豪華な椅子に座る王様が上からこちらを見下ろす。
そんな想像をしていたのだが、現実は違った。
真っ白なヒゲをモサモサと蓄えた初老の男が笑顔でこちらに歩いて来る。頭には金色の王冠を被っているし、絨毯みたいな分厚いマントをしているので王様に違いない。
その王様が、冷や汗を流しながら両手を広げて笑い声を上げる。
「い、いや、本当にありがとうございます! わざわざこんなところまで! 本来ならワシが挨拶に行かねばならぬところですが、なにぶん戦争中で!」
王様はそう言って笑うと、壁際に居並ぶ兵士達に顔を向けた。すると、兵士達も合わせるように笑い声を上げる。
まるで代官を前にした越後屋である。妙な気分になりながら、僕はシオンに顔を向けた。
シオンは王の隣に立って完璧な微笑を浮かべている。まったく感情が読めない。今度からモナ・リザと呼ぼう。
ちなみにセーレは僕の隣で跪いたまま動かない。
だいたい、この王様は登場時からおかしかったのだ。
貴賓室のフカフカ絨毯でゆったりしていると、扉が音も無く開き、ひょこっと顔だけ出して室内を確認する王。
すぐにこちらに気が付き、「あっ」という声が聞こえそうな顔をして愛想笑いを浮かべながら歩いてきた。
どう考えても一国の王の登場シーンではない。もしや、この王様は影武者ではなかろうか。
そんなことを考えながら王の笑顔を眺めていると、王はこちらに笑顔を向けたままシオンに顔を寄せた。
「こ、古竜様は喋ると言ってなかったか?」
「はい、ルキフェル語が堪能でいらっしゃいます」
聞こえとるぞ。その密談。
「そ、そうか! まずは何か貢物を……誰か、ホーンカウの丸焼きを用意せよ!」
餌付けかい。半ば呆れながら僕は口を開く。
「さっきお肉を貰ったからまだいらない」
そう告げると、王は目を剥いた。
「しゃ、しゃべっ……そ、そうでございますか! では、一先ずこのままお話をさせていただきますぞ? おい、酒を用意せよ!」
王はメイドに汗を拭いてもらいながら指示を出し、椅子に座ろうかどうしようか迷い始めた。
その姿に、それまでカチカチに固まっていたセーレが目を瞬かせている。
僕は小心者な王を眺め、口を開く。
「シオンに聞いたけど、やっぱり戦争は負けそうなの?」
そう聞くと、王は「ひゃ」と声を出してから咳払いをし、居住まいを正した。
「う、うむ。いや、はい。そうなのです。今は何とか防衛に徹して時間を稼いではいますが、このままでは……」
と、王は眉尻を下げて俯き、ブツブツと呟き始めた。
「あのゴブリンの大氾濫のような大量の帝国軍の兵士どもは、我が国をすり潰すまで前進を止めないつもりなのじゃ……ああ、そうなったら、ワシはいったいどうなる……? 首が飛ぶのか? いや待て、まずは拷問が……」
ガタガタと身体を震わせながらネガティヴな言葉を垂れ流す王に、僕は呆れながら口を開く。
「……よくそんな帝国軍相手に防衛出来てるね」
そう言うと、王は目を見開いて顔を上げた。
「そう! あれは忘れもしない、初めての帝国軍との戦いじゃ! 奴らはワシの兵を木っ端微塵に打ち砕き、逃げるワシの後を何処までも追い掛けてきおった! 何とか次の次の砦にまで逃げ切ったワシは、思いつく限りの罠を仕掛けるように指示を出したのじゃ!」
「罠?」
「うむ! その地の土や草と同じ色の木の蔦を使い、踏めば吊り上げられ、切れば矢が飛び、飛び越えれば穴に落ちる罠を作った! 更には川に本来あった橋を沈め、偽物の橋を幾つも作った! 他にも井戸には無臭の毒をばら撒いたし、広い草原で帝国軍が夜営した時は火も放った!」
王は興奮した様子で指を折りながら罠の数々を発表していく。
荒い息を吐きながら肩を上下する王の御乱心を眺めて、僕は納得した。
この異常に小心者の王様のお陰で王国は防衛できているのだ。これが短気で勇猛な王だったなら攻勢に打って出て敗走していることだろう。
しかし、この王はまだまだ甘かった。
「わざと剣とか落としてみたら?」
「は、はぁ……剣を落とす?」
僕の提案に王は首を傾げた。
「うん。その剣の柄に、細い毒針を幾つか仕掛けておくとか」
そう告げると、王は目を見開いて口を開いた。
「な、なんと!? 確かに剣が落ちていたなら拾ってしまう! 革の手袋に刺さるくらいの針なら、恐らく気付かずに……」
「森で木の上から毒槍の付いた球を落とすような罠も良いな。ほら、さっき言ってた蔦を切ったら連動するようにして」
「いや、森には魔獣がいまして……基本的に戦争中に森に入るような者はおりませんぞ」
「なら、こっち側から森に火を放ってみたら? 帝国軍の方に魔獣がどんどん行くかも」
「お、おお!? なんと恐ろしい……!」
ちょっと面白かったので色んな罠や戦術を教えてみたら、王は思いの外食い付いた。
王と盛り上がっていると、シオンとセーレが顔を見合わせているのが目に入った。
今良いところなんだから邪魔しないでね?
そんな想像をしていたのだが、現実は違った。
真っ白なヒゲをモサモサと蓄えた初老の男が笑顔でこちらに歩いて来る。頭には金色の王冠を被っているし、絨毯みたいな分厚いマントをしているので王様に違いない。
その王様が、冷や汗を流しながら両手を広げて笑い声を上げる。
「い、いや、本当にありがとうございます! わざわざこんなところまで! 本来ならワシが挨拶に行かねばならぬところですが、なにぶん戦争中で!」
王様はそう言って笑うと、壁際に居並ぶ兵士達に顔を向けた。すると、兵士達も合わせるように笑い声を上げる。
まるで代官を前にした越後屋である。妙な気分になりながら、僕はシオンに顔を向けた。
シオンは王の隣に立って完璧な微笑を浮かべている。まったく感情が読めない。今度からモナ・リザと呼ぼう。
ちなみにセーレは僕の隣で跪いたまま動かない。
だいたい、この王様は登場時からおかしかったのだ。
貴賓室のフカフカ絨毯でゆったりしていると、扉が音も無く開き、ひょこっと顔だけ出して室内を確認する王。
すぐにこちらに気が付き、「あっ」という声が聞こえそうな顔をして愛想笑いを浮かべながら歩いてきた。
どう考えても一国の王の登場シーンではない。もしや、この王様は影武者ではなかろうか。
そんなことを考えながら王の笑顔を眺めていると、王はこちらに笑顔を向けたままシオンに顔を寄せた。
「こ、古竜様は喋ると言ってなかったか?」
「はい、ルキフェル語が堪能でいらっしゃいます」
聞こえとるぞ。その密談。
「そ、そうか! まずは何か貢物を……誰か、ホーンカウの丸焼きを用意せよ!」
餌付けかい。半ば呆れながら僕は口を開く。
「さっきお肉を貰ったからまだいらない」
そう告げると、王は目を剥いた。
「しゃ、しゃべっ……そ、そうでございますか! では、一先ずこのままお話をさせていただきますぞ? おい、酒を用意せよ!」
王はメイドに汗を拭いてもらいながら指示を出し、椅子に座ろうかどうしようか迷い始めた。
その姿に、それまでカチカチに固まっていたセーレが目を瞬かせている。
僕は小心者な王を眺め、口を開く。
「シオンに聞いたけど、やっぱり戦争は負けそうなの?」
そう聞くと、王は「ひゃ」と声を出してから咳払いをし、居住まいを正した。
「う、うむ。いや、はい。そうなのです。今は何とか防衛に徹して時間を稼いではいますが、このままでは……」
と、王は眉尻を下げて俯き、ブツブツと呟き始めた。
「あのゴブリンの大氾濫のような大量の帝国軍の兵士どもは、我が国をすり潰すまで前進を止めないつもりなのじゃ……ああ、そうなったら、ワシはいったいどうなる……? 首が飛ぶのか? いや待て、まずは拷問が……」
ガタガタと身体を震わせながらネガティヴな言葉を垂れ流す王に、僕は呆れながら口を開く。
「……よくそんな帝国軍相手に防衛出来てるね」
そう言うと、王は目を見開いて顔を上げた。
「そう! あれは忘れもしない、初めての帝国軍との戦いじゃ! 奴らはワシの兵を木っ端微塵に打ち砕き、逃げるワシの後を何処までも追い掛けてきおった! 何とか次の次の砦にまで逃げ切ったワシは、思いつく限りの罠を仕掛けるように指示を出したのじゃ!」
「罠?」
「うむ! その地の土や草と同じ色の木の蔦を使い、踏めば吊り上げられ、切れば矢が飛び、飛び越えれば穴に落ちる罠を作った! 更には川に本来あった橋を沈め、偽物の橋を幾つも作った! 他にも井戸には無臭の毒をばら撒いたし、広い草原で帝国軍が夜営した時は火も放った!」
王は興奮した様子で指を折りながら罠の数々を発表していく。
荒い息を吐きながら肩を上下する王の御乱心を眺めて、僕は納得した。
この異常に小心者の王様のお陰で王国は防衛できているのだ。これが短気で勇猛な王だったなら攻勢に打って出て敗走していることだろう。
しかし、この王はまだまだ甘かった。
「わざと剣とか落としてみたら?」
「は、はぁ……剣を落とす?」
僕の提案に王は首を傾げた。
「うん。その剣の柄に、細い毒針を幾つか仕掛けておくとか」
そう告げると、王は目を見開いて口を開いた。
「な、なんと!? 確かに剣が落ちていたなら拾ってしまう! 革の手袋に刺さるくらいの針なら、恐らく気付かずに……」
「森で木の上から毒槍の付いた球を落とすような罠も良いな。ほら、さっき言ってた蔦を切ったら連動するようにして」
「いや、森には魔獣がいまして……基本的に戦争中に森に入るような者はおりませんぞ」
「なら、こっち側から森に火を放ってみたら? 帝国軍の方に魔獣がどんどん行くかも」
「お、おお!? なんと恐ろしい……!」
ちょっと面白かったので色んな罠や戦術を教えてみたら、王は思いの外食い付いた。
王と盛り上がっていると、シオンとセーレが顔を見合わせているのが目に入った。
今良いところなんだから邪魔しないでね?
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